第8話新しい日常

 確か、あれは年明けだった。


 始業式の帰りに……彼女が、俺に話しかけてきたんだ。


 それまで挨拶程度しかしてなかった俺は驚いて……。


 そして、普通の男子のように舞い上がってしまった。


 元々、女子が苦手……いや、違うな。


 騒がしい女子が苦手で、元々彼女のことは良いなと思っていたからだ。


 名前の通り静かで、落ち着いていて、本を読んだり、友達と話している彼女を……。


 そんな中、人がいない時に十分程度だけど話をして……。


 好きな本の話、勉強の話、数は少ないが友達の話……。


 俺は、丁寧で落ち着いて話す彼女に惹かれていった……。


 母親がヒステリックだったことが、大きな要因だとは思う。


 俺が彼女に惹かれるのは、最早必然だったのだろう……。


 なんで、男子が苦手で有名な彼女が、いきなり話しかけてきたかわからないけど……いや。


 そういうことなのか? 彼女は、事前に俺のことを知っていて……。


 男子が苦手な彼女は、俺という人間を知りたかった?


 ……だとしたら、俺はとんだ勘違い野郎で……ピエロだな。


 ただ……それでも恨みはしないけどね。


 あの時楽しかったことは事実だし、別に彼女が俺に思わせぶりな態度をとったわけでもない。


 単純に、モテない男が勘違いしたってだけの話だ。


 うん、これからも勘違いしないように気をつけるとしよう。











 ……ん? もう朝か。


 アラームの音を切って、ベットから降りる。


「ふぁ……さて、起きるとするか」


 日曜とはいえ、明日から学校だ。

 寝すぎると、明日からに響いてしまう。


「朝飯どうするっかな」


「あっ——おはよう、兄さん」


「へっ? ……あ、ああ、おはようございます」


「なんで敬語?」


「い、いや、なんでもない……」


(そうだった、昨日から一緒に住んでるんだった)


「ねえ、朝ご飯は食べる?」


「えっ? いや、食べるけど……」


「じゃあ、顔洗って歯ブラシしたら、席に着いてまってて」


 エプロン姿に髪をアップした彼女は、パタパタとキッチンへ向かっていった。


(美人で可愛いし、料理もできるし……彼氏になる奴は幸せ者だなぁ)





 大人しく準備を済ませ、リビングに行くと……。


「良かった、今出来たところ」


「おお……すげぇ」


 テーブルの上には、卵焼きに納豆、味噌汁に小さいサラダが並んでいる。


「別に大したものじゃないわ……一応、一汁三菜にはしたけど」


「いやいや、十分立派な朝食だよ。俺と親父じゃ、パンを焼いてジャムで食ったり、シリアルだけで済ませるし」


「それは……健康に良くないわね。うん、料理はしっかり作らなきゃ。智さんだって、良い歳なわけだし」


「まあ、四十四歳になるからなぁ」


「うちは、四十歳ね……兄さんだって、成長期なんだからしっかり食べてもらうからね?」


「は、はい。今更だけど、兄さんでいいの?」


「だって、四月四日生まれでしょ? 私は、十月だし……そういえば、誕生日おめでとう」


「あ、ああ、ありがとう。ドタバタして忘れてたよ」


「もう六日だものね。ご飯食べましょうか」


「親父たちは?」


「……まだ寝てるみたい」


「そっか、じゃあ頂きます」


 二人で向かい合って、食事をする。


「あっ——味噌汁美味しい」

「そ、そう? 別に大したことしてないけど」

「奥深い……?」

「一応、出汁をとってあるけど」

「いや、大したことしてるよ。朝から大変じゃない? というか、俺は七時に起きたけど、静香さんは?」

「六時起きかな。でも、いつもと同じだから」

「無理してない?」

「ふふ、平気よ……でも、ありがとう」

「じゃあ、洗い物くらいはやるから」

「そうね、お願いします」


(朝から、こんなきちんとした食事するの……なん年ぶりだ? でも彼女と向かい合って、朝ご飯を食べるとか……少しだけ、胸が苦しくなる)





 食べ終わって、洗い物をしてると……。


「じゃあ、行ってきます」

「うん? どこに?」

「散歩かな。この辺りの地理を知りたいし」

「そっか、気をつけてね」

「ありがとう、それじゃ」


(……どこに?とか聞かない方が良かったか? いや、気にしすぎか? どこまでが良くて、どこまでがダメなのか……よく考えないといけないな)





 午前中は、集中して勉強をする。

 俺は成績が良い方だが、天才ではない。

 コツコツとやらないと、すぐに成績が落ちてしまう。

 なので時間を決めて、毎日やるように心掛けている。


「母親が勉強だけはしなさいって口うるさく言ってたけど……これだけは身について良かったなと思うかな」


(まだ小さい俺に、良い高校、良い大学、そんなことばかり言っていたな……)







「兄さん?」


 ノックの音がし、声が聞こえる。


「あれ? 帰ってたんだ」


「もうすぐお昼よ?」


「えっ? ……ほんとだ」


「お母さんが、お昼ご飯作るって」


「わかった、じゃあ終わりにするよ」


 片付けて、リビングに行くと……。


「あら〜おはよう、春馬君」


「おはよう、春馬」


「おはよう、二人とも。良く寝てたみたいだね」


「い、いや、まあ……」


「そ、そうなのよ……」


(……もしや、そういうこと? ……いや、悪いことじゃないけど。考えるのはやめておこうっと)


「は、早く食べよっ!」


「そ、そうだね!」


 少し気まずい中、俺達は焼きそばを食べる。





 食べ終わった俺は、明日からことについて話し合いをして……。


「じゃあ、バイト行ってくるよ」


「おう、いってらっしゃい」


「あら〜偉いわねぇ。お金なら心配しなくても良いのよ? 私も、働いてるし……」


「いえ、自分の趣味は、自分のお金で買いたいので。それに友達も少ないし、彼女もいないので暇なんですよ」


「私も、した方がいいのかな……? 自分の趣味くらいは自分のお金で……素敵だわ」


「それはどうも……」


「そうねぇ……一度もさせたことないし。静香、やりたかったらやっても良いからね〜」


「うん、わかった……少し考えてみるね。兄さん、相談に乗ってくれる?」


「ああ、もちろん」


「ありがとう」


「いえいえ……それじゃ」


「うん、行ってらっしゃい」


 家族に見送られ、俺は家を出て行く。


(行ってらっしゃいか……言ってくれる人がいるのは嬉しいかも)


 ……これが新しい日常になっていくのだろうか?


 ……いずれ、この気持ちも風化して……。

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