第7話買い物と料理

 家を出た俺たちは、タイミングよく来ていたエレベーターに乗る。


(なんか……こういう密室って緊張するよな)


「な、なんか、緊張するわね」


「えっ?」


「いや、エレベーターなんて滅多に乗らないから」


「あっ、アパートだったね」


「止まったりしない?」


「うーん、どうだろ? 以前はあったみたいだけど……」


「ちょ、ちょっと?」


「ああ、ごめんごめん。俺が住んでからはないよ」


「そ、そう……ほっ」


「狭いところが苦手なの?」


「……ええ、そうなの」


(……あんまり、触れない方が良さそうだな)


「そうだったんだ……ごめんね」


「べ、別に謝らなくても」


「高いところは平気?」


「ええ、それは好きかな」


「じゃあ、プラマイゼロだ」


「ふふ、そうかもね」


 その後、マンションを出て、商店会へ向かう。





「ここが精肉店で、この辺りではおススメかな。俺はコロッケを買って食べたりしてる」


「へぇ……あっ、挽肉が安い」


 彼女は立ち止まって、お肉を眺めている。


「おっ! 春馬君じゃないか! おいおい、こんな可愛い彼女がいるなんて知らなかったよ」


「か、彼女……」


「吉田のおじさん、彼女じゃないよ。どう見たって、俺と釣り合い取れてないでしょ? 言ったでしょ、親父が再婚したって」


「し、静香と申します。以後、よろしくお願いします」


「これはご丁寧に。そういや……聞いたな。しかし、相変わらず自己評価が低いなぁ。なあ、静香ちゃん、こいつそんなに悪くないだろ?」


「えっ? ……はい、そう思います。優しいですし……容姿も、そんなに悪くないかと」


(……喜ぶな、俺。これは社交辞令だ)


「だろう? こいつったら、昔から……」


「おじさん、もう良いから。じゃあ、また帰りに来るね」


 彼女の手を引き、その場を後にする。





 ……わかってる、おじさんに悪気がないことは。


 俺だって、もう高校生だ……自分を客観的に見ることは出来る。


 身長だって低くはないし、容姿も酷くはないはず。


 もういい加減……母親の呪縛から逃れないと。



「あ、あのっ!」


「へっ?」


「その……手」


「あっ——ご、ごめん!」


 急いで手を離す……やっちまった。


「う、ううん……」


「えっとー……」


「気にしないで。少し、話長くなりそうだったものね」


「そ、そうなんだよ、若い子見たらいつもそうでさ」


「あら、気をつけないと」


「まあ、悪い人じゃないからさ」


(うーん、逆に気を使われてしまったなぁ)





 その後、道案内をしつつ……スーパーで買い物をする。


「何か、好き嫌いはある?」


「そうだなぁ……ほうれん草とか? 苦い物が苦手かも」


「あら、美味しいのに。じゃあ、買っておこうね」


「へっ?」


「好き嫌いは良くないわよ?」


「はい……おっしゃる通りで」


「ふふ、平気よ。無理だったら残していいから」


(……絶対に食べてやる。というか、めちゃくちゃ良いシチュエーションだよなぁ……まるで……いかんいかん)






 ささっと買い物を済ませ、帰りに精肉店によって……。


「お、重くない?」


「平気だよ。これでも、男だし」


「ふふ、頼りになるね」




荷物を抱え、無事に帰宅する。


「ただいまー」


「ただいま」


「あら〜お帰りなさい」


「お帰り、二人とも」


(なんか……いいな。親父しかいないと、ただいまって言うこともなかったし)


 家に帰ると、すぐに静香さんがキッチンに立つ。


「じゃあ、静香、お願いね〜。お母さん、少し疲れちゃって……」


「無理しないで。アパートの引き払いもあったから」


「俺、手伝うことある?」


「料理できるの?」


「いや……出来るっていうレベルではないかな」


「別にのんびりしてて良いんだけど……」


「でも、これから任せっきりっていうのも良くないかと」


「でも、兄さんはバイトしてるっていうし……」


「それとこれは別だよ、バイトは自分のためだし」


「意外と強情なのね……」


「迷惑かな?」


「いいえ、ありがとう。じゃあ……手伝ってくれる?」


「ああ、もちろん……そこ、ニヤニヤしない」


 後ろでは親父と由美さんがニヤニヤしている。


「いや〜憧れてたんだよ。兄妹がいるってことに」


「わかるわ〜、私も同じこと思ったもの」


「良いから、早く片付けたら?」


「はぁーい」


「おし、もう一踏ん張りするか」


 二人は、自分の部屋へと入っていく。


「さて、私たちもやりましょう」


 そう言い、彼女はポニーテールにする。

 ……やばい、めちゃくちゃ似合ってる。


「にいさん?」

「ご、ごめん。うん、やろうか」

「でも、良かった」

「うん?」

「お母さん、幸せそうで……」

「ああ……それには激しく同意する」

「ふふ……じゃあ、やりましょうか」

「うん、指示してくれたらやるから」

「じゃあ、まずは……」


 彼女の指示に従って、ジャガイモの皮むきや、玉ねぎをぶつ切りにしていく……。


「へぇ、普通に出来るのね」

「まあ、これくらいならね」

「どんなの作るの?」

「いや、大したものは作れないよ。せいぜい、男飯って感じ」

「それはそれで素敵だと思う。作れるだけ偉いわ」

「そ、そっか、ありがとう」

「いつも作るの?」

「ええ、母は夜遅くまで働いているから」

「偉いなぁ、俺なんか大したことしてないや」

「…………」

「どうかした?」

「いえ……こんな話をするとは思わなかったから」

「……ああ、そうだね」


 その後、少し気まずいが順調に調理を進めていく……。


(そうだよな……家のことなんか話さないもんな。皮肉なものだ……振られてからの方が、彼女のことをより知っていくなんて)



 そして、今日のメニューがわかってきた。


「ハンバーグか」

「ええ、まずは定番かなって。好きかしら?」

「うん、俺も親父も好きだよ」

「そう、良かった。じゃあ……」


 彼女は手際よく、肉を両手でパンパンしていく。

 そして、フライパンにて……ジューっと、良い音がして、香りも漂ってくる。


「じゃあ、ひっくり返すのはお願いしても良い?」

「ああ、それくらいなら」

「ありがとう……えっと、ミキサーにかけて……」





 そして……夕食の時間になる。


「おおっ! 美味しそうだ!」


「旨そう……」


「お口に合うと良いんですけど……」


「ふふ、平気よ〜。自慢の娘だもの」


 いただきますをして、まずはハンバーグを……。


「美味い……えっ? 安い肉を買ったのに」


「おお、美味しいな」


 親父の許可を取って、今日は国産牛で良いと言ったのに、彼女は激安の挽肉を買っていた。


「吉田さんから牛脂をもらえたので。あと高温で焼いたあと、オーブンで焼きましたから」


「へぇ〜うん、美味しい」


「わ、わかったから」


「あら〜照れちゃって」


「照れてないから」


 次は緑色のスープを……これが、ほうれん草か。


「……あれ? ……美味い」


「ほっ……良かった。苦くない?」


「う、うん」


「しっかり飴色に炒めた玉ねぎを入れたから」


「静香さん、このとろみはなんだい?」


「それは、ジャガイモを一緒にミキサーにかけたからですよ」


「はぁ〜なるほど」


「いや親父、わかってないでしょ?」


「そ、そんなことはないさ。おまえこそ」


「ぐっ……まあ、そうだけど」


「静香、楽しそうね?」


「えっ?」


「良い顔してるわ」


「うん……楽しいかも。こうやって、食事をするの」


(確かに……楽しいかもな。親父とも、普段は会話をすることも少ないし。そっか、普通の家族って、こんな感じなのかな)





 楽しい食事を済ませたら、各自部屋に戻る。


 洗い物は、親父がやると言い出したので、今日は任せることにする。


「よし、勉強するか」


 二年になったら、いよいよ選択科目もあるし。






 しばらくすると……コンコンとノックの音がする。


「にいさん?」


「ん? 開いてるよ」


「お風呂、先に頂いたわ……勉強してたのね、ごめんなさい」


「いや、ちょうどキリがよかっ……たから」


 振り返った瞬間、一瞬だけ思考が停止した。

 ほのかに赤く染まった頬、しっとりした艶髪……ラインのわかるパジャマ姿。

 あ、あれ……あんなに、胸が大きかったっけ……?


「兄さん」


(はっ! そうだ、俺は兄さんなんだ。彼女をそういう目で見てはいけない)


「あ、ああ。じゃあ、おやすみ」


「ええ、お休みなさい」


(……気づかれたかな? はぁ……少し時間置いてから風呂はいろ)





 十時過ぎに風呂に入り、十一時半に布団に入る。


(なんか、長い一日だったなぁ……いつか、慣れる時が来るんだろうか? 彼女を、家族として、妹としてみれる日が……あの頃の、普通の友達に戻れる日が……)


そんなことを考えつつ、微睡みの中へ入っていく……。

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