第6話ぎこちない

 そのままベットに寝転がっていると……。


 コンコンと静かなノックの音がする。


「ん?」


「静香です……入ってもいい?」


(ドキッとするなっ! 鎮まれ! 冷静に!)


「ああ、良いよ」


 俺が起き上がるタイミングで、彼女が部屋に入ってくる。


「お邪魔します……へぇ……綺麗にしてるのね」


「どうも……まあ、自分の部屋くらいはね」


 俺の部屋も同じく六畳一間で、ベットとテレビに、机と本棚くらいでシンプルな部屋だ。


「私の部屋も掃除してくれたんだよね?」


「まあ、そうだね」


「どうもありがとうございます」


「別に頭を下げることないよ。元々、片付ける予定だったし」


 もう随分と長い間、荷物置きになってたし。


「それでも、ありがとうよ。本当なら、自分でやりたかったんだけど……」


「いや、アパートの片付けがあったから仕方ないよ」


「そう言ってくれると嬉しいかな。あと、これからについてなんだけど……」


「うん?」


「実は、私は苗字を変えてなくて……あと、学校では秘密にしてほしいの」


「ああ、なるほど。いや、それが良いと思う。学校で、色々言われちゃうかもだし」


 確か母親と別の姓でも平気だったはず。

 俺も両親が離婚する時、色々と調べたし。


「そうなのよね……いきなり苗字が変わると、中村さんって呼んでる人達も困るだろうし」


「じゃあ、学校では……いや、そもそも話さなきゃ良いのか」


「そ、そこまで気を遣わなくてもいいから。同じクラスになるかもだし」


「まあ……その可能性もあるか」


 お互いに文系だから、三分の一の確率か……。


「うん。だから、呼ぶときは中村でお願いします」


「わかった、中村さんで。じゃあ、俺も篠崎って事で」


「そうね、篠崎君」


「あと、無理に兄さんて呼ばなくても良いからね?」


「えっ? ……い、いえ、そこは呼ぶことにするわ。名前で呼ぶ方が恥ずかしいし……」


「ん? 最後、なんて言ったの?」


「う、ううん! じゃあ、よろしくねっ!」


 ぱたぱたと小走りで、彼女は部屋から出て行った。


(とりあえず……換気するか。こんな部屋じゃ、落ち着けない)






 それからは、自分の趣味に没頭する。


「へぇ……面白いな」


 最近のマイブームは、ネット小説を読むことだ。

 主に、ファンタジーやラブコメなどを読んでいる。

 こんな素晴らしいのがタダとか考えられん。


「物語を作るのって、大変そうだな」


「春馬ー! ちょっと良いかー!?」


「うん? なんだろ?」


 とりあえず部屋を出て、親父の部屋に向かう。


「どうしたの?」


「少し、手伝ってくれるか?」


「ああ、もちろん。何をすれば良い?」


「そこにある本を棚に入れてくれるか?」


「わかった」


「ごめんなさいね〜春馬君」


「いえ、これくらい平気ですよ。何か触ったらまずいものは教えてください」


「ふふ、ありがと。じゃあ、その箱は開けないでくださいね」


「わかりました」


 それにしても、改めて見ると……似てるよなぁ。

 当たり前だけど、中村さんに。

 目もぱっちりしてるし、鼻筋も通ってるし……。

 よく、親父なんかと結婚してくれたなぁ。

 ……そういや、出会いとか聞いてないけど……うん、いらないわな。


「春馬君〜静香とはどうかしら?」


「えっ?」


「あの子、少し男の人が苦手だから……もしかしたら、貴方にいやな態度を取っちゃうこともあるかもしれないけど……」


「いえ、彼女は良い子ですよ。たしかにクラスでも、男子と話したりはしませんでしたけど、女子の友達は多いですし。俺は、嫌な思いをしたことはありませんよ」


「ふふ、貴方が息子さんで良かった……これから、あの子共々よろしくお願いします」


「頭をあげてください。こちらこそ、親父共々よろしくお願いします」


(やっぱり、親子なんだな。二人して頭を下げてるところとか。でも……うん、上手くやっていけそうな気がする)





 その後、夕方近くになり……。


「おっと、こんな時間か。由美さん、今日はこの辺りにしとこうか?」


「あら〜、もうそんな時間なのね」


「親父、そういや飯はどうするんだ?」


 うちは男二人暮らし……飯は基本的に弁当や出前だ。

 もしくは市販のラーメンや、軽いパスタくらしか作れない。

 何より俺はバイト終わりに、親父は仕事終わりに済ませてしまう。


「私が作るわ」


「へっ?」


 いつの間か、後ろに静香さんが立っていた。


「お願いできるかしら?」


「うん、平気。じゃあ、冷蔵庫を見てみるね」


 そう言い、彼女が去った後……。


「「あっ——」」


 親父と俺の声が重なる。


「は、春馬!」

「わかってる!」


 俺と親父も、急いで彼女の後を追うと……。


「……何もないですね」


「「す、すみません……」」


(何か買っておくべきだった……何が準備万端だよ……ハァ)


「別に謝ることはないですよ。幸い、まだ夕方だし……智さん、買い物に行ってもいいですか?」


「ああ、もちろんだよ。春馬、付いて行って案内してあげなさい」


「別に平気ですよ? 子供じゃないんですし……」


「静香さん」


「な、なに?」


「はっきり言ってもらって良い。それは、迷惑だから? それとも、気を使ってるから?」


(確か、以前話していた時も、彼女は気を使う素ぶりが多かった)


「そ、それは……お、お願いしても良い……?」


 遠慮しがちに、視線を向けてくる彼女に……。


「うん、もちろん」


 出来るだけ、自然になるように返事をする。


(いちいち反応するな、心臓)


「あ、ありがとぅ」


(……くっ、破壊力が)


「ふふ、静香は甘えるのが下手くそだから〜」


「お、お母さん!」


「よろしくね、春馬君」


「わかりました。静香さん、その、アレだよ……頼ってくれて良いからさ」


「兄さん……うん、そうするね」


(そうだ、俺は彼女の兄さんだ。だから、彼女が安心して生活できるようにしないと)


 俺は財布を持って、彼女と共にマンションを出て行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る