第3話継母の連れ子は好きだった女の子

 それから数日後……。


 バイトを終えた俺は、帰り道に待ち合わせ場所に向かう。


「ちょっと、遅れちゃったか。謝んないと、印象悪くなるよな」


 急いで向かい、レストランの中に入る。

 ……なんか、めちゃくちゃ高そうな店だな。


「すみません、予約している篠崎と申しますが……」


「篠崎様ですね、皆さんお揃いですよ。個室に案内いたしますので、こちらへどうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 お、親父ー!? こんな高級なお店なんて聞いてないよ!?

 一応、ジャケットを着てきて良かった……。




 そして、通路を通って進んでいくと……。


「こちらの部屋になります」


「あっ、ありがとうございます」


「それでは、ごゆっくりどうぞ」


 案内の人が去った後……深呼吸をする。


「ふぅ……行くか」


 覚悟を決めて、ドアを開ける。


「親父、ごめん、遅れた……へっ?」


「おっ、来たか。こっちこそ悪かったな、バイトの日に入れちゃって」


「あらあら〜爽やかな男の子ね〜。ねっ、静香」


「そうね……」


「………はい?」


 ……何故、ここに中村さんが?

 ……いや、状況的はそれ以外無いけど。


「おいおい、何を惚けている? まずは挨拶をしてくれよ」


「いや、親父……相手に娘がいるなんて聞いてないんだけど?」


「えっ? ……言わなかったか?」


「聞いてないよ……聞いたのは、惚気話だけだよ」


「お、おい!?」


「ふふ、そうなのね」


「い、いえ……まあ」


 うん、ラブラブって感じだな。

 ……落ち着け、まずは挨拶をしないと。


「ゴホン! 初めまして、春馬と申します」


「ふふ、初めまして。由美と申します」


「娘の静香です、よろしくお願いします」


 彼女は何でもないような表情を浮かべている。

 まあ……その方が、俺も助かるか。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「さあ、ご飯にしようか」


 俺もひとまず席について、食事を始める。

 高級中華料理なのだが、味が全くしない。


(どうする? えっ? 俺を振った女の子が、義理の兄妹に? いやいや、意味わからんて)


「春馬? 緊張してるのか?」


「まあ……ね」


(当たり前だ! 好きだった女の子がいるんだぞ!?)


「なんだ、可愛い女の子でびっくりしたか?」


「いや、同じクラスの女の子でびっくりした」


「なに? ……そうなのか?」


「えっ? 静香、そうなの?」


「うん、そうだよ。お母さん、相手に私の学校名を教えなかったの?」


「えへへ〜ごめんなさい。違うお話に夢中になっちゃて」


「親父もだよ……色々と情報が足りてない」


「いや、すまんすまん。お前に伝えるのもギリギリになってしまってな……それを話せたら、ホッとしてしまったのかも知れん」


「まあ、良いけど。俺も全部決めて良いって言っちゃったし……中村さん、こんな親父だけどいいかな?」


「息子が冷たい……」


「貴方こそいいの? こんなお母さんで……あと、色々な意味で」


「娘が冷たいわ……」


「俺は気にしないよ、


(これは、おそらく……そういう意味合いだよな? お互いになかったことにしようって)


「あらあら、早速仲良しさんね〜」


「良かった良かった!」


「それで、いつから住むの?」


「来週の土曜日からで良いのかな?」


「ええ、お願いします」


「なるほど、学校が始まる前の土日ですね」


「春馬、部屋を掃除しないとな」


「はいはい、やりますよ」


「お母さん、私達も掃除しないと。退去時にお金返ってこないよ?」


「が、頑張るわ……!」


「ウンウン、静香ちゃんもしっかりした娘さんで安心だ。その、よろしくお願いします」


「はい……もっとフランクで良いですよ。その、娘になるんですから」


「おおっ……! 聞いたか!」


「いてぇ!? 背中叩くなよ!?」


(うん、親父が幸せそうだ……なら、これで良いんだ。あとは適度な距離を置いて過ごそう)









 その後、食事を済ませると……。


「親父、このあとはどうするんだ?」


「い、いや……できれば、このまま由美さんとデートがしたいかと」


「あら〜智さんったら……」


「でも、そうすると静香ちゃんが一人で帰ることになるのか……うん、今日は解散」


「あの、良いですか?」


 親父の話を遮り、中村さんが話し出す。


「うん?」


「是非、このままデートしてください。お母さん、今日は時間をかけておめかししたんです」


「ちょっと!?」


「そ、そうなのかい? ……でも、近いとはいえ一人で帰すわけには」


 彼女の視線が俺に向けられる……そういう流れか。

 まあ、俺も話したいと思ってたし。


「親父、俺が送っていくよ。こっから歩いて行けるっていうし」


「おおっ、そうか。じゃあ、しっかりと送ってあげなさい」


「あら〜春馬君、どうもありがとう」


「いえ、こちらこそ親父をよろしくお願いします」




 二人を見送り……少しの沈黙が流れ……。


「さあ、行きましょう」


「あ、ああ」


 歩き出した彼女の後を、俺は大人しくついていく。


「先に確認するけど……アレは聞かなかったことにしても良い?」


(まあ、そうなるわな)


「うん、それで良いよ。というか、ごめんね」


「い、いえ……謝ることじゃないわよ」


(うん? ……心なしか、耳が赤い気がする?)


「そっか……あの、安心して。俺、適切な距離を置くからさ」


「えっ?」


「何か嫌だったりしたら、すぐに言ってくれていいから」


(自分を好きだった男と暮らすなんて耐えられないよなぁ……きっと、お母さんが大事だから我慢したのかも)


「う、うん……わかった。でも、なるべく普通でいいから。お母さん、ずっと苦労してたから幸せになってほしい。だから、貴方とも家族になりたい」


(そうなのか……うん、やっぱりいい子だな。この子を好きになって良かった)


「わかった、じゃあなるべく普通で」




 その後は、特に話すこともなく……とあるアパートに到着する。


「ここで良いわ。送ってくれてありがとう」


「いや、気にしないで良いよ」


「ふふ……やっぱり、優しい人ね」


「えっ?」


「私、貴方とお話しするの楽しかったわ。大きな声を出したり、ジロジロ見たりしないから……」


(そうか……中村さんも、嫌じゃなかったのか。うん、それだけでも嬉しいな)


「そ、それだけ! じゃあ、これからよろしくね——


 そう言い、彼女はアパートの階段を上っていった。


 俺は部屋に入るのを見届けて、駅に向けて歩き出す。


(俺の恋心は、ここに置いていこう。そして、彼女と家族になる努力をしよう)


 それが、好きになった彼女に対する、俺に出来ることだ。


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