二人の関係

「そういえばさ、悠って神楽坂さんと仲良かったの?」


 放課後。僕達は早速ということで我が家へと向かっていた。

 もちろん、お料理教室の開催場所は僕の家……家主、許可を出しちゃいました。

 まぁ、ミラねぇも家主だから僕の許可なんて必要ないんだけどね。


「なんだ? 嫉妬か?」


「うん、嫉妬」


「正直なやつだな」


 隣を歩く悠に恨めし気な視線を送る。

 目の前ではミラねぇと神楽坂さんが楽しそうに談笑している。

 だからこそ、今のうちに悠に恨めし気な視線を送っておかないと、これからいつ送れるか分からないからね。


「で、結局どうなの? ことと次第によっては—―――」


「お? やるってか?」


「僕が全力で泣いてやる」


「……そうか」


 公衆の面前で! 悠しかいない状況で! あらぬことを言いながら泣いてやる!

 そしたら悠は凄くいたたまれない気持ちになるだろう……それが僕からプレゼントする最大限の復讐さ!


「まぁ、神楽坂とは中学時代に一回クラスが同じになったからな、それぐらいだ」


「羨ましいっ!」


「いや、たかが一回同じクラスになっただけだぞ? あぁ、なるほどな……そういや、お前は一度も同じクラスになったことがなかったのか」


 悠が同情めいた視線を送っくる。

 僕は人生という作品を作ったストーリーテラーを恨まずにはいられない。


「だから、その時にちょっと交流があって知り合いになったってだけだ。玲が考えるような関係も感情もねぇよ」


「いや、それはあり得ない……神楽坂さんの魅力をもってすれば、全人類は歓喜と阿鼻叫喚の中で必ず惹かれてしまうに違いないからね」


「お前の中での神楽坂がどんな風に映っているのか気になるな」


 女神ヴィーナスですが、何か?


「安心しろ、俺は年上派だ」


「えっ? ってことはミラねぇが……?」


「はいはい、もう好きに考えやがれ」


 悠が面倒くさそうに話を切り上げる。


 でも、そうか……悠はミラねぇのことが好きなのか。

 友人としては、その恋は応援してあげたい。そして、叶うことなら義弟に恋をするのではなく一般男性を好きになれるような倫理観を取り戻してほしいとも思う。


 だけど、心の中がモヤッとしてしまうのもまた事実……うぅむ、どうしてだろうか?

 僕はミラねぇのことは好きだけど、異性としてではないから嫉妬じゃないと思うんだけど—―――もしかして、親しい家族が離れちゃうから寂しいって思っちゃったのかな?


 だとしたら、それは我がままだ。

 ミラねぇは僕個人のものではないし、ミラねぇにはミラねぇの人生がある。

 幸せを望むのであれば、僕は下唇を噛み締めながら背中を押すべきだ。


「……悠。僕、協力するね」


「お前は口から血を流しながらその解答に至ったことを不思議に思うべきだ」


 任せて……今日、君を一歩大人の関係にさせてあげるから……ッ!


「玲く~ん」


 そんなことを思っていると、ミラねぇが後ろを振り返って僕に声をかけてきた。


「どうしたの、ミラねぇ?」


「今日は何をつくろっかって聞きたかった~」


 今日のご飯、か……。

 神楽坂さんに料理を教えるのはミラねぇがするって話だから、ミラねぇが決めてもいいんだけどなぁ……?


(あ、そっか……冷蔵庫の中身か)


 基本的に僕しか料理をすることがないから、冷蔵庫の中身はミラねぇは知らない。

 ということは、今日は何を作る予定で何があるのかはミラねぇは知らないんだった。


「今日は生姜焼きにする予定だったよ。確か、4人分ぐらいの材料は入っていたはずだし、今日はそれでいいんじゃないかな?」


「確かに、生姜焼きだったらそんなに手間もかからんし、教える分には丁度いいかもしれねぇな」


「おっけ~! じゃあそれにする~」


 料理ができるといっても、ミラねぇはドイツにいたんだ。

 そっちの文化よりの料理に慣れているはずなのに、簡単に生姜焼きができると口にできるあたり……本当に何でもスペックだよね、ミラねぇって。


「すみません、私のために……後で材料費はお支払いします」


「いいよ、気にしないで。2人と4人ってそんなに材料費って変わらないし」


「ん? 4人だったらだいぶ変わる気がゴフッ!?」


「変わらないし」


 余計なことを言う人間の鳩尾に綺麗に肘鉄を食らわせることができた。

 僕も成長しているってことだろう。


「そうですか……では、お言葉に甘えさせてもらいますね」


「うん、そうしてほしいかな。今日は気にせず教えてもらってよ」


 そうそう、そうやって気にしないで学んでくれると僕は嬉しく思うから本当に気にしないでほしい。

 好きな人の役に立てる……これほど身がすくわれる思いってないからね。


(それにしても……)


 神楽坂さんが、僕の家に来る……か。

 好きになって、お隣さんだと判明してからかなりの時間が経つけど、神楽坂さんが僕の家にお邪魔しに来るのはなんだかんだ初めてだ。


 それが嬉しいと思うのと同時に、不安な気持ちまでもが湧き上がってくる。

 ……何か変なの置いてなかったよね? 気持ちとしては、今からダッシュで家に帰って不安を取り除いておきたい。


 だけど、このまま先に帰るのも不自然な気がするし……何もないと思っていた朝の自分を信じることにしよう。


 そして—―――


(神楽坂さんのエプロン姿……楽しみにしておこう)


 脳内メモリの空きは十分だ。焼き付けることは可能。

 ……ミラねぇのエプロン姿も久しぶりに見る気がするなぁ。


 そんな、ちょっと偏ったことを楽しみにしながら、僕は帰路をゆっくりと歩いていった。

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