昼食のお誘い

 ……さて、この時間がやって来た。

 時計を見れば、ちょうど12時。皆が一斉に立ち上がり談笑に浸りながら食事をとる長い間の休憩タイム。

 この時間、頃合い! このタイミング————ドン、ピシャリ!(ごめんなさい)


 というわけではないけど、僕はこの時間を待ちに待ちわびていた。

 休憩は学生にとって至福の時間だ。大人が仕事の合間に煙草を吸うように、嗜好のひと時と言っても過言ではない。


 皆は授業という束縛された時間から逃れ、檻から抜け出したような開放感を少しだけ味わう。

 学生という身分にいる人間であればこの気持ち……理解してくれるだろう。

 どれだけ昼休憩という時間が待ち遠しく好ましく思ってしまうのかが。


 そして……僕は、そんな理由とはまた別にこの時間を楽しみに、気合を入れていた。


(今日こそは、僕の方から神楽坂さんをランチに誘ってみせる!)


 クラスも別となれば、交流時間は限られる。

 合同授業も違えば選択授業も違う。となれば、交流を深められる時間となれば放課後か朝————そして、昼休憩に限定される。

 ならばこそ! ここで立ち上がらなくては一向に神楽坂さんと関係値を深められることは不可能!


 僕は、頑張ってでも……神楽坂さんに好かれてみせる!


「玲ー、飯食べるぞー」


 そんな僕の決意を知らずか、いつもながらにブサイクで気の抜けただるそうな顔で昼食を誘ってくる悠。

 僕は、その誘いを片手で制した。


「悠、今日は一人で食べてほしい……僕は今から、楽園かぐらざかさんのいるきょうしつ禁忌ちゅうしょくのおさそいをしに行かなくてはならないから」


「かっこよく言うなー。ルビが滅茶苦茶になってるぞ」


 僕にとってはそう変換してしまうほどの行為だということを理解してほしい。


「まぁ、行くのは構わんが……毎回毎回失敗してるじゃないか」


「だから今日こそは成功させるんじゃないか!」


 確かに、僕は入学してからこれまで神楽坂さんに何度も昼食のお誘いを試みてきた。

 でも、結果は全て惨敗————未だ誘えずにいる。


 この学校は食堂というものが存在せず、皆が弁当か総菜パンまたはコンビニ弁当。

 よって、「あ、ごっめーん! うちー、弁当持ってきてないんだー」なんてことはないんだけど……それでも誘えない。


 別に、神楽坂さんがいつも誰かと食べているから断られているわけじゃない。

 というより、


 え? じゃあ、なんで誘えないのかって? 

 あぁ、それは単純に――――


「玲く~ん! おっひるごはん一緒にた~べよっ!」


 ……ミラねぇが必ずやって来るからだ。


 教室の扉は勢いよく開け放たれ、そこから現れたのは見慣れた金髪の少女。

 魅惑的な美貌と、僕が作った弁当を持って勢いよく大声で呼びながらの登場。

 周囲の視線が毎度のことではあるけど……集まってしまう。


 その瞬間、僕の下に寄って来た悠が挑発めいた笑みを浮かべて僕に向かって口を開いた。


「さぁ、玲……お前は姉貴の誘いを断り、悲痛な顔をされながら昼食を食べに行くか、諦めて姉貴と俺と飯を食べるの――――どっちを選ぶ?」


「ぐっ……!」


 毎度毎度、口にされる悠のこの言葉。

 それによって、自然と想像させられてしまう。


 僕が「ごめん、ミラねぇ……僕は他の人とご飯を食べたいからミラねぇと食べられないんだ」と断りを入れる。

 するとミラねぇは—―――


『そ、そっかぁ……えへへっ、ごめんね……邪魔、だったよね? お姉ちゃん、帰るね……』


 そう言って、悲しそうな顔をしながらも僕に迷惑をかけまいと無理やりの笑みを浮かべる。

 ミラねぇはいっつも強引で僕の迷惑なんて考えずにグイグイくるけど……他の部分ではちゃんと分別あって優しい気遣いができる女性だ。


 僕が予定あると言ってしまえば、きっと遠慮して立ち去ってしまうに違いない――――内心、悲しみながら。


 だから……そんなことを考えちゃうと……っ!


「きょ、今日は諦めるよ……っ!!!」


「おー、よく頑張った。お前は姉想いのいいやつだ」


 僕は下唇を噛み締めながら、先程の決意を泣く泣く溝に捨てる。

 ミラねぇの悲しむ姿……それをどうにも考えてしまうと、断念せざるを得ない。


 これが、断られてもないのに誘えない原因だ。

 ……つ、次こそはきっと!!!


「玲くん~! 今日も一緒に食べてもいい?」


 ミラねぇが教室の入り口から勢いよくダッシュしてきて僕の体に抱き着いてきた。


「うん……僕は友達が少ないからね。ミラねぇが一緒に食べてくれるのは嬉しいよ……っ!」


「……お前、本当に姉想いのいいやつだよな」


 ミラねぇは悪気があって来てるんじゃない。

 ただ、僕が異性として好きで、僕と今みたいにハグしたくて、一緒にご飯を食べたいだけなんだ。

 前者二つは遠慮してほしいけど、後者の気持ちを無下にはできない。


 ……ミラねぇ、大切な人だから。悲しむ顔、弊社NGなんで。


「まぁ、そんな玲に朗報だ」


「朗報……?」


「お前はきっと、この後————俺に膝まづくほど感謝をするだろう」


 何を言っているんだろうか、このブサイクは?

 顔面偏差値が低すぎて、心が現実に追いつかなかったのかな?

 なんて……なんて可哀想な子なんだろう!? 今度、飴ちゃんプレゼントしなきゃ――――


「失礼いたします」


 そんな時、突如教室の入り口から声が聞こえてきた。


「えーっと……九条さんと御坂さんはいらっしゃいますでしょうか? 一緒に食事をと、誘われて来たのですが……」


 ミラねぇとは対極にありそうな艶やかな銀髪の少女。

 聞きなれた声と共に現れたその姿には、小さな弁当が抱えられていた。


 でも……えっ?

 神楽坂さんが現れたことにも驚いたけど……一緒に食事ってどういうこと?


「姉想いの玲にご褒美……というより、そろそろ可哀想になってきたからな――――」


 そんな疑問を抱いていると、悠は僕に向かって小さく笑みを浮かべた。


「さっきの小休憩に、俺が神楽坂を食事に誘っておいた」


「九条様っ!」


 僕はその場に跪いて、唯一無二の親友に最大限の感謝を捧げた。

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