02

 彼には、彼の世界があるらしい。

 寝不足でふらふらしているときは、わたしが踏切を越えていかないように引っ張ったりもした。彼は、気が散っていたり眠かったりすると、止まるという行動を起こさない。延々に歩き続ける。あぶない。

 はじめて会ったときの記憶も、好きになったきっかけも、思い出せない。気付いたらふたりでいて、いつも隣にいる。


「俺は正義の味方だからな」


 それが、彼の口癖だった。

 まだ子供なんだなと、ちょっとあわれな気持ちになる。同時に、この子はわたしがおとなとして守ってあげないといけないって思った。わたしがおとなかどうかはさておき。

 彼は、いなくなることも多かった。


「正義の味方だからな。仕事をしないといけない」


 そんなことを言って、はぐらかしていた。たぶん、川原にえっちな本を探しに行ってたりしているのだろう。こどもだから。あえて探すこともしなかった。

 そう。

 探さなかった。

 そして彼は、しばらく、いなくなった。

 しんだとおもった。えっちな本を探してしぬって、なかなかないよなと思ったけど。心のどこかで、なぜか安心している自分がいた。

 彼は、しんだ。彼のことを知っているのは、わたしだけ。彼のことを想いながら、わたしは綺麗なまま生きていける。彼以外要らない。そんな、わけのわからない気持ちになっていた。


「眠い」


 そう言いながら、彼が踏切に現れたのは。数ヶ月後だった。止まることを知らないから、踏切に突撃していったので、引っ張って阻止した。


「おはよう。おやすみ」


 そう言って彼は、わたしにもたれかかって。寝た。重かった。重かったけど、その重さが、なぜか心地よかった。彼の体温がある。彼がここにいる。それだけで、なんか、よくわからないけど、幸せだった。

 それから、毎日彼の隣にひっついた。彼がいなくならないように。彼が止まれるように。


「正義の味方だからな。いそがしいんだよ」


 そう言って、ときどき彼は、わたしから逃げた。可能な限り追ったけど、だいたいは逃げ切られた。でも、ちゃんと連絡はくれる。

 わたしは、連絡に沿って、踏切で彼を待った。彼は、正確に来ることもあれば、ちょっと遅めに来ることもあった。とにかく、早くは来ない。

 でも、ここには来てくれる。彼は、ちゃんとわたしの隣にいる。それだけでよかった。

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