小説ゆうえんち バキ外伝――たまらぬ小説であった

1991年のグラップラー刃牙から始まり、

2021年もバキ道を絶賛連載中である刃牙シリーズを知らない人間はいないだろう。

熱闘アツい漫画である。

主人公である範馬刃牙がひたすらに敵と戦っていく漫画だ。


素手だ。武器は持たない。

同じ闘技者を相手にする。

獣も相手にする。

現代に蘇った古代人とも戦い、宮本武蔵とも戦った。

宮本武蔵だ。同姓同名の別人なんかじゃない。

本物の剣豪とも戦う。


だが、一番強い敵は彼の父親だ。

その名は範馬勇次郎――地上最強の生物と呼ばれている。

呼ばれているだけではなく、実際にそうである。

ビル程のサイズもある巨大な象よりも強い。

怪獣をぎゅっと人間のサイズに押し込めたような男だ。

範馬勇次郎という男は、刃牙シリーズの中で一番強い。

だが、強すぎる故に餓えている。

満足に戦える相手を求めているが、それは叶わない。

あらゆる達人を相手にしても上回ってしまう。


勇次郎は強いからだ。

生まれつき、どうしようもなく強い。

生まれつきだから、どうしようもない。

どうしようもないから、餓えている。

刃牙シリーズとはそんなどうしようもない父と息子を描いた親子の物語である。


だが、今回は刃牙シリーズ本編の話がしたいわけではない。

小説ゆうえんち-バキ外伝-の話がしたいのだ。

小説である。現在も週刊少年チャンピオンで連載中だ。

週刊少年チャンピオン?

漫画雑誌で小説?

そのような疑問を抱いた人もいるかもしれない。

だが、事実だ。

週刊少年チャンピオン誌上にどんと、小説が載っている。


作者は夢枕獏先生。

読みやすく、面白い小説を書く。


文の区切りが上手い。

人間の頭に叩き込める情報量をよく知っていて、絶妙なところで区切る。

文字の開き方が上手い。

何もかも漢字にするのではない、印象残るような形でひらがなを使う。

そういうのが抜群に上手い。


そして、なにより格闘描写が上手い。

何をしたのか。

何をしないのか。

何故、当たるのか。

何故、当たらないのか。

痛いか。

痛くないか。

まだ戦えるのか。

もう戦えないのか。


そういうのを濃密な心理描写と共に、きっちり書いてしまう。

しかも、それがとんでもなく面白く、読みやすいのだ。


代表作はいくつもあるが、やはりここは餓狼伝を上げるべきだろう。

現代格闘小説のパイオニアともいうべき作品である。

刃牙シリーズの作者である板垣恵介先生によってコミカライズもされている。

夢枕獏先生の濃密な格闘描写を板垣恵介先生の超弩級の漫画力で描いたのだ。

最強のタッグである。


そして、ゆうえんちは――その逆である。

板垣恵介先生の描いた濃厚な世界を、夢枕獏先生の超弩級の小説力で書くのだ。


ワクワクが止まらない。

初めて、その情報を聞いた時。

心の底からそう思った。


ゆうえんち――刃牙シリーズ本編にそのようなものは登場したことがない。

漢字で遊園地ならばある。戦ったこともある。本物の遊園地だ。

だが、ゆうえんちはない。

それだけでもう、ゆうえんちが刃牙シリーズの正確なノベライズではなく、

夢枕獏先生が刃牙世界の中に自分の世界を切り拓いたことがわかる。


そして、実際のそれを読んだ時。

春海水亭の心は何一つとして間違えなかったことを知ったのである。


物語は、男の語りから始まる。

刃牙シリーズ屈指の人気キャラである花山薫と戦ったという男である。

男は花山薫の拳がいかに素晴らしいものであったかを話し――

そして、本題であるゆうえんちの話をする。

だが、ゆうえんちの謎は解き明かされない。


しかし、わかるのだ。

刃牙シリーズの最大の戦場である地下闘技場。

ゆうえんちは、それと対をなすもう一つの戦場であることが。


男は語る。

地下闘技場ではギャラが出ない。

ゆうえんちでは金が出る。

地下闘技場には観客がいる。

ゆうえんちには観客がいない。


故に、読者は悟る。

ゆうえんちと呼ばれる場所は――本編で語られなかった強者の出る余地がある。

そして、実際にそうなのだ。


まず、主人公が凄い。

愚地克己――空手を終わらせた男、空手界の最終兵器と称される空手家、

その男が主人公――ではない。

葛城無門――聞いたことのない名前だ。

愚地克己の兄である。

そして、その師匠は松本太山。

刃牙シリーズ本編のヒロイン松本梢江の父である。


たまげた。

本編に欠片も姿を見せなかった兄。

ただ戦いの末に死んだことだけが一ページほどで語られた父。


夢枕獏先生は、刃牙世界の空白を狙って、

ギチギチに自分を詰め込んだのである。


そして、葛城無門が狙うのは――柳龍光。

刃牙シリーズ第二作バキにおける敵キャラの一人である。


柳龍光という男は死刑囚であるが、平然と脱獄するだけの力を持っている。

警察官が何人向かったところで逮捕できるような男ではない。

もしも、国家権力が彼に挑むのならば、それは警察でなく自衛隊の仕事である。

捕らえるのではない、初めから殺すつもりで挑まなければならない。


やられた。

夢枕獏先生は虎視眈々と、刃牙世界の空白を狙っていたのだ。

当然の疑問である。

そんな凄まじい男が既に死刑囚として囚えられていた。

ならば、誰が捕まえたのだ。

それも、柳龍光という男は敗北を知りたがっていた。

逮捕は彼にとって敗北ではないのだ。

ならば、彼は如何にして囚えられることとなったのか。

ゆうえんちとは、それを書く小説であるのだ。


しかし、さすがの夢枕獏先生である。

読み進めると、夢枕獏先生のサービスが止まらないのだ。


マスター国松と呼ばれる男が刃牙世界にはいる。

強者の雰囲気を漂わせるが、戦う機会のなかった男である。

ゆうえんちにおいては、その男が戦うのだ。

それも、妖怪と呼ぶべき他にない、恐ろしいものとして。

技が凄いだけではない、心の強さが凄まじい。

心に暗い穴がぽっかりと空いていて、

その穴に無門を飲み込もうとするかのような恐ろしさである。


その恐るべき男の弟子が、柳龍光である。

必然的に、ゆうえんちで書かれる柳龍光への期待も高まる。


そして、その期待もまた応えられることとなった。

柳龍光もまた、恐るべき妖怪である。


ああ、幸せなおれ。

柳龍光の恐るべき戦い方を見て、そう言いたくなった。

こんなものが読めてしまうだなんて、なんという時代だろう。


絵も最高である。

強いものは強く。美しいものは美しく。悍ましいものは悍ましい。

藤田勇利亜先生のイラストは書くべきものをしっかりと書き、

その上、とんでもない迫力にあふれている。

一枚一枚が至上のイラストである。



現行連載はとうとう、柳龍光戦がクライマックスを迎えた。

単行本の収録内容とはかなり差があるため、今すぐに追いつけとは言い難い。

なので、とりあえず現行刊行分。単行本3巻まで読んで頂きたい。

熱い戦いが貴方を待ち受けていることは間違いない。


そして、なにより――

単行本派には申し訳ないが、若干のネタバレをさせて頂きたい。


刃牙シリーズに対するリスペクトとして、

ゆうえんちもまた、親子の物語である。


刃牙の勇次郎に対する愛と憎しみが存分に描かれたように、

ゆうえんちでもまた、無門の父に対する愛と憎しみが存分に書かれることとなる。


ゆうえんちと地下闘技場が相反する存在であるように、

刃牙とは異なる形で。


以上である。

ちなみにゆうえんちシリーズも電子書籍による刊行が行われるが、

物理書籍より発売時期は遅れるので、

発売日に買いたい場合は物理書籍をおすすめする。


刃牙を読んだことがない人が、これから読むというのも良いだろう。

柳龍光に結末に関するネタバレはあるが、刃牙は過程を楽しむ漫画である。


とにかく、最高に面白い小説だ。

読んで欲しい。

読んで欲しい。


ただただ、それに尽きる。

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