まもなく来る夏に備えてりんご麦茶を買うべき理由

夏といえば、麦茶だ。

人によってはスイカであるとか、海であるとか、花火であるとか、

夏の季語を頭の中にぶち撒けて、

麦茶を否定する最強の理由を探されているかも知れないが、少し待って欲しい。

今はとりあえず、夏といえば、麦茶。

その理由をしっかりと説明するので、待って頂きたい。


とにかく暑い季節である。

午前中が人間の暮らせるギリギリの気温で、

真昼間になると、人間を焼くように暑く、

日が沈んだら沈んだで、湿気と熱の残滓で蒸されるようだ。

日本という国そのものが、生命を調理する器具に変わってしまったかのようである。


人間の生活に向いている時期なんて、春と秋ぐらいである。

夏も冬も寝て過ごすのが一番良いのだが、そういうわけにもいかない。

仕方がないので、取り得る限りの対策をとって夏を生き残らなければならない。


なるべく外には出歩かず、室内は冷房で冷やしていく。

かといって、冷やしすぎるとそれはそれで身体が壊れるので適温を見つける。

食欲も失せるが、食べる時はしっかりと食べなければならない。

そして、なにより水分補給――これが大切だ。


暑い夏っていうのは、汗をかいて身体の中から水分がどんどん失われていく。

爽やかに炭酸飲料でもキめたいものだ。

キンキンに冷えたコーラ瓶を想像してみると良い、

透明な瓶に水滴がついていて、握っただけで冷やっこい。

冷たい――じゃあ、ない。こういうコーラは冷やっこいと呼びたい。

そっちの方が文字の暖かみというものがある。


外から見てもわかるぐらいにコーラの小さなあぶくが、

黒い液体の上へ上へと上っていって、今にも外に出たがっている。

そりゃあもう出してやらなければ罪というものだ。

瓶ビールの蓋を栓抜きで引っ掛けて、ぐいと上げてやれば、

ぷしゅという小気味の良い音がする。


もう、こういう瓶コーラというものは、コップになんか注がない。

顔を太陽の反対側の空にしっかりと上げて、

直接、瓶から口に注いでやらなければ、瓶さんにも申し訳というものが立たない。

せっかく、キンキンに冷えて頂いているのだから、

余計な一手間はいらないのだ。


とっ、とっ、とっ、とっ、という爽快感溢れる音がして、

その後、注がれたコーラは口の中で甘く弾ける。


ラムネも良いだろう。

こういうのは、冷蔵庫で冷やさない。

バケツに氷水と一緒に放り込みたい。

ラムネは透明、瓶も透明、氷も水も透明。

バケツなんかは青色で、これがもう見ているだけで涼やかで良い。

だが、見るだけじゃあ駄目だ。

それじゃあラムネ先生も機嫌を悪くする。飲んでなんぼである。


しっとりと濡れたラムネ瓶を掴んで、封を破る。

だが、そのまま飲もうとしても、そうはいかない。

ラムネの入り口のところを、ビー玉が塞いでいる。

凸の蓋でビー玉を取ってやらなければならない。

入り口を凸蓋で押し込んでやると、ぷしゅといってラムネが溢れ出す。

音まで涼やかだ。

瓶コーラと同じだ、これも直接口で頂く。

瓶を傾ける度に、カロン、カロン、

というビー玉が転がる音がして、実に風流である。


だが、ジュースばかりでは健康に良くない。

常飲するべきはやはり、水かお茶である。

しかし、水ばかりじゃあ味気ない。

そんな夏の味方が麦茶である。


まず、作るのが楽で良い。

余計なことはしない、水にティーバッグを放り込むだけで良い。


味も良い。

苦味が無く、甘みもなく、くせのない爽やかな味だ。


トドメとばかりに、カフェインを含まない。

人によってはカフェインが入っていた方が良いかもしれないが、

ガバガバ飲む必要がある飲料には、余計なものはないほうが良い。

というわけで、夏といえば麦茶である。

麦茶を飲んで夏を生き延びよう。


と、麦茶を讃えて終わりたいところであるが、本番はここからである。


麦茶というものは舌で味わうものであるので、匂いの要素が強くはない。

いや、全く質実剛健な御方である。

だが、時に味気なく思えてしまうこともある。

そんな時のために、

私は皆さんにただの麦茶ではなく、りんご麦茶を薦めたいのである。


ご存知の無い方もおられるかもしれないので説明しておくと、

りんご麦茶というのは、

ルピシアというお茶専門店から出ているりんごフレーバーの麦茶である。

これが非情に良いのだ。


作り方は普通の麦茶となんら変わるところはない。

水にティーバッグを放り込むか、待ちきれなければお湯に入れれば良い。

出来たら、コップに注ぐ。

そして、口に運ぶ前に――まず、鼻で味わっていただきたい。

ふんわりと林檎の匂いが香る。

ウキウキと口の中で運べば、爽やかな麦茶の旨味が広がり、

その後で、また林檎の匂いが追いかけてくる。


余計な甘みはなく、麦茶そのものにも林檎の味はない。

つまり、カロリーは0のまま、すいすい飲めるという長所もそのまま、

ふんわりと林檎の匂いが香るだけの麦茶だ。

だが、これで良いのだ。

これがたまらなく、愛おしい。


向日葵畑の中で笑う白いワンピースを着た麦わら帽子の美少女のようである。

オタクの中に存在する、存在しない夏の思い出の如くに、林檎の香りは存在する。

彼女に手を伸ばした時のように、林檎の香りに手を伸ばして見ると良い。

その手は空を切るが――それでも、彼女は思い出の中に確かに存在したのだ。


というわけで夏といえば、

向日葵畑の中で笑う白いワンピースを着た麦わら帽子の美少女である。

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