焼肉ランチを豚タンから始め、泣いて牛タンを見送る

慢性的に金が無いが、焼肉は食べたい。

更に正確に言うならば、焼き肉を味わいたいのではなく、摂取したい。

美味しいご飯を食べることと、生きるために栄養を摂取する行為は違う。

私は後者的な意味合いで、焼き肉を食べたいと思っている。

美味しいか美味しくないかではなく、生きるために焼き肉を食べたいのだ。


根本治療としてジャンジャカ金を稼ぐべきなのだが、

現代の医学ではどうにもならないというか、相手にしてくれないので、

対処療法的にいつもランチタイムに焼き肉を食べることにしている。


焼き肉を味わおうと考えず、焼き肉を摂取したいというだけならば、

この世界にはすたみな太郎という、

焼き肉を含めたあらゆる種類の料理が破格値で食べられるという楽園が存在するが、

距離的にかなり微妙なところにあり、気合を入れないと辿り着くことが出来ない。

すたみな太郎のことは嫌いではないのだが、

一週間ぐらい前からよし、すたみな太郎に行くぞ。と強く覚悟し、

移動時間で丸一日潰す覚悟が無いと、すたみな太郎で飯を食うことは出来ない。

すたみな太郎の攻略には、

スタミナよりもメンタルにステータスを振らなければならないのだ。


すたみな太郎の攻略推奨レベルに達していないので、

焼き肉を摂取するために、私は近所の焼肉屋に行く。

昼ならば平日土日問わず、

1000円ぐらい出すと、牛、豚、鳥、ホルモンが付いてきて、

ご飯はおかわりし放題、スープに、サラダまで付いてくる焼き肉ランチがある。


牛のどこ、であるとか、豚のなに、であるとか、鳥の何肉、であるとか、

そういうことは私は知らない。わからない。

私にあるのは焼き肉が摂取したいという思いと、タンとシロという名前だけだ。


牛、豚、鳥、ホルモン――桃園の誓いに、

諸葛亮まで加わっているかのような状況である。

その上、焼き肉屋のスープというのは、なんか異様な美味しさがあって、

しかもオニオンベースのサラダドレッシングがやたら美味い。

トドメとばかりに、ご飯のおかわり自由。

焼き肉屋の白米は美味い。


米というのは、サラダと一緒に食べても美味いのだ。

スープと一緒に食べても美味いのだ。

タレを漬けた肉をご飯のてっぺんにちょいちょいとつけて、

タレご飯にしてやっても美味しい。

そして、何より肉と米を口の中に一緒に放り込む快楽。

暴れまわる肉の旨味を米が官能的に受け止める至福の時よ。


しかし、である。

白米の魅力はいかなるおかずにも合わせられるプレーンさなはずであるのに、

焼き肉屋の米は、それだけを食べてもよいかのような本質的な美味しさが存在する。


そんなご飯がおかわりし放題、なんということだ。恐ろしい。


そんなランチがあるのだから、焼き肉には大満足――するというわけではない。

まだ、その先があるのである。

ランチタイムは肉を小皿で注文することが出来るのだ。

回転寿司の皿を取るような値段感覚で注文できると思っていただきたい。


つまりは、ただでさえ完全なる存在の焼肉ランチを、

究極の存在にまで持っていくことが出来るのである。


私はシロを頼む。

ホルモンのあのくにくにした食感が好きで好きでたまらないのだ。

網の上に置くと、動きが面白いのも良い。

網の上のシロは身を捩って踊っているような面白さがある。


だが、忘れていけないものがある。

これから焼き肉を始めるという合図――そう牛タンである。

ランチタイムは、当然牛タンも小皿で頼むことが出来る。


だが、私は牛タンをスルーし、豚タンを頼む。

まず値段が安い、豚タンは牛タンよりも100円ほど安い。

量も多い、牛タンは2枚だが、豚タンはそれ以上である。

その上、牛タンは薄切りであるが、豚タンは厚切りである。


書けば書くほど、何かに負けていくような気がする。

それはお前の貧乏性ではないか、と言われているような気がする。

だが、今から、豚タンを焼いて食べるので、ちょっと待って欲しい。


網の上に豚タンを置く。

牛タンと同じく、レモンで食べることを前提にしている。

勿論、レモンをつけなくても良い。

牛タンと同じく、最初から塩で味付けがされている。


牛タンより厚いので、若干は牛の舌よりも時間がかかる。

だが、他の肉を焼くこととなんら変わりはない。

頃合いを見て、裏返す。

良い焼き加減っていうのは、時には芸術よりも心を動かす色彩をしている。


さぁ、一枚焼き上がった。

レモンをつけて、豚タンを口の中に運ぶ。

豚タンは厚切りなので、弾力がある。

歯で軽く挟んでみると良い、豚タンが押し返してくる。歯応えがあるのだ。

といっても、硬いわけではない。弾力がありすぎるわけでもない。

しっかりと噛めば、ちゃんと噛み切れる。

ぷちん、という音が口の中でする。

小気味が良い。たいそう小気味が良い。

あっ、と声に出してしまいたくなるような口の中の快楽だ。


何度も何度も噛みしめる。

塩とレモンの酸味の調和し、そして豚タン本来の美味しさが遅れて主張を始める。

口の中に広がるさっぱりとした美味しさに、さらに米をぶちこむ。

いやはや、なんたることだろうか、もう箸を動かす手が止まらない。


天使のラッパか、牛タンか。

なんてぐらいに、牛タンは焼き肉の始まりを告げる合図には向いている。

だが、豚タンだって馬鹿に出来たものじゃない。

牛には牛の、豚には豚の良さがあるのだ。

だから、たまには豚タンに先陣を切らせてみるのも悪くないかもしれない。

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