第33話 瑠璃と……

 日曜日のお昼時だった。


 学園は部活動の生徒の為に開放されてはいるが、校庭や部室棟と違って校舎内に人気はない。その校舎の部室。


 制服姿の俺は、同じく制服姿の瑠璃と二人だけで対面していた。


 正直、瑠璃が来てくれるかどうかは半信半疑で確信はなかった。もう瑠璃は俺の前に姿を現してはくれないのではないかと想像して不安だらけだった。瑠璃に会えなければ、正義の組織のネットワークに頼み込んででも瑠璃を探し出す心づもりだった。


 だから今、思い出のある部屋で瑠璃と再び対峙できていることがとても嬉しくてよかったと思えている。


 だがしかし。これで満足してはいけないのだ。瑠璃の懊悩を少しでも溶かす為に俺は今ここにきたのだ。あとちょっと。瑠璃との戯れ混じりの親睦のため。ちょっとだけ。


 ――と、静かで落ち着いてはいるが、情熱は失ってしまったという様子の瑠璃が、機先を制した。


「お別れはすんだはずです。言いたいことは……全て出し尽くしました」


 完全に諦めて、もう秘密の活動に対する気持ちは残っていないという抑揚だった。

 自分の心は捨て去って何もかも流してしまった、そんな表情をしていた。


「来てくれないかもって思ってた」


「そうですか」


 瑠璃がもはや感情はないという一言だけを発する。


 魔法少女として俺を嬲って興奮していた時の熱狂はもう全て失ってしまった。部活動で誰にも相手にされずにそれでも希望を絶やさずにビラを配り続けていた意志は砕けてしまった。そんな音だった。


 俺は瑠璃を見やってぽつりぽつりと言葉を発する。


「俺なりに色々考えた。どうしようかと右往左往して迷った」


 瑠璃の応答を見る。反応らしい反応は、ない。


「でもお前の事、放っておけない俺がいると気付いて」


 さらに続けて。


「お前のために何か出来ることをしたい。自己満足でいいと思っている俺がいると気付いて。そして出した結論が……」



 一拍置いて言い放つ!


「これだ! 『トランスフォーム!』」


 俺の身体が光る! 同時に全身、白のジャケットとスーツに包まれる! 瑠璃は眩しくて、瞬間、目を覆っている。セリフの直後、正義の変身ヒーローホワイトスーツマスクが、瑠璃の目の前に立っているのだった!


 瑠璃が顔を覆っていた腕を退かす。

こちらを見て、硬直した。


 自分の視界にあるものが信じられないという面持ち。石膏の様に身体を固めて、顔を覆っていた疲労と諦観が消え失せて表情が止まっている。


 俺はニヤリと口端を吊り上げてポケットに手を入れる。中から取り出したアイマスク。それを自分の顔に装着。完成だ! どこからどう見ても正義の変身ヒーロー、ホワイトマスクスーツが瑠璃の目の前にいるのだった。


「そんな……」


 瑠璃が一言発して、自分の両手で口を押える。


「なんで清一郎さんが……」


 そして絶句する。


 とりあえずここまでは想定の範囲内だ。自分で言うのもなんだが、俺のちょっと歪んだ嗜虐心(瑠璃、ゴメン!)を満足させてくれる。


 うん。瑠璃、可愛い。すごく可愛くて魅力的だ! もっと瑠璃瑠璃したい!


 いや、そうじゃないだろ、と自分で自分に突っ込みを入れる。


 瑠璃を幸せにできるなんて自惚れてはいない。俺ごとき何ができる、とも思っている。でもその俺ごときでも、瑠璃の気持ちを少しでも軽くできるんじゃないかと、正義の変身ヒーローを少しばかりやってきた俺には思えるから、こうして行動に出ているわけだ。


 しばらく瑠璃が俺をまん丸目玉で見続けている。

 でも何も言えずに頭が真っ白になっている様子で黙り続けて。

 彫像の様に動かない瑠璃。息もしていないようにさえ見える。


「この俺、如月清一郎その人こそが正義の変身ヒーローホワイトスーツマスクなのだ! 驚け!」


 いや、驚いているからこそのリアクションなのだろう。

 瑠璃は未だに動きを見せない。


 まあそうだろうな、と胸中でひとりごちる。

 プリンセスラピスラズリとして、隠している性癖全開で色仕掛けをしていた相手が、同じ部活で清楚に心を寄せていた相手(たぶん!)だとは思ってもみなかったのだろう。実際、通常の状況下だったら憤死ものだろう。が、今は平常時ではないのだ。この俺の決断が瑠璃の心を少しでも軽くすると信じて、俺は瑠璃の前で正体をバラしたのだ。


 その瑠璃が反応を見せた。


「なんで……清一郎さんが……『ホワイトスーツマスクという名前』を……知っているんですか?」


 なんでやねん、と俺は突っ込んだ!

 そこじゃないだろ?

 そのホワイトスーツマスクに俺が目の前で変身した事が重要だろ?

 しっかりしてくれ、俺の瑠璃(瑠璃、ゴメン)!


 そして俺は瑠璃の反応を確かめながら言葉を選んでゆく。


「高城瑠璃。いや、悪の魔法少女ラピスラズリ」


「『悪の魔法少女ラピスラズリ』って!」


 応答してきた瑠璃は未だに状況を理解していない様子。


 このまま魂に再び明かりの灯った瑠璃を見ていても面白くて嬉しいんだが、話が進まないから俺は続けた。


「俺も色々悩んだんだが、まあ結論から言うと正義の組織を抜けてお前の仲間になろうと思う。お前が良ければの話。給金貰っていたとはいえ、正義の組織に恩も義理もないんでね。この港南地区は悪の組織のテリトリーになるが、それで犯罪が増加するわけでもないし、住人が困るわけでもないことは確認してある。天辺がすげ替わるだけだ。それからの身の振り方は二人でよく話し合って決めたい」


 俺が決めたことを口にすると、瑠璃の様子に変化が現れた。


「え? え?」


 単発言葉を発しながらも、一生懸命事情を酌もうとしている様子。


「え? え? どう……して? なんで清一郎さんがホワイトスーツマスクに変身している……の……」


「いい加減にわかってくれ! ラピス! この俺こそが、あのクソマスコットのクロぼうにスカウトされた正義の変身ヒーローなのだ! 最初に出会った時、お前、ステッキでシャボン玉出してただろ?」


 瑠璃に対してどう応答するか迷っていた時は正直物凄く苦しかった。が、一度心を決めた今は、すっきりと晴れ渡る真水の様な気分だ。目の前でおろおろしている瑠璃が可愛らしくて、もっと突っついてみたいと男の本能的に思ってしまう(瑠璃、再び、ゴメン!)。


 でも、いいだろ? ちょっとぐらい瑠璃の可愛い所を見せてもらっても。俺が好き勝手に決めたことだが、瑠璃の為に犠牲も払うのだ。普段のホワイトスーツマスクの時は瑠璃に虐められていたのだから、瑠璃にいじらしい部分を見せてもらって僅かばかりの快楽に浸ってもバチは当たらない! よな?


「え、え、なに、じゃあ……私が首輪させて散歩させてお手させて足の指なめさせて……え、え、そんなことやあんなことさせてたの貴方で、そんな私の事……」


「そこまではやらされてない!」


「え、え、じゃあ、私の白いエロコスチューム見て一緒に痴女プレイしていたのって……」


「そうだ。俺だ! みんな知っている! 驚け!」


 目の前の瑠璃の狼狽姿が愛くるしくてたまらない。瑠璃の為にできる事をしようと決めたご褒美の一部だと思うことにする。いや、俺、こんな可愛い娘と本当に一緒になっていいの? とか思ってしまう。


 そののち瑠璃は言葉を失って、ややあって。

 足元から頭の天辺まで茹で上がってから、両手で顔を覆った。


「酷いです、清一郎さん!!」


 俺を責めるような抑揚を手で面を覆ったまま出してきた。


「私に何も言わずに、私が右往左往している所を見ていたなんて……鬼畜の所業です!!」


 いや、面目ない。こちらの都合もあって言う訳にはいかなかったのだ。瑠璃の責めには、全面的に同意する!


 でも瑠璃は魂を取り戻せた様子。よかったよかった。瑠璃の非難は甘んじて受け入れよう。瑠璃様の思う通りにする所存です、いやホント。


「私の秘密の大事な部分をじっくりたっぷり舐るように眺めて楽しんでいたなんて……。もう、私、お嫁にいけません! 清一郎さん! 責任とってください!」


 責任!

 いや、責任取るけど、どういう意味?

 ってゆーか、俺、どうすればいいの?


「私の大事な女の部分、存分に楽しまれてしまいました! 清一郎さんが初めてです! 清一郎さんの男の部分も私が楽しむ権利があります! 清一郎さんの男の秘部、私が楽しむことを要求します!」


 なに言っちゃってるの、瑠璃ちゃん!

 なんか言葉をそのまま解釈するととんでもないこと言ってるみたいじゃん!

 性癖全開はまずいって!

 瑠璃ちゃん、清楚な女子高生でしょ!


「もう自分を偽っている意味もありません! 私は一人の女子高生である前に、高城瑠璃という女性なのです! 私の女性、貴方の褥で受け入れてください!」


 ヤバイ!

 瑠璃が止まらない!

 瑠璃いじりとか言って調子に乗り過ぎたかも?

 地雷、踏んだかもしれん!


 思いながら……取り戻した感情をぶつけてくる瑠璃の前で、喜びながらも狼狽は隠せない俺がいるのであった。

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