第29話 瑠璃のお見舞い
瑠璃が学校を休んで一週間がたった。
未だに瑠璃は登校してこない。
気楽に構えていた俺だが流石に気になって顧問の吉野先生に尋ねたところ、瑠璃の自宅の場所を教えてくれた。
「お前が見舞いに行ってやると喜ぶ」というのが吉野先生の言葉だった。
そのセリフにも押されて、放課後出向いてみた。
港南市の高級住宅街。俺の住んでいる一般分譲住宅地区の隣に広がっている邸宅街。
ゆるゆると吉野先生に渡されたメモの用紙通りに進むと、瑠璃の自宅、洋風三階建ての屋敷にたどり着いた。
豪華な陶器の表札に『高城』と彫り込まれている。
俺はちょっと戸惑ったが、ベルをピンポーンと鳴らす。
しばらくして、寝間着にカーディガンを羽織った、ポニーテール姿の高城瑠璃先輩が出てきた。
俺を見て顔に驚きが広がる。
その後、はっと自分の衣装に気付いた様子を見せた。
「来てくれるのなら連絡ください! こんな格好……見ないでください……」
両腕で自分の身体を抱きしめる。
「いや……来る予定じゃなかったんだが、流石に長く休んでいるから心配になって吉野先生に聞いてみて……」
顔を赤く染めて下を向いている瑠璃に何と言ってよいのかわからずに言葉が滑る。
ラピスバージョンの時は見られて興奮しているのだが、普段は寝間着を見られるのが恥ずかしい瑠璃。特殊性癖もあるんだが、やっぱり普通の女の子でもあるんだなと、新鮮な感動があった。
「瑠璃。風邪の方は大丈夫なのか?」
心に引っかかっていた事を聞いてみた。
「身体の方は大丈夫です。けれど……心の方がちょっと……」
瑠璃は口ごもる。
「ここではなんですから、入ってください。来てくれると思っていなかったので片付けはしていませんが」
瑠璃が扉を開け、俺を中に誘う。
その瑠璃に従って、「じゃあ少しだけおじゃまします」と玄関の中に足を踏み入れた。
応接間のソファーセットに案内されてそこに座った。
瑠璃の片づけをしていないという言葉に反して、部屋はとても綺麗だった。
洋風の邸宅の一室。壁に西洋画が飾ってあって、室内は豪華な調度品で整えられている。
瑠璃が紅茶セットをトレイに乗せてやってきた。
本人は桜色のブラウスにベージュのロングスカートに着替えている。
本物のお嬢様。普段とは違ったポニーテールの髪型がとてもよく似合っている。
ラピスバージョンのエロコスチュームとも瑠璃バージョンの制服ブレザー姿とも違った、温かみと親しさを感じさせる若奥様の様な見姿だった。
その瑠璃がテーブルにソーサーとカップを二つ置き、ポットから紅茶を給仕する。とても上品で手慣れた振る舞い。育ちの良さを物凄く感じさせる。
それから瑠璃は対面……ではなく、俺の隣にそっと座ってきた。
え? っと少し驚いた。
ラピスバージョンの時の様な痴女っ娘性癖かとも思ったが、そういう浮ついた雰囲気とはちょっと違う。言うなれば、もっと大人の艶を醸し出している。
俺に無言で紅茶を勧めてから、自分でもその用意した紅茶を一口。
カップを綺麗な仕草でソーサーに置く。
「ありがとうございます。お見舞いに来ていただいて」
初めてそう口にしてきた。
「少しだけ熱は出たんですが、大した事はありません。ご心配をおかけしてすみません」
「そうか。よかった。はっきり言うのは照れるが、正直、心配していた」
瑠璃は優しい微笑みで答えてくれた。その後、俺にすうっと寄り添ってきた。
ドキッと心臓が跳ね上がる。
甘い匂いに包まれながら、艶やかな黒髪に頬をくすぐられる。胸が高鳴るのを止められない。どうにかなってしまいそうで、でもどうする訳にもいかなくて。そのまましばらく二人して無言の、じっとした時間が過ぎてゆく。
俺、もしかして誘われてるの? そんな言葉が脳裏をよぎった。
理性の壁はもう崩壊寸前だ。あと一押しされたら、俺、瑠璃に手を出してしまうかもしれん。年頃の健康な男だから!
でも手を出すって始めはどうすんだ、と童貞特有の躊躇が俺を最後の一歩を踏みとどまらせている。
流石にこれ以上はヤバイという段階で、最後の踏ん張りで立ち上がりかける。
「あまりお邪魔していて瑠璃の体調が悪くなるといけない。瑠璃のご両親にも挨拶せんといかんのかもだが……ここいら当たりで失礼したいと思う」
「待ってください」
瑠璃の発した言葉は、すがるような誘うような抑揚だった。
「両親は長く留守にしていて帰ってきません」
真っ直ぐな、それでいて『女の艶』を含んだ瞳で俺を見つめてくる。
え? 瑠璃ちゃん。まさかのまさかでマジなの? と急激に鼓動が高まった。
ラピス変身時ならば何をされるか分かったものじゃないんだが、普段の女子高生バージョンの時は清純派で一本芯が通っている高城瑠璃。
その瑠璃が大人の女性の色気で俺を誘っていた。
俺は座り直して瑠璃に正対する。
瑠璃が俺の胸に顔を埋めてきた。
いいんだよな、これ! OKってことで問題ないよな! と混乱しながら何度も誰にともなく呟く。
早鐘を打つのをやめない心臓。血が上って沸騰している頭。興奮の中、唇を近づけて……という場面で、瑠璃が小さく震えているのに気付いた。
戸惑いが芽生えた。
瑠璃の反応がわからない。瑠璃、もしかしたら嫌がってる? と思ってしまって俺は動きを止める。
瑠璃が小さく声を出してきた。
「風邪はなんともないんですが……」
抑揚も揺れていた。
「秘密の仕事で……辛い命令があって……」
瑠璃の押しつぶされそうだという響きに、俺は完全に我に返った。クロぼうには何も聞いていないし、呼び出しもくらっていない。瑠璃のセリフがわからなかった。
「組織から……何か言われたのか?」
「私……どうしたらいいんでしょうか……。もう、どうしていいのか……」
瑠璃は俺の胸に顔を埋めながら、そこで言葉を切った。
瑠璃の思いつめた声音。物凄く興奮しまくっていた俺だったが、男女のそういうことを続ける気持ちは既に治まっていた。瑠璃をただの性欲対象に見ていたように思えて自己嫌悪に陥る。ごめんと心の中で瑠璃に謝った。
「俺でよければ相談にのる。俺にもできることがあるかもしれない」
しかし瑠璃は答えない。
またしばらく、じっとした時が過ぎてゆく。
瑠璃はそれ以上何も口にすることはなく、ただただ黙って俺に縋り付いてくるばかりだった。
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