第4章 俺、悪の魔法少女と……
第28話 瑠璃の悩み
その後、一週間ほどは楽しくにぎやかな時間が続いた。
放課後に昇降口前でビラを配ったり、お昼に部室でお弁当を仲良く食べたりしたりで、わいわいと忙しくも楽しい日々がずっと流れてゆくとも思われた。
が、ある日の昼休み。瑠璃が沙夜の作ってきた松花堂弁当を食べながらも、心ここにあらずというか、ちょっと落ち込んでいる様子を見せたことが発端だった。
「どうかしたんですか?」
沙夜が先に気付いて瑠璃を気遣う。
瑠璃は少しだけ俯いて慮る仕草をみせた後、ぽつぽつと話し始めた。
「最近、上手くいってなくて……」
少し重苦しい音だった。瑠璃が思い悩んでいることがうかがえた。
「部活動はゆっくりやればいいさ」
俺が言葉を挟む。瑠璃はうめくような反応を返してきた。
「そうじゃなくて、本業というか仕事というか……」
「最近はその仕事はご無沙汰になっていたはずだが……」
俺は合いの手を入れたが、瑠璃は説明するかのごとく続けてきた。
「確かに一週間前に清一郎さんとすごく親しくなって、その日にずいぶんはしゃいでからはご無沙汰なんですが……」
「そうだよな。俺もクロぼうに呼び出し食らってない」
「クロ……?」
「いや、何でもない。続けてくれ」
「はい。秘守義務のある仕事なので……あまり詳しくは話せないんですが……」
「なんとなくでいい。わかることもあるかもしれないから」
俺も沙夜も瑠璃の秘密の仕事を知っている。瑠璃を促した。
「はい。敵を調略して港南地区を攻略したいんですけど、なかなか上手くいかなくて。私、活動を始めてから三年目になるんですけど、ずっと失敗続きで。そのことは組織内でも前から問題になっていて」
瑠璃は深くため息をついた。確かに上手くはいってないよなと俺は胸中でひとりごちる。
申し訳ないが、正義の変身ヒーローの俺にも都合がある。瑠璃のことも、もうはっきりと言ってしまうが悪の魔法少女バージョンのラピスのことも嫌いじゃない。その懐柔に乗ってあげたい気分もないわけじゃないのだが、給金を失って正義の組織からお尋ね者として追い立てられるのはさすがにちょっと……。そう思っていると、瑠璃が顔を上げた。
「こんなことは清一郎さんには恥ずかしくてとても聞けない事なんですが……」
こちらを伺う様な目線を送ってくる。ためらっている模様。
悪の魔法少女バージョンの時はそういうプレイ全開で俺に迫ってくるのに、高城瑠璃バージョンの時は羞恥があるのかと、最初の頃の俺は思っていた。だが最近では、女の子として育てられてきた瑠璃には当然のごとく人並みの理性もあって、拗らせてしまった性癖に本人が懊悩している部分も多々あるのだと、理解している。だから瑠璃の送ってくる視線に、まなこと言葉で答える。
「いいよ。なんでも聞いてくれ。俺でよければ力になる」
瑠璃はちょっと躊躇して、でもと思い直す様子を見せてから俺に正面から投げかけてきた。
「年頃の男子を調略して仲間にするにはどうしたらよいのでしょうか? 招来の性癖というか、もっと言うと色仕掛けともとられかねない方法で……」
言いながらの瑠璃の頬が薄紅色に染まってゆく。
瑠璃は再び俯いた。とても恥ずかしくて俺を見つめてはいられないという表情。でもなんとか頑張ってという模様で、セリフを続けてきた。
「もともと私が持っている強引さで押しているんですが……」
そこで一旦切って俺の返答を待つ。
「熱意は伝わっている」
俺は断言した。
「そうだといいんですけれど……。好きで始めたことではあるんですが、失敗ばかりで最近は余裕がなくて。組織……上司にも呼び出しを受けていて、上からの圧力とか私自身の立場から、もうこれ以上失敗できなくて」
そこに、今までの俺と瑠璃の会話を聞いていた沙夜が、柔らかく言葉を挟んできた。
「大丈夫です。きっと最後には全て上手くいきます。私とお兄ちゃんがついてますから」
「ありがとう……ございます」
瑠璃は一言返答して、目尻にたまっていた涙をその指で拭った。とても女の子っぽい仕草に不覚にもドキリとしてしまった。
悩んでいる本人には申し訳ないが、こんな素敵な泣き顔をする人なんだと思うと、隠された性癖が大した問題ではないような気になってしまう。
「私、頑張ってみます」
瑠璃が明るい顔を見せた。俺と沙夜が、『そうだな』『はい』と瑠璃を後押しする。
それから再び和やかな食事に戻ってから皆でごちそうさまして。
瑠璃はその後、気負いとか気落ちとかを感じさせない吹っ切れた様子に見えたのだったが……次の日から部室に姿を見せなくなってしまった。
心配して瑠璃のいる三年三組に行ったが見当たらない。瑠璃の担任に聞いたところ、本人から風邪で寝込んでいるとの連絡があったそうだ。
俺はひとまず安堵した。瑠璃の体調は彼女の家族に任せることにして、その回復を待つことに決めたのだった。
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