第25話 瑠璃と男女のレッスン その1

 沙夜が後片付けを始める。


 一方、その沙夜の手伝いを丁寧に遠慮された瑠璃先輩が、椅子の上で座り直して俺の方に向き直ってきた。


 なんだ?! とちょっと身構える。


「今日は、昨日沙夜さんと約束した通り、如月さんに女性を教えたいと思います。昨晩ベッドの中で色々考えてきました」


 とんでもないことをいきなり言い出した。


「考えなくていいです! 普通に接してもらえれば充分嬉しいので!」


 という俺の抵抗も功を奏さず、瑠璃はずいずいと押してくる。


「昨日は、結局眠れませんでした」


「いや、そこはきちんと眠りましょうよ。精神によくないです!」


 瑠璃が何を言い出すのか、おっかなくて背筋がゾクゾクする。

 瑠璃と近しい事を行えるという男としての嬉しさとか興奮より、女性に免疫のないぼっち特有の躊躇が勝る。


 俺も小さい頃から社会に出てバイト活動をしてきた男とは言え、未だに高校二年生だからな。かてて加えていつも陽キャのギャル連中に邪険にされているせいで、女性に対するコンプレックスとか気負いもある。


 女性を教えるって、ここ、生徒たちのいる学園内の部室棟の中ですよ。

 ついでに言えば、片付け終わった沙夜が無言でニッコリとした笑みを浮かべているのが、なんとも兄として辛い。


 瑠璃の出方に、強く言えば恐怖を覚えてしまっている俺がいた。

 その瑠璃はずずずいっと上半身を近づけてくる。


「まずは、手をつなぎましょう」


「手……ですか?」


「はい。男性と女性。まずは触れてみるのが良いかと思いまして」


 瑠璃がはいどうぞと、俺の前に綺麗な右手を差し出してきた。

 俺は戸惑う。いや、別に手を握るくらいはそれ程困る事でもないのだが、瑠璃の真剣さに困惑を覚える。


「私では……お嫌だったでしょうか?」


 瑠璃が、しゅんと俯いた。

 いやごめんそんなことないとかぶりを振りつつ、瑠璃の手を握る。それはもうぎゅっと、両手で握った。

 途端に瑠璃が明るさを取り戻す。顔を和らげて、同時に頬を桜色に染めて。


「殿方に手を握られて……興奮します。初体験です。ドキドキします。もっと……色々として見たいです」


「いや、先輩、仕事でもっと過激な事……やってるでしょ? それはどうなんですか?」


 思わず口にしてしまった。


「え?」


 瑠璃の疑問形。いきなり虚を突かれた様子。俺は色々考えを巡らせながら、言葉を選んで口にした。


「いや、先輩の本業の仕事先にも男子がいて、その男子と色々こう、なんというか、色々やってませんか? そこのところが不思議なんですが?」


 なんとも歯切れが悪い。しかしはっきりと言葉にするわけにもいかない。ただ黙ってハイハイ言っていればよいのだが、いまこの状態の女子高校生高城瑠璃の心中に少しだけ興味がわいたのだ。


 何考えているんだろ?

 つーか、女性ってどんなこと考えてるの?

 どんな生き物なの?

 男とは違うよな?

 とかいろいろな言葉が後から後から胸裏に浮かぶ。


「確かにそうなんですが……」


 瑠璃も自分の心中を探るような声音で俺に返してきた。


「この学園で制服を着て、いち女子生徒として如月さんと触れ合っていると、『仕事』とはまた違った趣というか興奮があってドキドキします」


「そういう……ものですか?」


「そういうものです。仕事では自分の全てを曝け出す事が出来て、それが求められてもいるのですが、制服に身を包んでいての男性との触れ合いは別の意味で昂ぶります」


 ちょっと。まがいなりにも男子生徒の俺にそんな事いっちゃっていいんですか?

もっと男性を警戒しましょうよ。悪い男に引っかかっちゃいますよ。いや、もう俺に引っかかっているという突っ込みはあるかもしれないが。すると、瑠璃はいいことを思いついたという様に顔を華やかな色に変えた。

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