第24話 三人一緒にお弁当
翌日の昼休み。部室内は、開け放たれた窓から春の薫風が入り込んできて、心地よい。天気も快晴。ぽかぽかとした日差しが部屋内に差し込み、暖かな空間を醸し出している。
俺達は、黒板の前に積まれている机を一つもってきて、二つ並べて三人で即席のテーブルを囲んでいた。中心にはおせち料理に使う様な大き目の風呂敷包みが置いてある。
「お昼にしましょう。少しだけ頑張ってみました」
そう揚々と言った沙夜が風呂敷包みから重箱を取り出す。どうでしょうか? という様子で並べる。
一の重。
玉子焼きとたこさんソーセージにミニハンバーグ。プチトマトの詰まった洋食ご膳。
二の重。
俵型の食べやすい形のおにぎりが詰まっている。
三の重。
里芋とシイタケとニンジンとごぼうの、筑前煮。
「これ……」
瑠璃先輩が驚いたという声を出す。
「沙夜さんが作られたのですか? 物凄いです」
素直に驚愕していると言う模様。確かに驚くかもしれない。家の料理は小さい頃から沙夜に任せてきたし、才能のある沙夜は努力も怠らなかったので、それはもう板前の腕前なのだ。
「スーパーたからやの特売セールで俺が仕入れたから、あまり材料費はかかってないです。存分に食べてください。まあ、俺の言う事じゃないんですが」
「はい。三人でいただきましょう」
沙夜がにっこりと相槌を打つ。それが合図になって、三人で『いただきます』をしてから和気あいあいとした食事会が始まった。
「お兄ちゃん」
なんだ? と沙夜の方を見ると、箸に卵焼きをつまんでいて。
「あーん」
微笑み朗らかに俺の口前に差し出してきた。小さい頃から沙夜とは一緒に食事をしてきたが、初めての所作だったのでちょっと驚いてしまう。
「ちょ、沙夜ちゃん、どういう……つもりで……」
しどろもどろになりながらも沙夜に押されて、パクリと卵を口に入れる。甘く柔らかな触感が口内に広がった。うん。確かに沙夜の味だ。
もぐもぐと満足して咀嚼していると、沙夜がマイルドだがとても逆らえそうにない強力な笑みで下命してきた。
「今度はお兄ちゃんの番です。瑠璃さんに、あーんをして差し上げてください」
え? 沙夜ちゃん、そういうつもりだったの? と心の中でたじろぐが、流れはとうに沙夜が抑えている。
『あーん』などという女性に対して近しい事を生まれてこのかたしたことのない俺だ。戸惑いながら先輩を見ると目が合って、二人して同時に下を向く。
いや、やってみたくないことはないんだ。この学園での女生徒バージョンの先輩は、柔らかでマイルドで上品でぶっちゃけ俺好みだし(先輩、ごめんなさい)。
クラスの女子に邪険に扱われているから、この部に入ってからのこの部室での活動が潤いにもなっているし。問題になっている『別活動』の悩みを放っておけばの話ではあるが。その先輩とのまるで恋人同士の様な一緒のお弁当に、ちょっとワクワクしている俺を感じている。
「お兄ちゃん」
沙夜が沙夜ちゃんスマイルで俺を後押ししてきた。というか、微笑みの命令。
俺は覚悟を決めて瑠璃先輩に箸でタコさんソーセージを差し出す。
先輩はしばらく下を向いていたが、やがて顔を上げ、おずおずと俺の差し出している箸に唇を近づけて……
「ぱくっ」
っとそれをついばんだ。
手の平を口に当て、もぐもぐと咀嚼する。やがてゴクリとそれを飲み込むと、沙夜が頃合いを図っていたかの如く、
「関節キスですね」
ごく普通の事だという声音でセリフにしてきた。
「はい。……間接キス、してしまいました」
瑠璃先輩も同調して、恥ずかしいと言う様子で頬にもう一方の手を当てる。
何言っちゃってるのこの人! と俺はその言葉に困惑して混乱して興奮が湧き起こってきて、心臓がドキドキと鳴り始める。
沙夜ちゃんも沙夜ちゃんだ。俺と先輩に勧めておいて、そういう事言っちゃうの? と沙夜を赤く火照った顔で見つめる。
「?」
なんでしょうか? といういつもの笑みの疑問形。いや、沙夜ちゃん、そういうキャラだった? と心の中で問いかける。
「いや、それだと、俺と沙夜ちゃんも間接キスになっちゃうんだけど?」
何言ってんだ、俺!!
思ってもいなかった言葉を発した俺の口を問い詰める。が、沙夜ちゃんはどこ吹く風。
「大丈夫です。私とお兄ちゃんは家族なので数に入りません。お兄ちゃんの初めての人は高城瑠璃先輩です」
ニッコリと微笑を返してきたのち、
「今度はお義姉さんの番です」
沙夜が先輩を促してきた。
「お兄ちゃんに、あーんを。間接キスをしてあげてください」
な……なに言ってんの、沙夜ちゃん!
ダメそれ!
俺の心臓が持たない!
普段、エロコスチュームラピスとくんずほぐれつをしている俺だが、こういうアットホームで恋人っぽいやり取りは別の意味で圧倒的な破壊力があった。もう、俺、頭と身体が壊れそうでどうにかなってしまいそう。
「そうですね……。如月さんにお返しをしなくてはなりません、ね」
瑠璃は赤く染まった頬でこちらを見据えてきた。
顔が真剣。マジ、真剣。
表情は緩んでいるのだが、目が座っている。
瑠璃が箸で重箱から煮豆をつまんで、俺の前に差し出してきた。
片方の手で箸を持ち、もう片方の手でそれを支える格好。仕草まで、お嬢様のそれだ。
「はい。あーん」
すごい眼光で俺を射抜きながら、箸を進めてくる。
俺、従わなくちゃいけないの?
いや、嬉しくないことはない、というか心の臓がバクバクで興奮が頭の天辺から突き抜けそうでマジこれ初体験か何か? という心持ちなんだが。
どうするんだ、と思っている内に瑠璃の箸と豆が俺の口に入り込んできて俺は味も分らず飲み込んでしまった。
するりと瑠璃が俺の口から先端を抜いて、満足そうにその俺の口内で濡れた先を見る。
眼光鋭かった目が蕩けている。
って瑠璃先輩、隠れヘンタイ痴女だけでなくて色欲淫魔的な性癖もあるの? と俺は背筋に寒いものが走るのを止められない。
と、瑠璃はぱくりと。何もつまんでない箸を自分の口に含んだ。
ダメでしょ、そういうの!
隠している性癖でちゃってるでしょ!
瑠璃はそのまま箸の先を含みながら、うっとりとした様子。
だからダメだから、それ!
この学園の部室の中だけでは、俺好みの上品で清楚な令嬢でいてくれよ!
頼むから!
――とかなんとか。
色々あって。
まあなんとか本筋は外さないレベルで(ホントか?)皆お腹いっぱいになって。三人そろって『ごちそうさま』をして部室での最初の食事会が終わった。
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