第23話 沙夜ちゃんと一緒にビラ配り

「よろしくお願いします」


 沙夜の綺麗なメゾソプラノが響いて、ビラを差し出された生徒が、ちょっと驚きはしているもののそれを受け取る。


「よろしくお願いします」


 沙夜はにこやかに、次々とあの怪しい文面が印刷されたペーパーを生徒達に渡してゆく。

男女、陰キャ陽キャ、関係ない。


 瑠璃先輩と俺も一緒に配っているのだから、学生連中にはそれが何かはわかっているのだろうが、沙夜の爽やかで人当たりの良い上品さに押されて休みなく紙が捌けてゆく。


 確かに沙夜は見た目中等部の生徒で、来ている制服も中等部の青いミニスカートにカーディガン。高等部の昇降口に中学生が居るのは珍しく人目を引くのだが、紙面の捌けが良いのは興味本位の注目だけではないのだと思う。


 見目の良い自分の妹程の少女が笑み柔らかに差し出してくるのだから、ついつい受け取ってしまうというのが正直な所だろう。


 その証拠に、俺と瑠璃先輩が配っているビラは全く捌けていない。

 容貌が良くて丁重なのは先輩も同じなのだが、こちらは目新しさがないというか、いつものアノ人ね……で終わってしまう。


 沙夜も用紙の文面には目を通しているはずなのだが、それを生徒達にバラまくのを全く躊躇していない。


 相手は自分より一回り年上の高校生だが、沙夜は全く臆することもない堂々とした様子。

 瑠璃先輩の正体が悪の魔法少女ラピスであることを知っていて、その性癖を知っているにもかかわらずの一緒の活動。


 かてて加えて沙夜は瑠璃を気に入って俺とくっつけようという挙動。

 女同士で一体何を話したと言うのか。

 何か通じるものがあったのだろうとは想像するが、女性間の関係など理解の範疇外だ。


 女ってわかんねーと心中でノタマワっている内に、用意したビラは全て沙夜が配り終えてしまった。



 ◇◇◇◇◇◇



「助かりました。でもすごいです、沙夜さん!」


 俺達は校舎入口から厚生棟脇の自販機コーナーに移動。

ビラを配り終わって三人でベンチに座って、みんな一緒のアイスの缶コーヒーを飲んでいる。


 いや、俺は飲んでいるでいいんだが、沙夜と先輩は口を潤しているというのが描写として正しいだろうか。


 俺は何も気にせずごくりと喉に流し込んでいるが、沙夜と先輩は両手で缶を包んで、口に運ぶ仕草も湯飲みに入った玉露を扱う模様。

 女性の優美さがあって上品で美しい。


「でも本当にすごいです、沙夜さん。私や如月さんの分まで配ってしまうなんて、尊敬致します」


 結果的に言うと、沙夜と先輩と俺の三人での初めての部活動は大成功だった。

 変な用紙を配っていたにもかかわらず、沙夜は高等部の生徒達に邪険にされるどころか下にも置かれない扱われよう。

 男子は競って。女子もなになに? という様子で皆興味深そうに沙夜からビラを受け取っていった。

 俺と瑠璃先輩の二人だと無視だったのに、だ。


 瑠璃先輩が沙夜に敬意の念を示すのも当然だと思える。

 沙夜は瑠璃先輩にわだかまりを持っていないし、瑠璃先輩も沙夜とすっかり打ち解けている様子。


 俺は気になって、心に引っかかっていたものを小声で沙夜に囁く。


(沙夜ちゃん、瑠璃先輩に正体知っているって言っちゃったの?)


 沙夜が耳ともに返してきた。


(言ってはいませんし、お兄ちゃん程は気にしていません。正直、瑠璃先輩の魔法少女姿と振る舞いを初めて見たときは面食らいましたが、先輩の性癖についても私なりに勉強して納得する部分も多かったですし)


(勉強?!)


 俺は思わず出してしまった裏声を無理やり抑え込んだ。


(って、なにしたの、沙夜ちゃん?! 何か変な事とか画像とかネットとかで見ちゃったりしてダメージ受けてない?!)


 と、沙夜は悪戯っぽく目を細めて、


(秘密です)


 人差し指を綺麗なピンク色の唇にそっと当てる。


「ね、瑠璃先輩」


 沙夜が瑠璃先輩に顔を向けて微笑む。


「そうですね、沙夜さん」


 瑠璃先輩が笑みを返してくる。って、君たち会話してないでしょ。なんで阿吽の呼吸なの? と呆気に取られて。同時に女って何なんだとたじろいで。


 すると沙夜がパンと両手を打ち鳴らし、そうだ! と良い事を思いついたという様子。


「私もこの部に入った事ですし、明日から三人分のお弁当を作ってきます」


 明るい声音を出した。


「昼休みは親睦も兼ねて部室で一緒に昼食にしましょう」


 華やいだ表情で可愛らしく手を合わせる。

 瑠璃がじんわりと感動したと言う様子を見せ、


「ありがとう」


 と思わず泣いてしまいそうな声を漏らす。


「気にしないでください」


 沙夜が言葉を継いできた。


「お兄ちゃん、今まで女性の方と親しくなったことがなくって。瑠璃さん。お兄ちゃんに女性というものを教えてあげてください。実の妹の私が教える訳にもいかないので」


 そのセリフに、俺と瑠璃が同時に飛び跳ねた。


「何言ってるの! 沙夜ちゃん!」


 瑠璃は瑠璃で、真っ赤に染まった頬に両手を添えながら、


「女性を教えるって……」


 恥ずかしくて沙夜の事も俺の事も見られないという様子で、顔を下に向ける。

 が、沙夜はさほど自分の言葉を気にしている気配はない。


「変な意味じゃありません。お義姉さんがお兄ちゃんと親しくしていただければ、私は嬉しいです」


 ニッコリと微笑む。

 瑠璃もその笑みに納得した様子。


「分かりました。不詳、高城瑠璃、如月清一郎さんに女性というものを教えて差し上げたいと思います」


「はい」


 また、沙夜と瑠璃が微笑みを交わす。


 いや……女性を教えるってどういう意味?

 沙夜が突然言い出したので俺は未だに混乱の中に居るが、先輩は俺の事を一体どうするつもりなの?


 俺、何かされるの?

 一般生徒バージョンの表面の先輩の事だから沙夜に口を合わせているだけなのだとは思うが。


 天然? 


 その瑠璃先輩が顔を少々残念だという物に変える。


「明日の昼休みは一緒ですが、放課後は別の仕事が入っているので部活動はなしでお願いします」


 またですかーと俺は呆れて、これさえなければなーと胸の中でひとりごちる。


「その仕事……できればやめた方がいいと思うんですが……。そんなに楽しいんですか?」


 聞いてみたいことを聞いてしまったが、先輩は真面目顔で答えてきた。


「楽しいと言えば楽しいんですが。本当にとても楽しいんですが。それだけでやっているわけでもありません。自分の意志で始めた事です。辞めたくはありませんし、勝手に辞めると大勢の方に迷惑が掛かってしまうので、ペナルティもあります」


「そのペナルティって厳しいんですか?」


「はい。とても厳しいです。言ってはなんですが、社会的には再起不能かもしれません。でも覚悟してやっているので問題はありません」


 うーん……。悪の魔法少女も俺と同じような立場か……


 俺はどうした物かと思案したが良い解決法も浮かばなかったので、とりあえず一切合切先送りにすることにした。

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