第21話 沙夜ちゃんが部活に加入

 よく聞きなれて身体になじんでいる旋律。


 突然の音に驚いてその方向を見る。


 妹の沙夜が両手でお弁当箱を持って、開いたままになっていた出入り口に立っていた。


「誰……だ? 君は?」


 吉野先生が、いきなり会話に飛び込んできた少女に当惑声を発する。


「見かけない生徒だが? 中等部……か?」


 沙夜が柔らかい笑みで反応する。


「はい。中等部二年二組の、如月沙夜です」


 清廉な面立ちの優しい微笑。

 その表情に吉野先生の戸惑いも和らぐ様子。


「お兄ちゃん、もういい年なのに、今まで仕事生活で忙しくて恋人さんとか作る暇がなかったんです。私も気にかけていたんですが、お兄ちゃんの仕事の邪魔をするわけにもいかなくて」


 ふうと、困っていたんですという調子で吐息する。


「如月沙夜君と言ったな? お兄ちゃんと言う事は君は如月清一郎の妹か?」


「はい。実の妹です」


 沙夜がにっこりと微笑む。


「高城先輩の事、部活動の事は、私も色々な伝手で聞きました。そして今高城先輩を見て、お兄ちゃんを任せられる立派な方だとお見受けいたしました」


 沙夜が部屋の入口から俺達三人のいるテーブルにまで歩んできた。


「高城先輩」


 椅子上の瑠璃先輩に躊躇も見せずに声をかける。


「お兄ちゃんの事、よろしくお願いいたします」


 そして丁寧なお辞儀をした。


「え? いえ、こちらこそ……」



 瑠璃先輩が慌てて立ち上がって沙夜に礼を返す。


 瑠璃先輩は沙夜の勧めの意味をわかっているのだかわかっていないのだが、いまいち釈然としないが、敬意を表されては返答しないわけにいかないのだろう。


 まずいな。瑠璃先輩が陥落しそうだ。


 俺と先輩とでは、釣り合わないと言うより別の重大な問題がアリアリなのだ。


 どうやったら決壊を防げるかと思案していたところ、沙夜が俺に包みを渡してきた。


「はい、お兄ちゃん。お弁当忘れていったでしょう」


「いや。それはそうなんだが……。ありがとう」


「どういたしまして。お兄ちゃんにお弁当を渡すついでに部活の様子も直接見ておきたいと思っていたんです。瑠璃先輩もとてもお綺麗で丁寧な方で、私も誇らしいです」


「可愛いらしい妹さんだな。お前に似なくてよかったな」


 吉野先生が言葉を挟んできて、余計なお世話だと胸中で突っ込んだ。

いつもならばそうですねと同意するところだが、落城を止めたい気持ちが勝って反抗的になってしまった。


 沙夜が突然現れて内堀まで埋められようとしているという切迫感を覚える。


「お兄ちゃんも隅に置けません。バイト活動の裏側で、こんな美人さんの『秘密少女さん』と繋がってるなんて」


「え?」


 俺は沙夜が発した言葉がわからなかった。


「え? なんだって?」


 もう一度聞き返す。


「高城先輩。お義姉さんって呼んでいいですか? 『組織の活動』も大変でしょうが、お兄ちゃんの事もよろしくお願いします」


 沙夜が再び深々とお辞儀をした。


 瑠璃先輩が反射的にまた礼を返す。


「な……なんでラピ……高城先輩の事知ってるの、沙夜ちゃん!!」


 俺は驚いて声を上げてしまった。


 沙夜がよくわからないと言う顔付きで、瑠璃先輩と吉野先生が俺の方を見る。


「だって、高城先輩とお兄ちゃんとの『活動』は一度見ていますから。わかりますよ。普通だと思いますが?」


 沙夜はきょとんとして、俺の質問にどこ吹く風。


「高城先輩は、お兄ちゃんとの『対決の時』も相性は抜群だと思います」


「沙夜ちゃんそれダメ! それ言っちゃダメ!」


「駄目なんですか? まあ秘密の活動だとはお聞きしていますが、もうお兄ちゃんと高城先輩は『色々一緒に』やって他人でもないと思います」


 沙夜の返答に俺は頭を抱えた。


「高城先輩、いえ、お義姉さん!」


「はい!」


 沙夜の呼びかけに瑠璃先輩が背筋を伸ばす。

 俺と沙夜の会話の意味することは解っていない様子。


「私も時々遊びに来ていいですか? お義姉さんの部活動にも興味ありますし、お兄ちゃんとお義姉さんの間も仲人したいです」


「いえ、それは歓迎なんですが、私達の部活動は……」


 沙夜に押されながらも、瑠璃先輩には自分たちの学園に対する立ち位置を気にしている様子、戸惑いが見える。


「部活動についてはよく知っているので問題ありません。でも、私が混ざってしまうとお邪魔になってしまうかもしれませんね。折角お兄ちゃんと仲良く二人きりで一緒に活動しているのに。どうなんでしょうか?」


 沙夜がアドバイスを求める様に吉野先生を見た。


「私はいいと思うぞ。沙夜君は中等部らしいが、この部活にオブザーバーとして参加するのは全く問題がない。私が許可するし根回しもしておこう。善は急げ、だ。今日からでも沙夜君はこの社会環境改善部の部員になるといい」


「はい。わかりました」


 沙夜が再びにっこりとした笑みを俺達に見せる。


「彩雲学園中等部二年の如月沙夜です。よろしくお願いいたします、お兄ちゃん、お義姉さん」


 三度目の深い会釈。


「歓迎いたします、沙夜さん。高等部三年の高城瑠璃です。こちらこそよろしくお願いいたします」


 素直に嬉しいと言う笑みで手を差し出した瑠璃。


 自分の置かれた立場が分かっていない瑠璃と、全てを知っている沙夜。


 ついでに堀を埋めて更に敵からの侵攻を早めようと努める吉野先生。


 俺は自分の置かれた複雑怪奇な立ち位置を憂慮して、頭を抱えて声にならない呻きを発するのであった。

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