第20話 沙夜ちゃんが部室に登場

「高城。如月を連れてきたぞ」


 先生が昂ぶった声を部屋内に響かせると、先輩はこちらに顔を向け嬉しそうな笑み。


「先生。ありがとうございます。如月さんも。昨日、活動が上手くいかなくてちょっと落ち込んでいたので、お二人に来ていただいて励まされる気持ちです」


 先生と一緒にその瑠璃の前まで進むと、瑠璃がその綺麗な形の目を細めて艶やかな唇をほころばせる。


 昨日の活動ってプールでのアレか?


 そりゃあ上手くはいかんよなと、その威力のある微笑に打たれながら胸中でひとりごちる。


「はて? 昨日は部の活動はなかったと思っていたが」


 先生が疑問符を浮かべた。


「いえ。部活動ではなくて私の所属しているNGOみたいな所の活動です」


「そうか。清が出るな。頑張るのも程々にしておけよ」


「好きでやっている事なので全く問題ありません。障害……というか、私の活動にいつも参加してくれる男性がいるんですが、その方とのコミュニケーションが上手にいかなくって。私が普段は抑え込んでいる感情をコントロールできないのが要因なのですが……家に帰ってからいつも落ち込んでしまいます」


 瑠璃がその顔に残念だという表情を浮かべる。


「家でどうやったら上手く意思疎通を図れるか考えて考えてシミュレーションして、その方を納得させる所を夢にまでみたりしています」


 瑠璃の誰に言うともない呟き。だが破壊力は抜群だった。


 え? そんななの! と、ちょっと衝撃を受けてしまった。

 家で色々考えてるの?

 夢にまで見て!


 いや、俺も悪気があって抵抗してるんじゃないけど、そこまでならば申し訳ないと思ってしまうかもしれない。


 でもなあと考え直す。


 正義の変身ヒーローが悪に染まるわけにもいかんし、給金も貰っているからその分の働きはせんとなーと色々頭に浮かんでしまって。


 その俺の戸惑いを全く無視した吉野先生の声が耳に響く。


「高城。いい知らせだ。お前、如月と付き合うつもりはないか? 男女関係として」


 直球だった。

 俺の思考を停止させるのには十分な威力。


 瑠璃の表情も一瞬止まって。

 それから瑠璃先輩の顔がみるみる赤く染まってゆく。


「え? 先生、いきなりどういうことですか? え? それって……」


 瑠璃が両手を頬に沿えてはにかむ仕草。


「でも、如月君の……その……気持ちはどうなんですか? 私みたいなのでは如月君とは釣り合わないと思うんです。正直、まともな男子生徒が私みたいなのを相手にしてくれるとは思えないんです」


 どこかで聞いたようなセリフ。


 瑠璃先輩と目が合った。


 先輩の顔がさらに赤く染まって頭の上からヤカンの様に蒸気を発する。


 いかん!

 このままでは既成事実にされてしまう!

 外堀を埋められたら残された内堀だけでは落城してしまうのだ。


「先生! 高城先輩も困ってます! 教師が男女の異性交遊を勧めるのはどうかと思います!」


 俺は真面目な学級委員の様なセリフで抵抗する。


「だがなあ。このままだと永久にお前たち、独りぼっちの様な気がしてなぁ。お前ら、どうなんだ?」


 ん? と俺達の顔を覗いてくる吉野先生に押されて、また俺は瑠璃と視線を交わす。


 今度は恥ずかしくて互いの顔を見ていられないという調子で、二人示し合わせたようにその目を明後日の方向に逸らした。


 俺の顔も赤くなっているのがわかる。

 会話できない。

 二人して圧し黙る。


 いや、付き合う気はありませんとはっきり答えればよいのだが、何故かそれができない。

 出来ない雰囲気が醸成されつつあった。


 とその時――


「私は、お兄ちゃんと先輩の交流に賛成です」


 綺麗なメゾソプラノの声が響いた。

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