第19話 吉野先生に瑠璃先輩をお勧めされる
昼休みになって、朝沙夜にお弁当を貰い忘れたことに気付いた。
部活動の事でひと問答あって、いつものルーティンが乱れたせいかもしれない。
折角作ってもらったお弁当を食べられないのは沙夜に申し訳が立たないが、忘れた事は致し方ない。購買部でサンドイッチとミルクティーでも買って部室にもっていくかと椅子上で考えていたところ、吉野先生の姿が部屋前方の扉から見えた。
視線が合う。
目で俺に用事があると言っていた。
渋々立ち上がって、扉まで歩いてゆく。
そのまま吉野先生に先導されて廊下を進みだした。
「如月。部活はどうだ?」
前方から声だけを向けてくる吉野先生。真っ直ぐな背の上で、大人びたポニーテールがその歩みに従って揺れている。
「まあ、どうだといわれましても……。普通です」
普通の部活ではなかったし問題もアリアリなのだが、それを見せて問い詰められても困るし答えられない。当たり障りのない所でお茶を濁した。
「普通ではないだろ? 高城の活動に付き合わされた生徒はすぐに辞めてゆく」
動揺もなく、当たり前のことだと言う調子で言葉を継いできた。
「お前はあの活動を一緒にして辞めようとは思わなかったのか?」
吉野先生が、素直な疑問を向けてきた。
「高城は見目も性格も素晴らしいが、その信念というか信条はちょっと一般的とは言い難い部分があるからな」
ゆっくり目に歩いている俺達を、男子生徒が食堂に向けて駆け足で追い抜いてゆく。
「廊下を走るな!」と声を発した吉野先生。その吉野先生の、瑠璃先輩に対するセリフに俺は密かに同意していた。
確かに瑠璃先輩は見栄えや性格はとても良い。普段から女生徒に邪険に扱われていて、女子に対して偏見と言うか先入観がある俺でも惚れてしまいそうな程に。だがその思索は通常の流行り好きのお洒落女子とはズレがある。そのズレを拗らせて変態性癖にまで昇華させているのが瑠璃先輩なのだ。
どういう育ち方したんだろうな~と、慮ってしまう。なんとなくわからんでもない気もするんだが……本質的な部分はまだ見えてこない。
「高城は……本当に良い奴なんだ」
吉野先生が、しみじみと噛みしめるように音にしてきた。
「だが普通の女子とは考え方が違っているので仲間になれない。孤高と言ったらよいか。この学園に入った時からずっと独りでな……」
後ろ姿しか見えない吉野先生の、苦虫を嚙み潰したような顔が浮かんだ。
「お前もずっと独りなのは見ていた。それをどうすることもできなかったのは、私の力のなさで悪いとも思っている」
言葉を挟む雰囲気でもない。
俺は黙って聞きながら後に続く。
「そんな事を考えていた時に、お前と高城ならもしかしたら上手くいくんじゃないかって思い立ったんだ」
先生は一拍置く。
俺の様子を伺っているようだった。
俺はあえて反応を示さなかった。
瑠璃先輩と俺の間には確かに縁というか、えにしみたいなものがある。良縁かどうかはわからないが。だが、俺と瑠璃先輩が上手くゆくというのは、ちょっと考えられない。表面上なら上手く付き合ってゆくことは出来るだろうが、瑠璃先輩の本性に対して俺はどう対応してよいかまだ結論付けられていない。
「まあ、夜一人、家で飲んでいた時なんだが」
「また……酒ですか?」
ちょっと呆れたという声音を返してしまった。
この吉野先生、生徒想いの人望が厚い先生なのだが、アルコールに弱い所があってよくホームルームの時間に二日酔いで呻いていたりする。
「まあ黙って聞け。私は悪い意味で人に媚びない性格がたたって、今の今まで男性とまともに付き合ったことがない」
「いきなり身の上話ですか?」
口を挟んだ俺に対して、
「真面目な話だ。黙って聞け」
と一喝され、俺もそれ以上邪魔は止める。それに満足した様子で、先生は身の上話をぽつぽつとし始めた。
「高校生とか年頃を謳歌できる時期を逃してしまったことをずっと後悔していて、夜酒に頼ってストレスを発散していたりもする。お前も知っているだろうが」
酒の事は他の生徒同様に知ってはいたが、吉野先生の男女関係的な事は初耳だった。
「私が顧問をしている社会環境改善部。高城瑠璃が一年の時、顧問になってくれと一人でやってきた時の真剣さは未だに覚えている。そこでずっと独りで活動している高城。あんなに外見も中身も素晴らしいのに、異性の友人が一人もいないのを自分が高校生だった時を重ね合わせてしまってな。瑠璃を矯正させて孤独ではない恋人のいる幸せな少女に成長させてあげたいとずっと密かに思っていた」
瑠璃の事。吉野先生の事。二人には二人の歴史があるんだと思わせられて、俺の顔付きも知らず知らずに真面目なものになってゆくのが自分でもわかる。
「今、矯正と言ってしまったが、私は男に愛想を振るまけなかった。大人になってそう言う事も大切だと今はわかる。私はまだ不器用で上手く出来ないが、高城には少し早く私よりも成長してもらって男に愛想の一つも振りまいて、恋人を作って女性の幸せを味わってほしいと思っている」
その先生がいきなり足を止めた。勢いその背にぶつかる。俺と同じくらいの背丈の先生は少し揺れただけで踏みとどまり、逆に振り返ってきて、
「お前なら」
真正面から俺を見据えて言葉を浴びせかけてきた。
「お前なら高城の良い所をちゃんとわかってくれると思って、高城の表面だけでなくその心情の良い所を理解してくれると思って、期待してみたんだ」
先生は俺の両肩に手を乗せてきた。
「どうだ? 高城と付き合って面倒を見てやってくれるか?」
真っ直ぐで真剣な視線。逃げきれない。俺は胸中で呻いた。
「俺が……瑠璃先輩と……ですか?」
途切れ途切れに言葉を発する。
瑠璃先輩の事は嫌いじゃない。というか外見はドストライクだし、中身は俺の女性苦手意識が発動しないほどの素敵な女性だ。だが俺にあの瑠璃先輩……悪の魔法少女ラピスを受け止められるだろうかと自問自答してしまう。
自己主張をしながら嬉々として興奮しているラピスの顔とエロコスチュームの全身が、脳裏に浮かぶ。
え? 俺、瑠璃先輩と付き合う事を奨励されている?
お堅い女性教師だと思っていた顧問の吉野先生に?
吉野先生は一般教師だが生徒教師間共に人望が厚いし、それから導き出される学園での権力ももっている。簡単に嫌ですと逆らって無視できる相手ではないのだ。
外堀から徐々に埋められてゆく感じ?
どうするんだ?
脳内で思考しながら。
「高城先輩はどうなんですか? 俺みたいなのじゃ釣り合わないと思うんですが? 正直、まともな女子生徒が俺みたいなのを相手にしてくれるとは思えないんですが?」
抵抗と戸惑いを表現してみた。
すると吉野先生はニヤリと口端を吊り上げた。
「そう言うのなら、お前は高城の事を嫌がってはいないんだな。それで充分だ。高城がお前の事を嫌っていないのは見てわかる。同じ女性だからな」
しくじったと思った。迂闊に同意しすぎたかもしれない。
瑠璃先輩と付き合うと言う未来は混乱と戸惑いと懊悩と敗北しか見えない。
昼は清楚な瑠璃先輩と落ち着いたティータイムを過ごしながら、夜ともなるとエロコスチュームの瑠璃先輩に拘束されてムチとロウソクで攻められている俺の絵しか見えなかった。
「いや、いきなり先生に勧められても、高城先輩の意思というか気持ちもあるし……」
俺はしどろもどろになりながらも最後の抵抗を試みる。が、先生は上手くいったという様子でほくそ笑みながら俺の肩に腕を回してきた。
「大丈夫だ。私が仲人をしてやろう。私の見立てだと、高城とお前の相性は抜群だ」
俺を引きずる様にして再び部室に向かって廊下を進み始める。
足がいきなり重く感じられる。進まないというか、気持ちが躊躇している。先生はその俺を仲の良い男子友達の様にして牽引してゆく。
やがて部室前にまで達して、先生が空いている左手で横滑りの扉を開ける。
瑠璃先輩が中心の机前に座ってお弁当を食べている部室の全景が目に入ってきた。
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