第3章 俺、沙夜ちゃんと一緒に部活動をする

第18話 沙夜ちゃんに部活動について聞かれる

 数日後の朝食。

 沙夜と対面でテーブルについていた。


 メニューは和食で、ごはんにみそ汁、味付けのりと納豆に焼き鮭。見事な朝鮭定食。

 ちなみに味も見事。流石沙夜だといつもながらに感心してしまう。


 こういったメニューは小細工が効かないので、腕がモロに現れてしまう。


 仕事を変えて収入が増えたので、それなりに贅沢をしてもいいのだが、我が家にはこういった食事があっているとしみじみ思う。


 小さい頃から食事当番させてごめん、と沙夜に謝りながらごはんを口に運ぶ。

 ちなみにクロぼうも同じメニュー(量は少ない)をテーブルの上でもぐもぐと食している。すると不意に、


「お兄ちゃん」


 沙夜が食事の合間に問いかけてきた。


「学校で部活を始めたらしいですけれど」


 沙夜は俺が正義の変身ヒーローにジョブチェンジしたことに関してはもう何も言ってこない。一晩集中的に問い詰められただけで、それ以上粘着してこない。


 とても沙夜らしい爽やかな立ち振る舞いで安心できていたのだが、開始から一週間もたたずに部活について言及してこられる事は想定していなかった。


 いや、隠していたわけじゃないのだが、折を見て触れればよいと思っていたのだ。


 部長の瑠璃先輩が悪の魔法少女であることに関して、俺自身がまだ混乱から立ち直っていない。どう説明しても沙夜は戸惑うだろうし、もしかしたら沙夜に心配をかけてしまうかもしれない。現時点でどう沙夜に説明するかは考えていない。


「何で……沙夜ちゃんが知ってるの?」


 ちょっと面食らって、とりあえず思った事を口から出した。


「ふふっ。秘密です」


 沙夜は悪戯っぽく少しだけ目を細めて、微笑を浮かべた。


 沙夜の『秘密です』が気になった。

 沙夜は何故か学園の事情にやけに詳しかったりする。俺が陽キャのギャル連中に娯楽がてらの誹謗に合った日など、その日の内に慰めてくれて、翌日俺がそれ以上嘲笑の対象にならない様に教師や生徒達に手回しをしてくれた事がある。


 沙夜は中等部の生徒とはいえ学園ではとても人気のある生徒で、知り合い等も多いのだろうが……


 沙夜の事だからヘンな事はしていないという確信はあるのだが、ちょっと沙夜の学園内での立ち位置について、俺は甘く見ているのではないかとの疑念はある。


「部員が一人だけの潰れそうな部だと、耳にしましたが……」


「どこで耳にしたの? いや、それはそうなんだが……」


「部活動も、ちょっと一般的なものではないともお聞きしましたが」


「いや。ラピ……瑠璃先輩は『一般学生の時』はそんなに変じゃない。やってることはエキセントリックっぽいが、あれはあれで誰にも迷惑はかけてない。と思う」


 沙夜が少し考える表情をする。


「瑠璃先輩……ですか? まだ始めて数日で、かなり親しい感じがしますが」


「いやっ、そ、そんなことは、ないっ! そんなにっ、三年の先輩相手に、急に親しくならんて!」


 さすが沙夜だ。直感が鋭い。矢で急所を射抜かれて慌てて手を振って誤魔化す。


「………………」


 沙夜は小首をかしげて更に思考を巡らす仕草。どんな考えに耽っているのか。正直俺より圧倒的に頭が良い沙夜の考えることは想像がつかない。


「瑠璃先輩。お兄ちゃん好みの女生徒さんですか?」


 色気話など全くと言ってよいほどしてこない沙夜の突然のセリフで、驚いた。


「! 俺好みかってか?!」


「はい。お兄ちゃん、今まではアルバイトで忙しくて、年頃なのに彼女さんを作る事とかできなかったので、密かに申し訳ないと思っていました。お兄ちゃん好みで良い人ならば、私、応援したいです」


 沙夜の視線は真面目だった。


「い、いや、それは……」


 返答に困った。


 女子生徒の高城瑠璃先輩。見栄えはとても良く、性格もマイルドで他人思い。俺の捻くれた目つき顔つきなどを気にしてる素振りもなく、人を外見で判断しない。素晴らしい。俺好みで良い人かといえば、はいそうですという答えになる。


 だがしかし。


 隠された性癖というか、裏面的なヘンタイ痴女の部分は俺の手には余る。

 人間誰しもあるだろう。聖人君子が隠れて悪を行うのを楽しんでいたり、まごうかたなき悪の権化が人の好い部分を持っていたり。ニュースなどで、何でこんなに良い人が……って事もあるし、傍若無人な政治家が子煩悩だったりしたり。


 瑠璃が特別だという訳でもないのだろう。が、瑠璃は俺と敵対している悪の魔法少女ラピスであって、俺としては正義の変身ヒーローであることを隠して瑠璃先輩と付き合うという訳にもいかんだろう、と思ってしまう。いや、先輩が俺と付き合ってくれるかどうかは、わからないんだが。


 なんでそんなことを考えている、俺!

 沙夜に突っ込まれて脳内が混迷しているのを実感している。


「その、瑠璃先輩。どんな方でしょうか?」


 沙夜の真摯な瞳に打たれながら、俺はうーんと天井を仰いだ。

 どんな方と言われても、瑠璃先輩はラピスですとは答えられない。俺自身の中でまだ整理がついていない段階で、沙夜に告げるのは混乱に拍車をかける様で躊躇われる。


 ちらとクロぼうを見やった。ぺろぺろと肉球を濡らしながら顔洗いをしていて、俺と沙夜の会話を聞いているんだか聞いていないんだか、わからない。


 じっとした時間に耐え切れずに、「まあ、瑠璃先輩ともっと仲良くなったら沙夜にも紹介するよ」とお茶を濁してテーブルを立ち上がる。

 沙夜もそれ以上の拘りは見せずに、その場はお開きになった。

 いつもの様に一緒に家を出て学園に向かうのであった。

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