第16話 瑠璃とプールで対決! その1

 部室を出て、クロぼうに先導されて廊下を進む。


 ネコと一緒に廊下を歩いていて注目は浴びているのだが、言及してくる生徒はいない。

 俺が傍にいるからだろうか?

 あっネコだ! と声を上げる女子もいることはいるんだが、脇の俺を見て眉を顰めるか身をひそめる。


 予鈴が鳴って人が少なくなり、やがて本鈴が聞こえて誰もいなくなる。

 クロぼうはトコトコとネコの足取りで進み、連絡通路で体育棟に入る。


 周囲を見て誰もいない事を確認してから俺は『トランスフォーム!』。

 瞬時にホワイトのスーツに包まれる。

 ポケットに入っているアイマスクをかけて完成だ!


 頭が痛い!


「こっちだよ」


 クロぼうが勝手知ったるという調子で更衣室の前を過ぎ、体育棟の階段を上がってゆく。

こいつ、校舎の間取りを知っているのか?


 侮れない、というかスキがねぇ!

 そもそも何でこっちが『その予定されている対決の場所』だと知っているんだ?

 正体はどこからか電波でも受信している宇宙ネコかなにかなのか?


 不気味はんぱねぇ!


 横に並んでいるシャワールームを無視して到着。だだっ広い空間に出る。

屋根があって塩素臭のある湿気がむわっ。


 声を出している体育教師とスクール水着の短パンを履いた男子生徒達で賑わっている。

 横六レーンからなる二十五メートルの室内プールが、そこにあるのだった。


「待っていました、ホワイトスーツマクスさん!」


 男子の水泳授業の中、挑戦的な若い声が響き、思わず頭を抱えたくなった。

だが、と思い直す。給金がとても良いのだ。今までの修羅の様なバイト生活が幻の様だ。


 気を取り直してセリフが響いた方向を見やった。


 果たして、真っ白なエロレオタードに女王様ブーツ。手にはロンググローブをはめて目隠し姿。右手にはステッキを持ってこっちに突き出している。俺と彼女の仮面舞踏会。悪の魔法少女プリンセスラピスラズリ、略してラピスがそこに仁王立ちしているのだった。


 正体は先ほどまで部室にいた、深窓の上品お嬢様の様な高城瑠璃先輩。俺は知っているのだし、知っているから頭を抱えているのだ。


 周囲はスイムトランクス姿の男子高校生連中。ラピスもハイレグのワンピース水着みたいな衣装なのだが、当然周囲から浮いている。


 色っぽいというか、エロ過ぎるのが理由の一つ。

 顔隠しやブーツというオプションのせいで、コスプレ風俗女王様みたいにしか見えないのが理由の二つ目、だ。


 しかし男子生徒連中は、ラピスの周囲に群がるとか注目を浴びせるということがなかった。


 床に座って教師の指示を聞いていたり、おしゃべりをしながらプール淵を歩いたり、あるいは黙々とプールでターンを繰り返したりして。


 そりゃあ若く豊満な肢体で官能的でもあるラピスがいるのだから、ちらちらと構う目線はある。


 が、囲んでその視線で肉を食らい尽くすような思春期の男としての反応がない?

 水泳教師も無視の様子。

 何故だ?


 俺は初めてこいつと街中で対面した時には衝撃を受けたぞ。

 正直男として興奮したし、同時に目のやり場にも困って混乱した。

 と、ラピスが口を開く。


「今日は良い事があったから気分がいいです! 晴れ渡る真水の様な気分です! 今日こそ私の弁舌で仲間にしてくださいとお願いしてくるようになるでしょう。覚悟しなさい!」


 セリフと共にくるりとアイススケーターの様に華麗に一回転。

 こいつ、ノリノリだ。


 ところで晴れ渡る真水ってのはどんな気分なのか?

 わかるっちゃわかるんだが、意味は通じない。


 思わず半眼になる。


「いいことって何だ?」


 聞いてみた。まあ、答えの予想は着く。嬉しくないわけじゃないが、それをこの姿の先輩から聞かされると、うーんと呻いてしまう。


「貴方には関係ありません! 私の事を構ってくれる優しい殿方の話です。貴方も同じ殿方なら私の仲間になりなさい!」


 無茶苦茶な論理で平伏を要求してきた。

 その表情は笑みに溢れていて、ホントに気分がよさそうだ。


「お前を構ってくれる優しい男子がどっかにいたってことか?」


 わかりやすく砕いて言葉にすると、ラピスは頬が緩んで蕩けているような表情を浮かべる。


 仮面越しにもそれが解る。


「そう。努力は続けてみるものですね。私と彼は、出逢ってしまったのです」


 両手で頬を包んで、ほんわ~と、どこか別世界に想いを馳せている様子。


「想いをわかってもらえるのがこんなに嬉しいなんて知りませんでした。彼の為になら何でもしてあげられる気分です。男と女のあんなこととかこんなこととか。でも始めは清いお付き合いから始めましょう」


「想いがピンク色に変色してんじゃねーかっ!」


 裏面の性癖全開のラピスに突っ込まずにはいられねぇ。


「何ですか、失礼ですね! ちゃんとしたこの世の正義と悪の話です! 真面目な話です!」


「その正義と悪なんだが……」


 俺は一泊置いてから脳裏に引っかかっていた質問を投げかけた。


「ここ、学園の屋内プールだよな? こんな場所も悪の活動の範囲なのか? おまけに体育の授業中だ。お前、五時間目の授業はどうした?」


 さりげなくだが、ラピスが五時間目の授業を受ける前提が隠されている。

別にセリフで罠を仕掛けたわけではないのだが、もういちいち先輩用とラピス用で言葉を使い分けるのが面倒になってきてはいる。


「授業より悪の活動の方が重要に決まっているでしょう。私も組織に所属しているのだから、指令が来たらよっぽどの事がない限り断わりません」


 ラピスはトラップに見事に引っかかった。五時間目の授業をサボっていることを自ら暴露してしまったのだ。


 悪の組織に所属していて、変態的な活動を行ってはいるのだが、根は真面目で正直で素直な娘なのだ。


 俺の事を本質的に疑っていない。

 そこんところは好感は持てはする。

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