第15話 瑠璃と放課後の部活動 次の日
次の日の昼休み。
お昼を早めに済ませ、廊下を進んでひとけのない社会環境改善部の部室前にたどり着く。
がらりと、とくに躊躇もなく扉を開けて中に入る。すると、だだっ広い空間にポツンと置かれた机で、高城瑠璃先輩が独り弁当を口にしていた。
後ろ手で戸を閉めるのと、瑠璃がこちらを見るのが同時。瑠璃の顔には、信じられないものを見るといった驚きが広がっていた。
「少し遅れました。すいません。昼、食ってたんで」
どうという事もなく謝ると、瑠璃は返答をしてこない。箸を持ったまま、止まっている。
しばらくそのまま時が経ち……
「如月さん……どうして……」
言葉に詰まった様子。
なんと返答したものやらとは思ったが、特に隠すこともないので正直に返した。
「いや。昨日、この部の活動は理解したんですけど。特に面倒くさいとかそういうことはないし、何か一つは部活に入ってないとまた吉野先生に睨まれ続けるし、都合がいいかなって思って。美人の先輩もいることだし」
率直な答えだった。
最後の「美人の先輩」の後に「表部分はだが」と音にしないで付け加えた。
いや、真面目な話、嫌いじゃないんだ。この人自身に、特段、嫌気はない。
性癖全開で来られると、たじろぐというだけの事だ。
瑠璃の顔に、その心から洩れ出た様な柔らかな笑みが広がった。
「如月さんとは昨日でお別れで、もう来てくれることはないって思っていました。また独りに戻るだけで特に変わりはないと思おうとしていたんです。でも……」
瑠璃の目尻がさがって、瞳が少し潤みだす。
「寂しい気持ちはどうしようもなくて。その自分の心をどうしたらよいのかって……」
瑠璃が壮絶な微笑みを浮かべる。
俺はうわっとダメージを受けた。
直撃弾だ。
この人の正体を知らなかったら思わず抱きしめてしまっていたかもしれない。
「また来てくれたのは如月さんが初めてです」
瑠璃がまぶたを拭って唇をほころばせる。
すっげー好み。
でも変態痴女。
俺も実はヘンタイ正義のヒーロー。
俺、しっかりしろ!
「貴方は知らないかもしれないけれど、私、関わりのあった人達の間では変わり者の○○○○で有名なんです」
ふふっとちょっとだけ笑って、悪戯っぽく少し顔を傾ける。
いや、知ってますよ。貴女、○○○○ですからねー。そのとき、瑠璃の胸ポケットから、アニメソングの様な音が鳴りだす。ケータイの着信音っぽい。
瑠璃が手を入れてカーディガンの下のブラウスからスマホを取り出す。
細かい仕草一つ一つが、たおやかで上品だ。とても様になっている。
スマホにタッチしながら画面に目を走らせていた瑠璃だが、やがておもむろに顔を上げた。
「すみません。このあとに活動……用事が入りました。先に失礼します」
表情が華やいで、声音が弾んでいる。
「嬉しそうっすね、先輩」
俺が思ったままを口にすると、瑠璃は顔に手を当てて、そっと頬を染める。
「如月さんがこれから共に活動してくれるからです。楽しくなりそうです。ありがとうございます。こんなに男性に親切にされるのは慣れてなくて……」
うわっ。これだよ、これ。この上品な女性っぽさが強烈なパンチなんだよな。外見がいいからとても威力がある。
「用事、行った方がいいっすよ」
「はい! 頑張ってきます!」
たたたと、扉に向かって数歩進む。が、振り返ってきて、
「あの……」
ちょっと恥ずかしいと言うか、もじもじとした仕草で。
「今日の用事の事は秘密にしていてもらえますか。すいません。何を言っているかわからないとは思いますが。秘密の活動なので……」
「そうですかー。秘密の活動なんですかー。頑張ってくださいねー」
理由があってあまり励ましたくはない。
セリフが棒読みになってしまった。
「はい……。この活動の時のスマホの着信音は、新作大人の恋愛ゲームのOPに設定してます。如月さんとの、秘密になってしまいました」
今度は朗らかに微笑んだのち、
「行ってきます!」
心の曇りが晴れたように、明るい足取りで部屋を出て行ってしまった。
お弁当が途中だぞ、瑠璃先輩、いや、ラピス。
それとも、また戻ってくるのだろうからいいのか?
その俺の耳に、邪気のない言葉が飛び込んできた。
「出番だよっ!」
音の方を見やると、黒板前の机と椅子が山積みになっている所の影から、黒猫――クロぼうが、とこところ出てくる所だった。
こいつ、今の俺と瑠璃の話、聞いてやがったのか? 油断ならねぇ!
家にいるときは飼い猫風情で、こいつの為に開けてあるリビングのガラス戸の隙間からたまに出入りしているのを見かけるが、神出鬼没でこいつの活動範囲がわからねぇ。どうなってやがる。
「出番だヨ、正義の変身ヒーローホワイトスーツマスク!」
更に一声。とことこと足元にまで寄ってきた。
まん丸目玉の猫の口。悪意は感じられないが、俺はこいつを信じていない!
「分かってるけどな……」
ふーと、ため息をついた。
瑠璃が秘密の活動で部屋を出て行った。跡を追わなければならないのだろう。正直、頭が痛い。
これさえなければ、高城瑠璃は俺ごときに構ってくれる優しい先輩で、俺の人生平和なんだが。
だがこれがないと生活費が入らない。
「何と言うか……」
溜息と共にひとりごちる。
「なんて言ったらいいんだか……」
どうにもならんとは思いつつも、言葉にせずにはいられなかった。
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