第14話 瑠璃と放課後の部活動その2

「よろしくお願いいたします」


 校舎から出てくる生徒達に、タスキをかけてビラを配って回る。


「よろしくお願いします」


 俺も瑠璃を真似て、選挙活動よろしく、男子生徒に紙を差し出す。普通の女子生徒は、顔付きの悪い生徒ナンバーワンとして校内で有名な俺にはとても構ってはくれないのを知っているから、あまりイケていない陰キャの男子生徒狙いだ。


 陽キャ連中は瑠璃の外見に目を引かれる者もいる。が、訳の分からない部活名が印刷されているタスキと、細かい文字がびっしりと印刷されている活動家が配っているような広報紙にちらりと目をやって、ふーん、いつもながら残念な事やってるねとか言って去ってゆくだけだ。


 ひとしきり、全く成果の出ない紙配りを頑張ってみてからチラシを見てみる。



『この社会で私と共に正義を実現してみませんか?』



 タイトルの黒い太字がまず目に入った。ネット記事に慣れた目には珍しい、全文縦書きだ。



『皆さんはこの世界をどう思いますか? いきなりの質問ですみません。ですが、そう言った事を考える事はないでしょうか? 人は生まれながらにして平等ではありません。家族関係や家庭の裕福度など、その方に責任があるのでしょうか? その後も同様です。容姿や成績などに縛られ、意味のないヒエラルヒーの一員にはめ込まれてしまいます。こんなに酷い世界はありません。私が神様なら、この様な世界の形にはしません。でも私は神様ではありません。何の力もない、ただの思春期の少女に過ぎません。だから。だからこそ、私のできること、この『社会』を作り変えたい、そう決意して高校に入ったのを機に『活動』を始めました。正直、上手くはいっていません。ですが、私の努力は必ず実を結ぶと信じていつもの『活動』を行っています。いかがでしょうか? 皆さんもこの『社会』に疑問があるのならば、私と共に『活動』を初めて見ませんか? 皆さんにも、確かな力があるのです。

 この社会を変えるもの――悪――と呼ばれるかもしれません。でも、悪こそ、真の正義なのです』



 この文以降にも同様の主張が続いていたが、中身は同じような冗長な文章だった。


 ふう、と一息ついた。


 部室でこいつに出会って、社交辞令だが会話を交わして。

 この女の行動を今日初めて見て、何となくこいつが変態活動を始めたという切っ掛け、こいつの生い立ちの片鱗、こいつの心の奥底にある硝煙みたいなものが見えた気がした。


 俺はこいつの隠された一面を知っているからわかる事もある。しかし普通の生徒からしたら、外見はめちゃくちゃいいが頭はイカレタ残念美少女にしか見えないだろう。いくら見栄えがいいと言っても、ちょっと関わり合いたくない。


 どうしたもんかなと思惑しつつ、ふぅともう一息ついた。


「先輩、いつもこんなことやってるんすか?」


 誰も貰ってくれないチラシ紙を差し出し続けている瑠璃に声をかける。

 瑠璃が動きを止めて、顔を柔らかく緩めてくれた。


「ええ。こういうのもなんですが、私、割と有名ですよ」


 確かにそう思える。生徒たちの反応がそれを示していた。

 俺は正義の変身ヒーローに転職する前は、六時間目が終わるとバイト活動の為にダッシュで学園を後にしてきたので、瑠璃の活動と縁がなかったのだろう。


「始めは、結構な数の男子生徒さんが興味を持ってくれたんですが……」


 瑠璃の表情に影が落ちる。


「チラシの中身とか部活動とかにではなく、『私個人』に興味があったようで……」


 少し自嘲気味に俯く。


 なんと声をかけてよいかわからなかった。生徒たちの反応は理解できる。が、それを率直に言ってよいものかどうか迷った。


 俺も男子生徒にも女子生徒にも相手にされない高校生活を送ってきた。だから、こいつの猪突猛進な行動を馬鹿する気持ちはとても湧かなかった。


 むしろ部活ではあまり手助けは出来ないだろうが、悪の魔法少女の時の解放されたストレス発散に付き合ってやろうかとちょっとだけ思ったりもする。


 ちょっとだけ。ちょっとだけだがな。


 と、その瑠璃が顔を上げて、気を取り直したという抑揚で終了を告げてきた。


「今日はこれくらいにしておきましょう。如月さん、初めてですし」


 俺もそうですねと応じて、二人してまた校舎に入って廊下を進む。

 結局、瑠璃が用意したペーパーは、一枚も捌けずに初日の活動が終わってしまった。


 部室に戻ってきて、瑠璃に続いて中に入る。

 扉を閉めて顔を戻すと、瑠璃は俺の前に立ち止まって動きを止めていた。


 しばらく、じっとした間合いが続いた。

 俺の視界、目の前に瑠璃の後ろ姿が見える。

 長い、流れるような黒髪。


「如月さん」


 今までのにこやかさや明るさが嘘の様な細い声が聞こえた。


「嫌なら……もう、部活はやめていいんですよ」


 肩が少しだけ震えていた。


「今までも、試しに入ってくれた人は何人かはいます。でも……みんなすぐに辞めてしまいました……」


 瑠璃が心を絞っている様な、震え声で続けてくる。


「私は独りでも大丈夫です。いえ、独りじゃないと……弱くなってしまうから……」


 そこまで音にして押し黙る。

 俺は思っていた事を口にした。


「先輩は、なんでこんな活動、やってるんですか?」


 瑠璃は少しだけ間をおいてから答えを返してきた。


「如月さんはこの世界、どう思いますか?」


「どうって……。まあ、色々不満点を挙げれば数えきれないですけど、こんなもんじゃないんですか?」


「私はそうは思いません。人が他人と分かり合えない世界。どうにか変えたいです」


 忸怩たる思いを口にしてきた。


「ですが……」


 瑠璃が心の奥を吐露するように続ける。


「……私はずっと独りでした。小さいころから。分かってもらいたくて、でも分かってもらえなくて。だから多分本当は、私は世界とか社会とかじゃなくて、私自身を救ってあげたいだけなのかもしれません」


 瑠璃はそこで言葉を切った。


 俺は……今日一日この女に付き合って気付いた事があった。


 この女は、俺の捻くれた顔付きに対して一度も侮蔑とか嘲笑とか、あるいはそれを意識してはいけないという無言の素振りを見せた事がなかった。


 俺の事を一人の男子生徒、一人のきちんとした男性として扱ってくれている。

 クラスのカースト上位のギャル達みたいに、「うわ、顔キツっ。近寄らないで」とか言ったりしない。


 チラシを配っている相手を見ても、男女や外見の分け隔てなく丁寧な言葉と態度でお願いをしていた。

 その事に思い至って、思わず泣きそうになってしまっている俺がいるのも事実だった。


 部活を潰さない為。新入部員を入れる為の演技ではない。それは断言できる。

 俺は小さいときから大人に混じって色々なバイトや仕事を経験してきた結果、人様の思惑は何となくわかるように育ってしまった。

 他人の本音と建て前に、易々と騙される人生は送ってきていない。


 目の前で背を見せ、立ち尽くしている瑠璃。

 さてどうしたものやらと、今日三度目の溜息を音にしないで吐くのであった。

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