第13話 瑠璃(ラピス)と放課後の部活動その1
昼休みは挨拶程度の会話で終わって。
五時間目と六時間目の授業を終えて放課後になった。
このまま下駄箱に直行してそのまま帰宅。瑠璃のいる部活動とやらをすっぽかそうかとも考えたが、吉野先生が俺の様子を見に教室にまで現れたので諦めた。
やむなく気乗りしない足取りで校舎隅の部室にまで進む。
ちょっと部屋前で立ち止まり、深く一呼吸して心を整えてから扉を開く。
空き教室の真ん中にある机に座っている悪の魔法少女、高城瑠璃がいるのだった。
波打ちそうになる心を無理やり抑えつけて接近する。
瑠璃が座っている椅子の前で平静を装って声をかけた。
「先輩、早いすね。俺、六時間目の授業が終わってからすぐに来たんですが」
逃げようとしたら吉野先生に睨まれたという事は言わなかった。言う必要がない。何食わぬ顔をして、このヘンタイ痴女の猫かぶり女に合わせていればいいのだ。
「六時間目は休講だったので先に来て本を読んでました」
こいつのクラスは三年三組。昼休みの挨拶で紹介された。確かに、三年の女子生徒がする白の蝶ネクタイを付けている。ちなみに二年の男子生徒の俺は青のロングネクタイ。一年は赤だ。
上品に椅子に収まっている瑠璃が俺に向けて顔を上げる。
手には色気のない文庫本を持っていた。
ちらと見やるとページに文字がびっしり埋まっている。
イラストがあるような本には見えない。
「何読んでるんすか?」
特に興味はなかったが、会話の流れで聞いてみる。ちなみに俺は文字媒体は不得意分野だ。ケータイでバイトの求人サイトやスーパーたからやのセール情報を漁るのが精いっぱい。あとはネット記事、まとめサイト等。
瑠璃が深窓の令嬢の笑みで返してきた。
「これは蟹工船。小林多喜二の名作です。一文一文、心が洗われます」
「カニ……なんすか? グルメ小説?」
瑠璃は俺の質問には答えずに、ふふっと柔和に笑う。
思わずその微笑みに、ドキッとしてしまった。こいつの正体を知らなかったらそのまま惚れてしまっていたかもしれない。
同じ年頃の異性的な接触が極端に少ない俺。それに対して清楚なお嬢様然とした、それでいて俺を包んでくれそうな母性的な包容力をも感じさせる優し気な応対。
言いたかないが、同じ思春期の女生徒と交流して優しくされたことなど一度もない。悪の魔法少女ラピスとの接触はどうだってか? あれはラピスの鬱屈した性癖対象としてストレス発散のペットになっているだけで、心の交わりとは言いかねる。断固として拒否する!
ラピスが色っぽいエロ美少女だからそれほど苦痛なく相手を出来ているだけで、いわば金をもらって奉仕している女性向けの風俗、ホストクラブみたいなものだ。いや、俺、イケメンでも何でもないが。ラピスに対する援助交際。おクスリ代みたいなものだ。
沙夜との交流があるではないかって? 沙夜は妹だ。とてもよく出来た俺にはもったいなさすぎる女性だが、そういう対象としてはみていない。またド真面目な説教を食らうか、ドン引きされるかだから沙夜には言った事はないが、母親代わりに近い感覚。
俺は健全な異性との交遊を要求する!
その健全な女生徒の交流が今目の前にあった。
この女がヘンタイ痴女だと知っていなかったらイチコロだったかもしれない。危ない危ない。気を付けないと、するりと心の隙間から入り込まれて『瑠璃色』に染められてしまいかねないと気を引き締める。
こいつの外見に惑わされてはダメなのだ。こいつの柔和で優しい抱擁に包み込まれてはダメなのだ。こいつの隠された心の奥底には、年頃の少女とも思えないハレンチな格好で男を嬲って興奮している悪の魔法少女ラピスラズリが潜んでいるのだ。
思っていると、眼前の瑠璃が本を置いて真っ直ぐに立ち上がる。
机の中からタスキ二つとペーパーの束を取り出した。
「部活動の時間です。如月さんは初めての活動なので『軽いもの』から一緒にお願いしたいと思います」
俺を労わってくれるまなこと共に、温和な旋律を奏でる。
「部活動……。社会環境改善部……でしたよね。校内のゴミ拾いでもするんすか?」
特に考えもなく聞いてみた。
「ゴミ拾いではありませんが、一緒に社会をよりよくしようと努力してくれる仲間を集う……活動でしょうか?」
顎に右手の人差し指を当てて、少し考える様子。小首を傾げる仕草がお嬢様にしてはちょっと子供っぽくて微笑ましい。
いかんいかんとかぶりを振る。こいつに洗脳されてはいけないのだ。確かに表向きは上品で清楚で人に対して思いやりのある美少女だが、隠されたドロドロの裏面があるのだ。
俺はそれを知っている!
と、瑠璃は自分の肩にタスキをかけ、残りの一つを俺に渡す。
選挙の候補者が掛けている様な布切れ。社会環境改善部と大々的に印刷されている。
特に躊躇することもなく俺も布を身に着けた。正義の変身ヒーローとして大衆の面前でラピスとの変態活動を繰り広げているので、この程度ではもはや何も感じない。
そのまま瑠璃と二人で紙のチラシ束を持って、廊下から昇降口に向かった。
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