第11話 学園でラピスと遭遇
昼休みになった。チャイムと同時に静かだった教室がいきなり騒がしくなる。食堂の日替わり定食目当てに駆け出す男子たち。あとは女生徒達が机に集まってお弁当を開き始める。
俺も沙夜に作ってもらった弁当箱を取り出そうとすると、教室の前方から「如月」という声が響く。
見ると、入口から吉野先生がこちらを睨んでいた。
忘れてた……
沙夜の美味しいお弁当は諦めて机を立つ。誰も注目していない中、教室の扉にたどり着き、吉野先生と共にクラスを後にした。
「用事ってなんすか?」
吉野先生に先導されて、そのまっすぐな背を見ながら聞いてみた。
吉野先生は、黒いポニーテールを揺らしながら、前から声だけを向けてくる。
「如月。お前、部活はいっていなかったよな。この学園では生徒は何か一つは部活に入らなくちゃいけないのはわかっているよな」
「はあ……」
気のない返事をする。
「部活。部活ですか……」
唐突な単語。でも予想していなかったわけじゃない。以前から、バイトが忙しくて部活に入る暇がないという言い訳を繰り返してきたのだが、事あるごとに学生の本分だからと吉野先生には強烈なお勧めを頂いてはいたのだ。
現在、正義の変身ヒーローに転職して、他のバイトは全て辞めてしまったので、正直、部活を行うくらいの時間の余裕はある。
そんな俺の心を知ってか知らずか、吉野先生は俺をぐいぐい引っ張る様に廊下を進んでゆく。
賑やかな昼休みの廊下にもかかわらず段々と人気がなくなり、校舎の二階の隅の、今は使われていなかったはずの一室にたどり着いた。
「ここだ」
吉野先生が振り返って短く告げる。
「ここすか……?」
建てられてまだ間もない新しい校舎の端に佇む、音のしない部屋。扉上のネームプレートには何も書いてなくて、何の部屋だかわからない。が、ずっと使用されていない予備の教室で、間取りは俺の二年二組と同じだったはずだ……思いながら吉野先生を見る。
目線で行動を促してきた。
やむを得ず、横開きの扉に手をかける。誰もいそうにない。この人気のない一室で、吉野先生は俺に説教を食らわせようというのだろうか? それは御勘弁願いたいと思いながら、戸をそのままスライドさせて開く。中の様子が視界に飛び込んできた。
真正面に、グラウンドが見渡せるだろう窓の列。
全部開け放たれている。
右手の黒板の前に、机と椅子がうず高く積まれて崩れそうになっている。
室内はだだっ広くて、何もない――と思いきや、その中心にいつも俺達生徒が使っている勉強机と椅子が一組だけあって、そこに黒髪ロングの女生徒が一人座っていた。
窓方向に面持ちを向けていて、更には逆光でいまいちよく見えない。が真っ直ぐな背筋、そのシルエットがとても綺麗なのが第一印象だった。
知らない少女。知らないと思った。当たり前だ。この学園に、俺の知り合いの女生徒は中等部の沙夜しかいない。そう思いながら目を凝らしてみると、手に箸を持ってテーブルの上のお弁当を食べているのがわかった。
ちょっと、いや、かなり驚いた。誰もいない空き教室で、生徒想いだが色々と強気な吉野先生に、これからめんどくさい指導を受けなければならないのだろうと想像していたからだ。「持ち帰りのバイト仕事がある」とか「妹に用事がある(沙夜、出しに使ってごめん!)」などの言い訳を脳内で用意していたのだ。
それが目の前、空き教室であろう場所で、知らない女生徒が独りお昼を食べている。
想像もしていなかった光景だった。
だんだんと目が慣れてくる。
彩雲学園高等部の制服である、ブラウンのカーディガンにミニスカート。綺麗に着こなしている。滑らかなラインの足をまっすぐにそろえているのが、とても女性らしい。長い黒髪が、窓からのそよ風に優し気になびいている。この春の季節に合わせてだろう。ブレザーは羽織っていない。生徒? もちろんそうだろう。そういう格好だ。
――と、
「高城瑠璃(たかしろるり)。前から頼まれていた新入部員だ。私も顧問らしいことをしなくてはいけないと思ってな」
ちょっと見惚れていた俺の脳裏に、吉野先生の低めの音が響き渡った。声に反応してびくっと俺の身体が震える。それから『新入部員』という言葉に、ハテナが浮かぶ。
前方の少女も反応していた。こちらに気付いた様子で箸を置き、上品な仕草で席を立つ。そのままこちらに進んできて、
「先生。その男子生徒さんが入部予定者さんですか?」
俺の目の前に立った。
視界にはっきりとその少女、高城瑠璃と呼ばれた女生徒の姿が映る。
その瞬間、思考が止まった。
真っ白。
目の前の姿が理解できない。
いや、わかるのだがわかりたくない、という思索に脳が支配されていた。
「初めまして。高城瑠璃です。よろしくお願いいたします」
美麗で落ち着いた旋律。
『対峙』の時の高揚した声音ではなかったが、よく知っている響き。
あまりに予想外すぎて最初は気付かなかったが、馴染みがあるのは当たり前だ。
俺が色々とあんなこともこんなことも一緒にしてしまった腐れ縁のヘンタイ痴女――『悪の魔法少女プリンセスラピスラズリ』――が、素顔で清楚な笑みを広げていたのだ!
俺の眼前に立って!!
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