第2章 俺、学園で美少女と遭遇する
第10話 遭遇前端
翌朝。
ゆっくりとベッドから起きて、自室を一瞥。勉強机に木製の椅子。テーブルにタンスとクローゼットがある飾り気のない部屋。派手さはないが小奇麗にしている、木目が目立つ茶色い自室だ。
ちなみにこのベッド等の家具は、遥か昔にリサイクルショップで買ってきたものを丁寧に使っている。
クロぼうにスカウトされる前は、朝日が昇る前に新聞配達のバイトもしていたのだが、正義の変身ヒーローの給金が『とても』よいので、今では他のバイトはやめている。まあ、往来で変態的な格好で、どこぞの訳の分からん痴女の相手をすることを考えれば、妥当な報酬だとも言えるだろう。
伸びをしながら部屋を出て階下に降りて洗面する。隣では沙夜がシャワーを浴びている。家計は決してゆとりがあるという訳ではない。が沙夜との相談で、身の回りの事を無理に制限するのは我が家ではタブーとなっている。
精神にゆとりがある事は大切なのだ。
その代わりと言ってはなんだが、不要な贅沢、例えばお洒落な洋服を買う事などは兄妹共々かなり控えている。
その後、二人共パジャマ姿で対面に座り、ダイニングキッチンでの朝食が始まる。ちなみにクロぼうもテーブルの上で同じ食事をすることを許されている。
食パンにハムエッグに野菜サラダとコーヒー付き。沙夜は安価な素材で、美味しくバランスのいい食事をいつも作ってくれる。
感謝して『いただきます』。
昨日の出来事、沙夜にバイトの正体がバレたことが嘘みたいな、平穏と安寧に満ちた朝のごはん。美味しくてお腹が膨れる。対面の沙夜の、清楚でそれでいて女性らしい仕草に、心も満たされる。
クロぼうも合わせて、『ごちそうさま』。
沙夜が台所で洗い物をしている間に、自室に戻って制服に着替える。市立彩雲学園。この街の丘の上にあるごく平凡な偏差値の、市立には珍しい中高一貫の共学校だ。取り立てて特徴はない。
俺が通っているのは高等部。沙夜が通っているのは中等部。
高等部の制服である、茶色のブレザーにスラックスを身に着ける。ちなみにこれはネットの中古販売で買ったもので、正規の新品ではない。沙夜が着ている青のブレザーにミニスカートも、ネットオークションだ。
家のルールで、外出で正装が必要なときはこの制服という事になっている。こういうところでは、沙夜は贅沢を認めようとはしない。心のリラックス、余裕に寄与しない贅沢品には厳しいのだ。
よし、と身支度を終えて階段を降りる。すると一足先に制服に身を包んだ沙夜が、玄関で待っていた。
改めて見る。
黒髪セミロングがとてもよく似合った、清楚系美少女。目鼻立ちは派手ではないのだが、作りはとても丁寧だと思う。今時のギャルの逆を行く、汚れていない少女。まだ成長途中の体格で、女性というより中学生らしい少女。それが初々しくもある。いつもの青のブレザーに同色のミニスカート。真っ白なミニソックスがよく似合っているが、沙夜ならば大人し目のセーラー服の方が似合うかもしれない。
成績は抜群で運動もできる。クラスでも人気があるがそれを鼻にかけない。我が妹ながら見惚れてしまいそうだ。
俺と似なかったのが幸いだったか……と思った所でかぶりを振る。以前、沙夜にそう言ったら、とても真面目に叱られたのを思い出したからだ。
沙夜が床に置いてあった鞄を持って、二人して『行ってきます』と玄関を出た。ちなみに、一緒に『いただきます』や『ごちそうさま』をするのと同様に、『いってきます』も約束事みたいになってしまっている。
春の朝は温かかった。港南市は大都市周辺のベッドタウンで、山林を切り開いて作られたニュータウンだ。だから沙夜と俺が通っている彩雲学園も丘の上に作られてまだ新しく、あちらこちらに緑が豊富でもある。
住宅地区を抜けて国道沿いに道を進む。港南中央公園からの薫風に身体が洗われる。沙夜と二人での毎日の登校。沙夜は昨日の出来事の事をおくびにも出さない。以前と変わりない今日のこの日。
昨晩は、根掘り葉掘り聞かれたのだが、沙夜は一度納得するとそれを引きずることをしない性格だ。ねちねちとそれをほじくり返したりはしない。我が妹ながら中身も素晴らしい。
丘の上に続くスロープに差し掛かる。
茶色や青のブレザー姿が多くなってくる。
校門にたどり着く。この港南市に出来たばかりの、比較的緩い校風の共学校。新しい街である港南市の市風を反映しているのかもしれない。偏差値は平均的。取り立てて言う事もないごく平均的な鉄筋コンクリート校舎に入る。下駄箱で上履きに履き替える。
沙夜は中等部の建物へ。俺はそのまま二階の二年二組の教室へ。
二人して『それじゃあまた』と、いつも通りに別れた。
◇◇◇◇◇◇
二階にある自分の教室に、後ろの扉から入る。
まだ予鈴まで時間はあるが、教室は半分ほど生徒で埋まっている。三々五々、グループを作って立ち話や、提出前の宿題の書き写し。
俺は教室内を一瞥して最後方窓際の自分の席に座る。ちなみに俺に挨拶をしてくる生徒は誰もいない。
クラス内では、一目でイケているという感じの女子のカースト上位グループが、最近学園で流行りのアクセサリーとか、中央駅南口繁華街に出来たばかりのカフェの話で盛り上がっている。
当然俺には関係ない。
お洒落な贅沢など生まれてこのかた縁がないし、俺みたいなひねた顔付きの男にちょっかいをかけてくる年頃の女生徒がいるわけない。
別の場所で、男性の下位カーストグループが、新しいソシャゲについて議論を交わしている。
こちらも俺には関係ない。
ゲームは別に嫌いではないのだが、それに時間を割くならば何かやって生活費を稼ぎたいと思うのが習性になってしまっている。小さい頃からバイトに明け暮れて生活してきた俺とは話が合わない。
俺はスマホを取り出した。スーパーたからやのホームページを物色していると、キンコンカンコンと予鈴がなった。
生徒達が着席するのを見計らった様に、教室前方の扉からスーツ姿の女性、このクラスの担任教師の吉野先生が入ってくる。古文教師。二十八才独身。大人っぽいポニーテールの、やり手ビジネスウーマン風。強気の面立ちで、生徒に対しても堂々とした態度。その男性に媚びない姿勢が恋人のいない(という噂)理由なのではないかとも思うのだが、生徒想いの人望の厚い女性であった。
出欠をとり、連絡事項の確認。と、
「如月」
いきなり吉野先生の強めの声音で名前を呼ばれて驚く。驚いているのは俺一人で教室は静かなものだが。
「用事がある。昼休み、ちょっと付き合え」
言い終わると、俺の反応も確認しないで教室を出てゆく。入れ替わりに一時間目の英語の老教諭が入ってきて、授業を始めた。
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