第5話 俺と沙夜ちゃんとクロぼうで夕食

 その晩。


 俺は自宅一軒家のダイニングキッチンで沙夜との夕食をとっていた。


 ごはんにみそ汁。厚揚げと小松菜の煮物。豆腐ハンバーグ和風あんかけ風。

 どうにも肉が不足してしまいがちになるが、そこは植物タンパクが豊富ということで。

 沙夜は小さいときから家の家事を引き受けてくれていて、作ってくれる食事もとても美味しくて申し分ない。豪華なメニューではないが、充分満足の行く食卓である。


 この沙夜と対面しての二人での食事時に、一日の出来事を報告し合うのが俺たち兄妹の日課になっていた。


 だが、数日前からはちょっとだけ様子が違っている。

 テーブルの上にクロぼうがちょこんと乗っかり、小皿にとりわけた食事に口を付けているのだ。

 最初は台の下の床にクロぼうの食事を用意したのだが、クロぼうが勝手にテーブルに上がってきたのだった。


 俺は無言で非難の視線を送ったが沙夜が何も注意しないので、今の様な状況になっている。

 クロぼう曰く、「僕はグルメなんだ。僕も一緒に食事をして懇親を図るよ」、ということらしい。

 俺が厚揚げに手を伸ばして一つまみ。口に入れるとこぶだしの煮汁が広がる。


「沙夜ちゃん」


俺は言葉を脳内で選びながら音にする。


「バイト……ちょっと変えてみたんだ。割りのいい仕事だから、沙夜ちゃんにも新しい服とか買ってあげられると思うぞ」


 目の前の沙夜の反応を伺う。

 沙夜は食事中の口を止め、目の前に箸を置いた。


「アルバイト、変えたんですか。どんなアルバイト……ですか?」


 探るというでもなく、注意すると言うでもなく、普通に問いかける調子で聞いてくる。


「いや、どんなというか……」


 俺ははっきりと答えられずにお茶を濁す。当たり前だ。正義の変身ヒーローなどと言ったら、気が触れたと思われかねない。沙夜は、あの往来での悪の魔法少女との対決を見たらどういう反応をするだろうか。怒るだろうか。嘆くだろうか。まあとりあえず、呆気には取られるだろうけれど、沙夜に俺の精神の心配はさせたくはない。


「割りがいいと言われると……気になります」


 沙夜が少しだけ表情を真面目なものに変える。


「お兄ちゃんの事だから、道を踏み外すことはないと信じていますが……」


 沙夜は小さい頃から瞳で物を言う少女で、その沙夜のまっすぐな視線が目に痛い。


「お兄ちゃんは苦労が続いているので、ちょっとだけ心配にもなります」


 沙夜が真剣な調子で続けてくる。


「何か疲れとかストレスとかあったら、私に何でも相談してください。お兄ちゃんのその苦労、少しでも分けて欲しいって思います」


 とそのとき、不意にクロぼうが、


「もんだいにゃーい」


 日本語交じりの猫鳴きをした。

 とっさに俺は睨みつけるが、まん丸目玉でどこ吹く風。


 沙夜がクロぼうを見る。

 じっと見る。

 看破する様に見つめる。


「この猫さん……クロぼうさんでしたっけ? 何か普通の猫さんと違うと思います」


 沙夜は頭も抜群にいいが、直感も鋭い。

 妹だからと言って、全く侮れない。


「そ、そうか? どこにでもいる、普通の雑種だと思うが。ただのノラ猫だぞ、こいつ」


 俺が慌てて誤魔化そうとする。が、沙夜が見つめる目はまっすぐで、全てを見透かすようだ。


「クロぼうさん、何か……隠している気配を感じます。何か隠していませんか、クロぼうさん?」


 ふっと、クロぼうは目を反らした。


「まあ、構いません。お兄ちゃんを変な事に巻き込まないでくださいね、猫さん」


 沙夜はそう言うと、再び途中だった食事に取りかかった。





 食事が終わり、沙夜は台所の洗い物の為に引っ込んでいた。

 俺がテーブルの上に給仕された玄米茶でのどを潤していると、


「ちょっと、あの娘は苦手だよ」


 クロぼうが手で顔を洗いながら小声を向けてきた。


「僕の怖い上司みたいで、なんだかみんなお見通しって感じで。今のうちに対策をねっておかなくちゃって」


 俺はジト目を返す。


「沙夜ちゃんに手を出したら……」


 クロぼうは、うんうんと頷き、


「わかってるって。三味線はいやだからね」


 何も問題ないと言わんばかりに口元を丸めた。

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