第1章 俺、クロぼうにスカウトされる

第2話 クロぼうにスカウトされる

 俺、如月清一郎は日々バイトに明け暮れる、取り立ててどうという事もない十七才の高校生だ。特徴という特徴もないが、強いて言えば顔付きがひねくれていて、あまり人相が良くない。ぶっちゃけ目つきが悪い。小さい頃から金銭に苦労してきたからだとは自覚しているが、自分ではこればかりはどうしようもない。バイト三昧で付き合いが極めて悪いため同学年の男子生徒は相手にしてくれないし、目つき顔つきのせいで会話を交わす女生徒もいない。


 ぼっち。孤独。あるいは孤高。でも構わない。気にしていない。妹の沙夜が俺の事を大切に思ってくれている事は知っているし、誰にも束縛されない自由を割と楽しんでいる俺がいることを知っているからだ。


 今日は、スーパーたからやの月一特売セールから帰宅途中だった。両手にレジ袋を吊り下げて、たからやのある港南中央駅南口商店街から中央通路を抜け、国道沿いに進んで中央公園に入り込む。


 昼下がり。新緑の五月の季節。野球場程もある大規模公園内で萌える様な緑の木々に包まれる。薫風が鼻孔の奥をくすぐる。心地よい。スーパーでのおばさん連中との闘いの疲れを癒してくれる。


 ――と。


「おめでとう! 君は変身ヒーローに選ばれたよ!」


 いきなり耳に高調した声が飛び込んできた。

 驚く。

 周囲に人の気配はなかったのだが、前後左右を見回して、改めて誰もいないことを確認する。


 もともと俺は不愛想な顔つきをしているので、人に構われる事が殆どない。街中で声をかけられた経験とか記憶にない。ビラ配りのお姉さんにも避けられるレベルだ。

 だから聞こえた呼びかけの音も空耳だと判断する。


(気のせいだな)


 そのまま歩みを再開しようとすると、


「ここだよ、ここ」


 再び声が聞こえて改めてその音の方向を見る。

 歩道脇のベンチの上に、まん丸目玉の黒ネコがいた。四本の脚を揃えて、人畜無害そうな顔をこちらに向けている。

 俺はふぅとため息をついた。


「ネコがしゃべっている気がした。疲れているのか……。バイト減らさなくちゃダメか……」


 つぶやくと、


「僕はクロぼう。正義のマスコットだよ」


 ネコは邪気のない面持ちと共に、自己紹介を俺に向けてきた。

 絶句する。


「流石にこれは重症だ……な。幻聴が聞こえ続ける」


 俺はかぶりを振って大きく吐息した。バイトを休んで病院に行かなくてはならないのだろうか。家計がさらに厳しくなる。それよりなにより妹の沙夜が心配するだろう。沙夜には心配をかけたくない。どうしたものか……考えを巡らせていると、


「心配いらないよ! 幻覚でも幻聴でもないから! それより正義の変身ヒーローだよ! もの凄いラッキーだよ! 喜んで飛び跳ねていいんだよ!」


 俺の脳内を看破した様なセリフが聞こえ続ける。

 俺はそのクロぼうと名乗ったネコにジト目を送った。


「幻覚だとは思うが、一応聞いておく。変身ヒーローってなんだ?」


 クロぼうは無害そうな表情を変えることもない。


「変身ヒーローは、ヒーロー協会に所属する嘱託員だよ。悪の組織の悪の魔法少女と対峙して、正義のテリトリーを獲得するのが役目なんだ。この世の中に正義を広める大切な仕事だよ」


「テリトリーを獲得する……?」


「そうだよ。各地区には正義の変身ヒーローと悪の魔法少女が一人ずつ配置されているんだ。互いに対決して、相手を腕力等で降参させるか篭絡なんかで仲間に引き入れるかして、自勢力を拡大するんだ。いわば二つの超大国同士の勢力争いみたいなものなんだ」


 ジト目を更に細めて睨みつける。


「俺がその変身ヒーローになって、悪の魔法少女とこの地区の取り合いをするのか? 悪の組織とかが何なのかわからないが、そういうのは警察とかに任せればいいんじゃないのか?」


「悪の魔法少女と対決するのは、正義の変身ヒーローっていう『おきまり』なんだ。『上』も承知しているから警察とか出番はないよ。どう。ホワイトスーツマスクに変身して、正義を広めてみないかい?」


「ホワイトスーツマスク……?」


「僕が担当している変身ヒーローだよ! 全身ホワイトのスーツ姿で、その素顔はアイマスクに隠されているんだ。どう。物凄くカッコいいよ!」

「変態の真似事をするつもりはない!」


 ぴしゃりと言い放つ。幻覚と会話を続けているがヤバすぎる感じだ。

 するとクロぼうはどこからかシルバーの指輪を取り出して、俺の視線の先にかざす。その肉球の手でどうやってリングを持っているのかが正直わからない。


「変身リングだよ。これを左手の薬指にはめて『トランスフォーム』と叫ぶんだ」


 俺は、胡散臭そうな、でもシンプルで綺麗な指輪を手に取った。

 じろじろと見やってから、


「まあ、お前の話はわかった。変身ヒーローとか悪の魔法少女とか、テレビとかネット動画とかでよくあるやつだと思えば違和感もない。お前は幻覚かもしれないが、ここまではっきりと会話できてるんだから、ドッキリか何かかもしれないとは思い始めている」


「ドッキリじゃないよ。現実だよ。試しにその指輪をはめて唱えてみるといいよ」


 俺はむぅと唸ってから、取り合えず確認の為、指輪をはめる。


『トランスフォーム!』


 唱えると、周囲が瞬間まばゆい光に包まれ、驚く間もなく光が治まる。


「自分の格好を見てごらんよ。あと、ポケット」


 クロぼうの言葉に促されて自分の身体を見やる。

 真っ白なスーツを身に纏い、ポケットには同色のアイマスク。見事に『ホワイトスーツマスク』の出来上がりだった。


「まじ……かよ……」


 一瞬思考が停止して、それからゆっくりと動き出す。

 周囲を確認すると、女子高生の二人連れが向こうから歩いてきたので、流石に物凄く躊躇したが思い切って聞いてみた。


「すいません。俺、どんな格好をしてますか?」


 JK二人組は一瞬怪訝そうな顔をしてから、一人がクスクスと笑って反応を返してきた。


「ナンパはお断りですよ。白いスーツのカッコいいお兄さん」


「ちょっと。相手すんのやめなよ。顔付きワルいよ、こいつ。オカシイって」


 俺がまるで汚物であるかのごとく避ける仕草。それ以上俺の事を構う様子もなく、二人は去って行ってしまった。


「まじ……かよ……」


 俺は繰り返す。


「この指輪、返すわ。お前との会話もなかったことにする。変身ヒーローになって悪の魔法少女と対決とか、正気の沙汰じゃないわ」


 指輪を抜いてクロぼうに返そうとする。が、指にはまったリングはうんともすんとも動かない。


「賃金、でるよ」


 クロぼうのセリフが、俺の心臓を鷲掴みにしてきた。

 動きが止まるのが自分でもわかった。


「……どのくらい、だ?」


 試しに聞いてみる。聞いてみるだけなら引き返すことも出来るだろうと言う考えもある。

クロぼうは、どこから取り出したのか電卓叩いてから。


「これくらい」


 数字を俺に見せる。

 衝撃を受けた。

いつの間にか口内に溜まっていた唾液をごくりと飲み干す。


「危険はないよ。『正義の変身ヒーロー』とか『悪の魔法少女』とか言っても、切った張ったの殺し合いなんてほとんどないよ。『赤組』『白組』みたいなものなんだ」


 クロぼうが俺の心の動揺を知ってか知らずか畳みかけてくる。


「大昔の『悪の組織』は、『悪の女王』がスカウトした『悪の魔法少女』たちによる秘密結社だったんだ。世界を裏から掌握しようとしてて、対抗していた『ヒーロー協会』がそれの阻止を目指していたんだけど、いつの間にか目的はどうでもいい『陣取り合戦』になってしまってね。今となっては『悪の組織』も『ヒーロー協会』も『看板倒れ』の感もあるよね。魔法少女との対決も命のやりとりまでするわけじゃないから大丈夫。いわばプロレスごっこの勢力争いだよ」


 そのクロぼうのセリフが俺の思考を後押しする。

(これだけあれば火の車の家計が……沙夜にも綺麗な服を買ってあげられて……)

 脳内で計算を巡らし――チーン! と、結論の鐘が鳴る。


「俺、やるわ」


 その俺の短いセリフにクロぼうが口端を吊り上げた。


「そう来なくっちゃ。契約完了。よかったよ。それっぽい人に手あたり次第声をかけてたんだけど、みんな無視するんだ。まともに相手してくれたのは君だけだよ。人間、外見じゃないんだってのが僕の信念なんだ」


「俺ってそんなに外見が……」


 思わずちょっと鬱になった。


「実を言うと、指輪の返品は受け付けできないんだ。外れないでしょ。あと契約は『最後』まで守ってね。悪の魔法少女に降参してテリトリーを取られたり、一般人に正体がバレたりしたら、ヒーロー協会から懲罰が下るから注意してね。逃げても地の果てまで追手を差し向けて社会的に抹殺するから。変身ヒーローの秘密は守らなくちゃいけないんだ」


「そう言う事は先に言ってくれ! この姿のままでいなくちゃならないんじゃないだろうな?」


「『リリース』と唱えてみて」


 クロぼうの言う通り声に出してみると、身を覆っていたスーツは解ける様にして元の服装に戻った。


「大丈夫! 僕はひっそりと君の傍にいて、君をサポートするよ! 君が悪の魔法少女に勝って正義がこの地区を掌握するまで! 付きっ切りでね!」


 僕がついているから大丈夫という顔付きのクロぼう。

 俺はクロぼうとの最初の遭遇をこなしたのだった。

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