悪の魔法少女が変身ヒーローの俺を熱く勧誘してくる

月白由紀人

プロローグ

第1話 プロローグ

「貴方が新しい変身ヒーローですね。私の敵!」


「そうだ! ホワイトスーツマスクだ! 悪の魔法少女よ!」


 夜の繁華街。大都市のベッドタウンとして栄える港南市の、中央駅南口に広がる商業地区。その車道のど真ん中で、俺、如月清一郎(きさらぎせいいちろう)十七才は『悪の魔法少女』と対峙していた。


「今度スカウトされて変身ヒーローをバイトでやることになった。この街の平穏は俺が守る!」


「私はプリンセスラピスラズリです! 悪の魔法少女としてこの街で悪を喧伝中です!」


 凛とした張りのある声が返ってきた。


 長いサラサラロングの黒髪に白い水着の様のレオタード。同じく白のブーツに白いグローブという全身白色のステッキ姿。顔はSM女王様が付けている様なアイマスクに隠されて見えないが、自分と同じくらいの年齢に思える。高校生程度だろうか?


 レオタードに押さえつけられている柔らかそうな双丘から、腰回り、臀部のライン。そこからすらりと伸びている生脚がバランスよく綺麗で、なおかつ出るとこは出て引っ込む所は引っ込んでいるというエロティックな身体。


 普通の服を身に着けていれば、見目の良い美少女(たぶん)で通るのだろう。


 ――が。


 恰好が恰好だけに、コスプレ少女かあるいはコスキャバとかイメクラとか。怪しいその手系のお水商売のオプション衣装を着た少女にしか見えない。いや別にそういうところに行ったことはもちろんないし、当然詳しくもないんだが。


 街中の往来での身なりとしては法令違反だろう。

 違反だろうが、なんというか俺も人並みに思春期の男なので、その少女の外見には惹かれるものを禁じ得ない。


 周囲は新緑の街路樹が夜の照明に映え、悪の魔法少女を彩っている。


 外野の喧騒。

 帰宅途中のサラリーマンやOL、はたまたストロングゼロやらワンカップ大関をもったおっちゃんが、「いいぞもっとやれー」とか「ねえちゃん、ぬげー」とか騒いでる。


 ちなみに俺。

 ホワイトのスーツを上下に身に着け、顔はこれまたアイマスクで隠している。正体をばらさないためだ。


「悪の魔法少女、ラピスラズリ!」


「なんですか!」


「取り合えず頭に浮かんだ言葉をお前に送ろう。そんなエロい格好して恥ずかしくないのか? 年頃の少女だろう、お前? 俺も似たり寄ったりだが、この格好で群衆に囲まれているのは正直正気を保つのが難しいぞ」


「私、見られるのは問題ありません。普段は普通に振舞っているんですけど、この格好をして殿方の視線を浴びるのは……」


「浴びるのは?」


 少女は頬に手を当て少し恥ずかしいという様子を見せてから言い切ってきた。


「興奮します!」


 ドン引きだった。


「いきなりカミングアウトしてきた敵に俺はどうすればいいんだ。ちょっと混乱してきた」


 うーんと自分と敵対している相手が変態だという事実に呻いていると、


「ホワイトスーツマスクさん!」


 こんどは少女から呼びかけてきた。


「なんだ! ラピスラズリ!」


 言葉を返す。


「私は戦闘が苦手です!」


 少女がいきなりノタマワってきて思わずずっこける。


「いや、俺も戦闘とかしたことないんだが。この地区の悪の魔法少女を降参させろと契約相手に言われてるんで、何もしないわけにもいかん所がある。ちなみに……」


「なんですか?」


「お前、戦闘魔法とか何か使えるのか? ファイアーボールとかそういうやつ」


 すると少女はふっと自信に満ちた笑みを見せる。


「見てください!」


 ステッキを横なぎに振るう。すると空中にいきなり七色のシャボン玉が無数に現れた。群衆がおーとどよめいて、割れんばかりの拍手が広がった。

 おっちゃんが「いいぞー」「もっとやれー」と、缶を振り回して声を上げている。

 少女はその反応に満足したかの様に再び笑みを浮かべる。


「ファイアーボールです。どうですか。褒めてください!」


「ただの一発芸じゃねーかっ! 周りのオヤジが喜んでるだけだぞ!」


「そんなことをいわれても困ります。私、戦闘は苦手だっていいました。そういうあなたは何が出来るんですか」


「俺は……」


 ちょっと言葉に詰まったが、


「大した事は出来ないが、筋力とかスピードがアップしていて、格闘では人間に負けないらしい。試したことはないが」


 むぅと少女が呻く様子。


「戦闘はやめておいてあげます。弱者を虐げるのは私の主義主張に反します」


「やめておいてあげるじゃねーよ! お前、戦闘は苦手だって言ったばかりだろ?」


「そうです。真面目に戦ったら負けてしまいます。だから、これからの貴方との対決では、戦闘はしないで会話と対話と私の説教で解決します。ご清聴ください!」


「俺、ご清聴かよ?」


「そうです! 私の言葉に心打たれて私の仲間になってください!」


「うわっ。いきなり悪落ちを勧めてきやがった!」


「これから私の有難い演説を披露します。昨日寝ないで考えました。貴方方もそれを望んでいるはずです。そうでしょう?」


 少女は周囲の喧騒に同意を求めたが、正義の変身ヒーローである俺は無言でかぶりを振った。


「そうじゃないんだ」


 言い聞かせる様に少女に声を向ける。


「違うんだな、これが」


 もう一度音にすると、少女が不満だと言う顔を向けてきた。


「何が違うんですか! 人々は社会の改善を求めています! その為の演説を聞きたがらないわけがないじゃないですか!」


 もう一度、俺はかぶりを振った。


「これから俺と悪の少女の戦闘が見たいか、諸君!」


 おーと、群衆はそれに答えた。


「正義の鉄拳で悪の少女の服が破けて、あんな所やこんな所や、少女の艶めかしい姿が見たいか、諸君!」


「みてーぞ、ねえちゃん。いっそのこと、全部脱いじまえー」


 今度は男性陣、特におっちゃんの声が響いた。


「ぬーげ、ぬーげ、ぬーげ、ぬーげ!」


 おっちゃん連中が声を合わせて、少女に責めかかる。

 俺は勝ち誇った笑みで少女に言い放つ。


「これが世の中ってやつだ! 誰もお前の演説など求めてやしない!」


「歌でもいいぞー。歌って踊れー」


「脱いだら演説とやらにも付き合ってやるぞー」


 連中は容赦がなかった。


「流石に女の子相手に戦闘するのは正義のヒーローだとしてもはばかられるが……。見られるのが気持ちいいなら、いっその事全部脱いでみるか?」


 俺は我ながら意地悪だと思いながらも言葉にしてみる。

 いくら痴女っぽいと自ら宣言をしていても、往来で裸になるのは流石に○○○○に過ぎるというものだ。

 少女は顔を羞恥に赤く染めて涙目になっていた。


「覚えていてくださいっ! この借りは必ず返しますっ! 絶対ですっ!」


 言い終わると同時に踵を返して逃げ去ってゆく。

 その背が見えなくなって。

 終わった終わったと群衆がバラバラと解散してゆき。

 俺は初陣にしては少しやり過ぎたかと誰ともわからない悪の魔法少女に謝ってから、自分もこの場にいる理由がなくなったので裏通りに入って変身を解いた。


 普通の高校生、如月清一郎に戻る。


 この後、俺とラピスの第一次接近遭遇から始まる『恋愛劇』はこうなってああなって。『最初はラピスの事をこの痴女なんとかしてくれ程度にしか思っていなかったのだが、近づいてゆくにつれ……』という流れなのだが。


 始まりは数日前に遡る。

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