第9話 生まれよう、と死のう
目を覚ますと頭が痛かった。
汚い自分の部屋は起きる気を無くさせた。
すでに昼は過ぎていて日が差しこむ。寝すぎたかな。そう思いながら携帯を見ると陽樹からメールが二通入っていた。今日は大学へ行かない。というメールを返した後に、昨日のことを何とか思い出そうと試みたがあまりの気持ち悪さに挫折する。ただ、彼女とキスをしたことだけは思い出した。
部屋を出ると大きなお腹を抱えた姉貴がいた。
「おはよう」
「いらっしゃい、昨日来たの?」
と言う僕の言葉に
「そう、昨日からお邪魔しています」
と少しだけ他人行儀に言った。
「でかいなあ」
お腹を見て言うと、触ってみる?と聞いてきたので触ってみた。ヘリウムガスを入れたように膨らんだお腹は、確かにそこにあってもリアリティが無かった。
割れないようにそっと撫でてみると、トンと奥から小さく叩かれた。
「動いたよ」
ちょっとはしゃいで言うと、
「元気でしょ」
と自慢げに言って笑った。
「予定日は三週間後だけど、二週間前くらいなったらいつ生まれてもきてもおかしくないの」
姉貴の言葉に何だかアバウトだなと思ったが、考えてみると天気予報だってそんなに当たらないしな、などと勝手に考えた。
「おとといは大変だったわね」
母親が奥から出てきた。おじいちゃんのことを思い出す。
「あの後どうなったの」
「うん、検査だけして今朝退院したらしいわ」
そして、何かあるといけないからお風呂は二人で入ることになったのだと言った。
とてもいいことだと思った。おじいちゃんとおばあちゃんになってから一緒に風呂に入るなんてなんだか日常って意外と幸せに溢れているのかもしれない。
「お友達にも礼を言っといてね」
母親はそう言って昼飯の焼き蕎麦作りに戻る。
ソースの匂いに少し吐き気がしたので部屋へ逃げ込んだ。
結婚か、妊娠か、年齢か、姉貴はとにかく落着いていた。結婚する前にマリッジブルーはあったが、今回マタニティーブルーはないらしい。これが母親になるということなのだろうか。そんなことを思いながら、横になり扇風機をつけると、心地よい風が少しだけ酒気を拭い去った。
そのまま眠気が襲ってくると、彼女のことを考えることが面倒になってまぶたを閉じた。
再び目を覚ますと日が落ちていた。
慌てて時計を見ると既にバイトに行く時間だったのでぼくは急いで準備をすると家を飛び出した。
スクーターを飛ばしていると景色が次々と眼の端を流れた。正面に受ける風が気持ちいい。スピードに乗りながら様様のことが面倒になってきた。
全部が面倒になって、
死んでもいいと思った。
そしてふと、
彼女はいつもこんな感情でいるのだろうか?
と思った。
信号が赤色に変わる。ブレーキを踏まず、
このまま死んでしのうか。
そう思った。
なのに、次の瞬間やっぱり死にたくないと思った。
謝るように急ブレーキをかけるとタイヤがアスファルトをひどく擦る音が響いた。
ぎりぎりで止まるとトラックが目の前を通る。運転手は迷惑そうな顔をした。
そんなことで怒るなよ。
独り言を言いながら、つま先でアスファルトをつついてスクーターをバックさせた。
湿った空気がまとわり着くと、じっとりとした汗がにじみ出た。
何を必死にこんなに焦っているのだろうか。だんだんどうでも良くなった。バイトも大学も彼女のことも。
スクーターを逆に向けると、僕はバイト先に背を向けて走り出した。
とろとろと広い国道を走っていると何も知らない所にぽつりと取り残された気分になった。
ちょっと寂しくなって、スピードを上げた。
バイトの時間になると携帯が鳴ったので電源を切った。
何だかこのまま行けるところまで行きたくなった。
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