第7話 居酒屋で二人で
次の日僕と陽介は家に帰らないまま大学へ向かった。僕の授業は終わっていたけれど陽樹はまだ一コマ間に合いそうだったので教室へ向かって行った。
夕方の大学はどこか寂しい。僕は手持ち無沙汰のな時間を消化すべく学食へと向かった。
心のどこかで彼女に会えることを楽しみにしながら。学食の扉を開けた瞬間、僕はにやけた。いつもの席にいつもの彼女がいつものように本を読んでいた。
カレーライスを買って彼女の前に立ち、少しその読書姿を立ったままで眺めた。
そしてそのまま向かいの席に腰を下ろした。
彼女はやはり綺麗だった。綺麗というより美しいといったほうが正しいのかもしれない。
ページを捲る姿は静かで上品だった。
「未だに退屈ですか」
彼女と目が合う。
「飯とか食べないんですか」
どうでもいい質問をする。
「面倒くさいから」
父親殺しの話を思い出す。
だけど言葉には出せない。
「今日、飲みに行きませんか」
彼女は笑った。
僕も笑った。
「いいわ」
意外にも簡単に了承されて驚いた。
僕は急いでカレーライスを飲みこみ
「いきましょうか」
と声をかける。
彼女は再びくすりと笑ってから本をバックにしまうとゆっくり立ち上がった。
駅前まで行くと、落着いた小さな焼き鳥居酒屋があり、そこに入る。
薄暗い店内ではジャズが流れ、狭い個室に入ると少し緊張した。
店員のファーストオーダーに僕はビールを頼み彼女はモスコミュールを頼む。
頼んだ後にバイト先でワインを飲んでいたことを思い出す。
「ワインでなくて良かったのですか」
彼女が驚く。
「何で?」
僕は少しひるんで答える。
「この前自分がバイトしてる店に来たんですよ」
僕はそう言って、店の名前とスーツ男のことを話した。そして、その時にワインを頼んでいたことを。
「ああ、あのときに」
彼女は興味なさそうにそう答える。
そこまで話すとモスコミュールとビール、お通しがやってきた。
お通しはあげと小さなにんじんの入ったひじきだった。
グラスと合わせると小さくチンとないた。その音がこの暗さに心地よいと思った。
「本って面白いですか」
話すネタが無くて、苦し紛れな言葉が出る。
「つまらないよ。ただの暇つぶしだから」
次の言葉を捜したが出てこなかった。こんなときにこんな言葉しか出せない自分が情けなく感じ、陽樹も誘えば良かったと思いながらひじきを口にした。甘さとしょっぱさが口の中に広がる。
「何故飲みに付き合ってくれたのですか」
気になっていた質問をする。
「退屈だったから」
何だか、楽しませなければいけないのではというプレッシャーを感じたけれど、すぐにそんな器量が無いとあきらめた。
「ザリガニ飼ったことありますか」
いつのまにか自分でも意味の解らない質問をしていた。
彼女は首を横に振る。
「食べたことならあるけれど」
「美味しかったですか」
おいしかったわ、海老みたいで。彼女はやはり興味なさそうに答える。まるで全ての事に興味がないのだろうか。死にたいという話を除いて。
「それで、ザリガニがどうしたの」
「いや、小学校の時に飼ってたんですけど」
そこまで言ってビールを飲むと、気泡がのどを通り舌にわずかな苦味を残す。
「最初六匹くらいいたんですけど、ほっとくと共食いをして数が減っていくんです」
「しってるわ」
彼女の目がこちらを見ていると思うとまた少し緊張した。
「それでどんどん減って行って、ついには一匹だけになって、その一匹も結局は死んじゃったんですけど」
彼女は僕の話の意図をくもうとするけど結局それが出来ずに僕の次の言葉を求めるように視線を僕に向ける。実際僕も何を言おうとしているのか解らないけれど、
「なんか、無責任だったかなって」
初めてそんなことを思った。とういより、それまでザリガニを飼っていたことさえ忘れていた。
ザリガニだけではない。縁日で買った雛や金魚、ザリガニのように捕まえたおたまじゃくしだって一週間と経たずに死なせてしまっていた。
ああ、そうか、もしかして僕は彼女に死んで欲しくないのかもしれない。
「まだ死にたいのですか」
彼女がこちらを向くとモスコミュールの氷が崩れる。そのモスコミュールに彼女は口をつける。
「別にそこまでしにたいわけじゃない」
「そいつはよかった」
僕はグラスに残ったビールを空ける。
「ただ退屈なだけ」
「退屈」
ただのオウム返し。
「昨日、海に行ったんです」
話を変えようとそう言って軟骨のから揚げを食べるとこりこりとした触感が気持ち良かった。彼女はやっとシーザーサラダに手をつけた。
「うみ、いいわね」
そう言ってリングに降れた。陽樹が父親殺しを再び思い出す。
「あなたは不思議な人ね」
彼女はハウスワインののデキャンタを頼んだ。
「そうですか」
何だか照れた。
「あなたの彼女になる人はきっと幸せよ」
今度は悲しくなった。
「不幸なんですか?」
「そうでもないわ。きっと」
ワインが置かれ、それぞれのワイングラスにワインを注ぐ。
「私は彼氏に愛されているから」
「愛してはいないんですか」
彼女が答える前に、失礼します。と店員が空いた皿を片す。
彼女のワインを飲むペースが上がる。
「私は人を愛せないから」
何だか卑怯だと思った。愛されているのに愛せないという彼女は、汚くて臆病で悲しい人だと。
「父親殺し」
ワインのを再び注ぎながら彼女は突然そう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます