プリエの料理

 わたしとレッドさんが戦って三日は経った。

 あの後、レッドさんとシアンさんは首を持ち帰ると言って、自分たちで用意した魔法陣で帰っていった。

 だけど、あの追手の女の生首の顔が忘れられないのはなんでだろ……。

 その後、あの雪原にやってきて無事わたしたちの魔法陣を通れたので、わたしの家まで通した。

 そして――、

「はッ! そこッ!」

 二刀の剣術を躱される。

「遅いッ!」

 わたしは足を引っかけられ、地面へ俯けに倒れた。

 わたしは立ち上がろうとしたところで、うしろから凶刃が首にかかった。

「首を斬った。お前の負けだ」

 わたしは炎の剣と氷の剣を戻して両手を上げた。

 もっとも、これが実戦なら、わたしの首は彼の手に渡っていた。

「流石ですね、レッドさん」

 わたしは後ろに振り返り、レッドさんがわたしの首から刀を離し、右肩に乗せる。

「これで、10個目の晒し首だぞ? ノルン」

「ごめんなさい……」

『しかし、飽きもせずよくやるわね』

 シアンさんにも笑われた……。

「シアン、どうだった。端から見たノルンの剣術は?」

『なんというか、勝負にならないわね。子供と大人みたい』

「そんなになの? シアンさん」

『だって、暗殺剣に特化していたレッドが加減してこれなのよ』

 加減してもらってこれなのかッ!

 でも確かに、雪原で戦った時と比べて遅かったなぁ。

「まったく、なんで剣の師匠を俺にしようとしたんだ?」

「だって、あの時、自分を殺せた男から学ぶ方がいいって、プリエも思ったんです」

「あの吸血鬼、いいように使ってくれるな」

『それを言うなら、レッド。あなたもわたしをよく扱ってくれたわね』

「いいだろ、別に」

『なんでよ。長年の相棒を一番邪険に扱ってくれちゃって――』

 文句を言っている最中に、ペファーがシアンさんの頭上からやってきて、

「あらよっと」

 ペファーがシアンさんに着地した。

『おっもッ!』

 よく見ると、ペファーがシアンさんを若干潰しているが、潰れたら大惨事なので、良しとしよう。

「おかえり、ペファー」

「ただいま、マスター」

「狩りの方は順調だったのか?」

「そりゃあ、もちろんッ!」

『鳥ッ! 鳥女ッ! 降りなさいよッ!』

 わたしもレッドさんも意地悪が過ぎたかな。

 ペファーをシアンさんからどかさなきゃ。

「はいはい、頭の中でキンキン喚くうるさい首だこと」

 ペファーが苦情を聞き入れて、飛び出した。

『まったく、どいつもこいつも……ッ!』

「しょうがないだろ。俺たち襲ってきた側なんだからな」

『あなたがこの大陸に足を踏み入れなかったら、わたしが足蹴にされることもなかったのよッ!』

「それは悪かったな」

『あなたが殺さないにしろ勝ってたら、こんな扱いはされなかったッ!』

「悪かったっての……」

『今夜、寝られるとは思わないでよッ!』

「いつも寝かしてくれないだろ、お前……」

『朝早く起きているからいいじゃない』

「舐められて起こされたの間違いじゃないか?」

 なんだろ、二人の性の事情が垣間見えるような……。

 ペファーがわたしに耳打ちする。

「この二人、やってんのかね?」

「どうだろ? ベッタリはしていなさそうだけど……」

「魔族のデュラハンのメスってさ、頭を好意の相手に送るのよ」

「なにが言いたいの?」

「この二人、そういう行為してんじゃないのかって話」

「それはどうだろ?」

『残念だけれど、そんなこと一度もなかったわよ』

 あッ、聞かれてた。

「なんか、ごめん」

「ごめんなさい」

「うん? なにかあったのか?」

 レッドさんには聞こえていなかったらしい。

 念話って便利だな。

『なんでもないわよ』

 今度教わろうかな……。

 プリエが鍋を持って近づいてきた。

「ご主人、軽く昼食でもいかがでしょうか?」

「もしかして、作ってくれたの? ありがとう」

 だんだんと近づいてくる。

 同時にすごい刺激臭が臭ってくる……。

「はい、自信作なので食べてくださいッ!」

 この顔、プリエってまさか、ね。

「……プリエ、あなた料理したことは?」

「これが初めてですッ! ですが、自信作なので、是非ッ!」

 どこに安心する要素があるのッ!?

 ペファーが空へ向けて飛んで行っちゃったしッ!

 レッドさんは恐る恐る蓋を開けた。

 一言で言うと、それは料理とは呼び難い、紫と黒のなにかだった。

「……味見はしたのか?」

「我が作ったのですよ。毒など入れるわけないでしょう?」

「あのぉ、師匠……」

 食べたくない。食べたくない。食べたくない。食べたくない。

「俺に振るのかッ!?」

「ええっと、ちょうどいい人材がいませんし……」

 ペファーは逃げたから、あとでピーマンの刑にするとして。

 レッドさんに食べてもらおう。そうしようッ!

「……わかった。ちょっと待ってろ」

 あれ? 逃げられないようにベオウルフに手をかけたのに。素直に――、

 食べるわけないよね。この場にもう一人いるもの。

『いやッ! 待ってッ! そこでわたしじゃないでしょッ!』

「ノルン、少量でいい」

 わたしはプリエの作った黒い物体をスプーンの半分くらいを持った。

 レッドさんがシアンさんの口を無理矢理開ける。

「ごめんなさい、シアンさんッ!」

 シアンさんの口に黒い物体を載せたスプーンを入れた。

『〇×□△☆※ッ!?』

 すごい怪電波のような音を立てて、シアンさんは動かなくなった。

 レッドさんが持ち上げると、変わり果てたシアンさんの首を見つめた。

 蒼の目は瞳孔を開き、白目を剥かせ、口はくぱあと顎がゆっくりと開き、舌がデロンと垂れていた。美しい首が台無しである。

 レッドさんはそれにツンツンして、彼女の意識を確認していた。

「レッドさん……、よく、触れますね……」

「だって、こんな感じの首を多く持っているから」

 怖ッ!

 そういや、首狩りだった、この人……。

「あの、ご主人――」

「プリエ、今度から味見をするように。あ、そうそう、ペファーにも味見させてね」

「は……はい……」

 今後はプリエの料理に気をつけないと……。

 レッドさんは、ひとしきり確認(遊んでいただけじゃないだろうか)を終えると、シアンさんの首が置かれた。

 ……なぜだろう。すごく睨まれているような視線を感じるけど、気のせい、だよね?

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