お昼ご飯

 仲間に迎え入れたブリザードベアの子熊たちはキューキューと鳴いている。

 可愛いなぁ。

 このまますくすくと育ってほしいよね。

 狼たちも子熊とじゃれているし、仲はいいみたい。

 よかった、よかった。

 白い毛並みの子熊がよちよちと四足歩行しているのが可愛い。

 ずっと、見てられる。

 転んでは足をバタバタさせている。

 なんて可愛らしい仕草なんだろう。

 撫でてあげたい。

 キューキュー。

 わたしに向けてすごく甘えてくる。

 ブランとマルナが昼食を持って、わたしに近づいた。

「ノルン様、大丈夫ですか?」

「どういうことかな?」

 開口一番に訊かれたこと。

「あれを食べて、無事なのか、と……」

「あー、知ってたんだ……」

 なら、止めてほしかったなぁ。責めはしないけど。

「ワタシが厨房にいた頃には、なにかしらが完成されていたので……」

 どの道、遅かった、ってことか……。

 責める理由はなくなったな……。

「もういいよ……。その件は、プリエに反省してもらったから」

 ブランが周りを見渡す。

「そういえば、そのプリエとレッドさんたちはどちらに?」

「いないようだが?」

 マルナも首を振って捜した。

「狩りに出かけたよ」

「えッ? あの二人で、いえ三人――」

「いや、二人なんだよね」

 わたしがその一人を膝に置いた。

 あの変わり果てた顔から少しはマシな表情にした首を。

「ノ、ノルン様ッ!? それはッ!?」

「シアン、じゃないのかッ!?」

「うん、気を失って、置いてかれちゃったんだ……」

 二人には話しておくか。

 努力して死に顔にならずに済んだけど、舌に触れるのに抵抗があったので顎を動かして口を閉ざす程度に留めている。だから、舌が長く出っ放しにしてある。

 美女の首だとしても、首は首なので、ブランたちは当然青ざめる。

「あの、ノルン様ッ! これからお昼ご飯なのに、それを見せられたら、食欲が――ッ!」

「と、言われてもねぇ。レッドさんに「ご機嫌を取ってやってくれ」と頼まれたんだよ?」

「あの男、やはり外道じゃないかッ!」

 それに、こうなったのもわたしに責任があるんだよなぁ……。

「ノルン様、もしかして、プリエの料理って……」

「食わせたらすごく酷い顔しちゃって、今に至るんだよね」

「「あー……、なるほど……」」

 察してくれたようだ。

 わたしも関わったことは黙っておいた方がいいかな……。

『ほんっと、ひどい目に遭ったわ』

「「「わッ!!」」」

 ビックリしたッ! 膝からシアンさんを落としそうになったのを掴み上げる。

 昼飯を落っことしそうになった、ブランとマルナは辛うじて落とさなかった。

 わたしは恐る恐るシアンさんの顔を見つめた。

 開かれた目がわたしに訴えてくる。

「あのー、シアンさん――」

『なにもの食わぬ顔しているのかな、ノルンちゃん♡』

 怖いよぉッ! 絶対覚えてるって、わたしが喰わせたのッ!

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 ひたすら謝り続けた。

 許してくれるとは思わないけど。

「あのー、ノルン様……」

「ブラン、彼女に非があるなら償わせるべきだろう」

「そ、そうですね……」

 ブランとマルナからの助け舟もなしッ!

 せめて、痛くない方法で……。

『まぁまぁ、そんな深刻そうな顔をしないで』

 シアンさんの目が穏やかになった。

 色っぽく舌で唇を舐め回した後で、わたしを見つめてきた。

『なに、あなたは謝ってくれれば許してあげるわ』

 許してくださった。

 あなたは神か、なにかの使いか。

『ただし……手伝ってもらうわよ』

 いや、悪魔の手先だった。

「なにを、お手伝いすればよいんでしょうか……?」

『簡単なことよ♡ わたしをレッドの股間めがけて――』

「了承できませぇんッ!!」

 その手の同人誌は前世で観たことあるぞッ!

 なんつー提案をわたしに、美少女に頼み込んでんだッ!

 ほら、ブランとマルナが生首関係なしにドン引きしているでしょうがッ!

「シアンさんッ! これ以上、ワタシたちの食欲を落とす発言はやめてくださいッ!」

「男女のそういった、行為って……ッ!」

「気をしっかり持ってくださいッ! マルナさんッ!」

 DON DON猟奇的になっていく。

 この、作品が逸れていく。

 きっと誰もが、タイトル詐欺と疑う。

 ――って心の中で替え歌作って現実逃避している場合じゃないッ!

 助けてッ! 子熊ッ!

 キューキュー。

 子熊がわたしの足元で甘えてくる。

 はあ、癒しになるなぁ。

 わたしの足元に子熊が二頭も寄ってきてる。

 可愛い。

『わかったわよ……。じゃ、レッドの顔に押し付けるだけで勘弁してあげるから』

 シアンさんが妥協点を作ってくれた。

 最初からそれを提案してくれたらよかったのに。

 ちらりと、ブランとマルナを見た。

 ジー。

 めっちゃ見つめてる、いや、睨んでないかな、これ。

「ほ、ほら、子熊たちを見ながら、昼飯にしよ? ね?」

『わ、わたしも、悪かったわよ。あなたたちを巻き込んじゃって。ほら、ノルン。わたしの顔を向けさせて』

「は、はい」

 わたしは言われた通りに、シアンさんをブランたちに向けた。

 彼女は舌を出したまま、ウィンクをしてきた。

「……もういいです。おとなしく食べますから、言動に気をつけてください……」

「わたしは少し、お腹が……」

「マルナさん、大丈夫ですから。食べましょう?」

「ああ、わかった……」

 ブランがマルナを励ますとじろっとわたしを睨み、

「いいですか? ワタシたちはお昼ご飯を食べますから、余計なことはしないでくださいね」

「あ、うん、ごめんなさい」

 わたしに釘を刺してきた。

 でもなぁ……。

 ぐー。

『あら、お腹空いてたのね』

「そういや、まだ食べてなかったなぁ……」

 プリエがきっと、「我が作ったから心配ない」とか言ったんだろうなぁ。

 いや、言ったな。絶対。

 ブランがはあ、と溜め息を吐いた。

「プリエのこともあると思って一人前余分に作って正解でした……」

 思わずブランに抱きしめたくなったが、シアンさんが膝に乗っているから断念した。

「ありがとう、ブラン」

 わたし分の昼飯を受け取った。

 それは豪華な弁当と呼べる代物だった。

 白飯に卵焼き、ゴボウのきんぴら、メインに猪肉の切り分けられたステーキが入っている。

 この前、街に行った時に、東洋の食べ物を大量購入して正解だったよ。

 前までは肉とか、パンとかだったから、白飯あるだけで幸せだよぉ。

 キューキュー。

 子熊が懐いてくる。

 どうしよう、これじゃ、食べられないよ。

「ノルン様、酷なようですが、この子らを離してあげてください」

「え? エサ、あげちゃダメ?」

「充分にご飯は与えましたから……」

「そっか」

 あ、でも、どうしよ。

 両手は弁当で塞がっているし、膝にはシアンさんが居座っているし、今座っている丸太に置いたら落っこちてしまうし。

 だからと言って、地面に置くのもなぁ……。

「困っているようだな。持とうか?」

 マルナ、ナイスッ!

 マルナに弁当を預け、両手が自由になる。

 これで魔法が使える。

「アクアボール」

 水球を作り出し、

「フロストブレス」

 水球へ氷の息を吹きかける。

 すると、完成。

 氷の球。重みはあるけど、雪原育ちのブリザードベアなら気に入るはず。

「はい。どうぞ」

 シアンさんを片手に持ち、氷の球を地面に転がした。

 子熊たちがわたしから転がっていく氷の球へと視線を移し、走っていった。

 子熊たちは氷の球を気に入ったらしく、前脚で転がして遊んでいる。

『あなたって、こんなことできたのね……』

「まあ、序の口ですよ」

「ほら、弁当」

「ありがとう、マルナ」

 シアンさんを再び膝の上に置いて、弁当を受け取った。

 これで食べられる。

 二人も丸太に座って、弁当を開けた。

「「「いただきまーす」」」

『いいなぁ、みんなは食べることができて……』

 シアンさんの羨ましがる目を感じながらも、氷の球で遊んでいる子熊たちを見ながら、昼食に入った。

『いいなぁ……』

 シアンさん、お願いだから、そんな目で見ないでください。

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