独善と協力者

 足場は雪だらけだ。

 目暗ましに雪面へ発砲をする。

 よし、今のうちにッ!

 斬ッ!

 危なかったッ!

 避けなかったら斬られていた。

 だが、一瞬でもあればッ!

 バンッ!

 手応えは……ない。

 普通の拳銃ならわからないが、この魔銃なら感じ取れる。

 わたしはすぐに回避を心掛けた。

 今の発砲で、居場所がバレたはずだ。

 しかし、運が悪い。

 足元は雪原。

 歩くならまだしも、走るなんて、音で相手に居場所を伝えるようなものだ。

 だから――、

 斬ッ!

 やはり悟られたッ!

 しかし、間一髪でこれを躱す。

 コートと中の服は一部斬られてしまったが、幸いにも肌が出た程度だ。

 寒さを感じてきた。

 なんとかして、致命傷を与えないと……ッ!

 視界が明けていく。これはまずい。レッドたちの姿が薄く見えた。

 いや、目じゃなくて耳を頼らせれば。

 姿が見えても、まだ形だけだ。

 これを活かせば。

 わたしは今にも千切れそうなコートを脱いで、レッドへと走る。

 ザッ。

 レッドが一歩動いた瞬間、わたしはコートを彼に目掛けて投げて、大きく空へ飛んだ。

 速さでわたしは勝つことができない。

 なら、相手の速さを空回りさせればッ!

 斬ッ!

 予想通り、レッドはコートを斬った。

 わたしは、薙ぎ払った一瞬を見逃さなかった。

 二挺拳銃をレッドに向けて連射する。

 手応えはあった。

 だけど、引き金を引く指は緩めない。

 相手が動かなくなるまで、撃って撃って撃ちまくるッ!

 結果、何発か当てたところで、彼の動きが鈍くなった。

 とどめを刺すなら――ッ!

「終わりだッ!」

 プリエが爪を尖らせてレッドに接近する。

 しかし、そのプリエを炎の渦が邪魔をした。

 抜かったッ! レッドにはシアンが付いていたッ!

 なら、魔法を――ッ!

 撃ちだそうと瞬間、地面に引っ張られるように叩きつけられた。

 重力が強くなったんだ……。

 雪がクッションになって、重症には至ってないけど……。

 肋骨の二、三本折れちゃったかな……。

 血の味が舌に纏わりつく。

 血反吐を吐くと、すぐに立て直した。

 その間、レッドはシアンを持ち上げてキスしていた。

 発情したのか、と一瞬思ったのだが違う。

 心象術の力によるものだろう。

 彼の傷がみるみる癒えていく。

 わたしはすかさずレッドへ発砲する。

 しかし、レッドはすぐわたしの近くに来ていた。

 魔銃と刀がぶつかったのはすぐだ。

 ジャキッ!

 わたしとレッド、互いに近くで見て、ようやっとわかった。

 互いの抱えているダメージ、互いの得意距離、そして――。

 互いが次に蹴りが来ることを――ッ!

 わたしとレッドの蹴りの威力は互角だった。

 だが、腹に力を入れてるせいで、折れた肋骨がなにかに内蔵に突き付けた感覚があった。

 わたしの口の中にまた血が込み上げてくる。

 唇からはみ出たところで、あえて蹴りの力を弱めてもう一方の足で蹴りを入れる。

 しかし、シアンを持っている腕を上げて、彼女の口からファイアブレスをかけられる。

 もう一方の足のブーツが燃えだして、蹴りは空回りした。

 燃えている足をもう一回転させて、炎を払いきった。

 今度は刀で受け止める気だ。

 わたしは靴底で刀を弾き、ベオウルフで連射して彼と距離を取った。

 レッドと距離を取ったところで、わたしは息を整えた。

 それと秘かに回復魔法も行った。

 せめて、折れた肋骨ぐらいは治したいが、相手が隙を見逃すはずがない。

 そうでなくても、彼に回復の時間を与えることになるだろう。

 だが、相手は攻めに回った。

 それもそうだ。

 プリエもいる状況で、回復など行えない。

 プリエがさっきから姿を見せないのは、次にとどめを刺す瞬間、影から奇襲するためだろう。

 だから――ッ!

 ジャキッ!

 わたしがとどめまで持っていかないとダメだッ!

 再びベオウルフで刀を受け止める。

 これも、あえて相手の力を――ッ!

 ゴンッ!

 シアンを、わたしの頭めがけて突き出した。

 力を弱めた瞬間、ベオウルフから刀を離した一瞬だった。

 ダメだ……。次、どうすれば……。

 正常な判断ができなくなっていた。

 赤い刀が、わたしの首に目掛けて――。

「ご主人ッ!」

 雪の影からプリエがわたしを庇った。

 プリエが危ない。

 ぼんやりとした頭が急に冴え渡った。

 プリエを助けなきゃ。

「プリエッ!」

 わたしはプリエに手を伸ばし、引っ張った。

 ダメだ。

 二人とも斬られる。

 そう悟った瞬間、赤い刀が止まったように見えた。

 その隙にわたしたちは走って逃げだした。

 呼吸が荒い。

 本気で死を覚悟したからだ。

 いや、そうでなくても……。

「だ、大丈夫?」

「は、はい、ご主人も……」

 どうする?

 魔法陣があるから、そこまで行って逃げるか?

 敵は追ってこないって言ってくれたけど……。

「我はここに残ります。だから、ご主人――」

「ううん。二人で倒そう。あのレッドを」

 ダメだ。逃げることなんてできない。

 逃げればどこまでも嗅ぎつけてマルナが暗殺されるのが見える。

 だから、ここで排除しよう。

「マルナ様、我にいい考えがあります」

「なに? 特攻するって言うなら怒るよ?」

 マルナは首を横に振った。

「いえ、違います。危険な役を買うのは間違っていませんが……」

「……どうする気?」

「我のことを、誰かと誤認したように見えました。その隙を作れば――」

「でも、あなたが囮になるってことじゃないッ!」

「大丈夫です。あの男が我に近づいたタイミングで名前をお呼びください。そうすれば――」

「他に、手はないわけだね。わかった。でも――」

「ご安心を。我自身の身はちゃんと護れます」

 レッドがこちらに近づく音を聞き、プリエが飛び出した。

 わたしは気配を消してレッドにベオウルフを構える。

 レッドが見つけたプリエに目掛けて突進していた。

 プリエがウィンクでわたしに合図した。

「プリエッ!」

 その名を瞬間、赤い刀がプリエの首の横に止まった。

 レッドの目が虚を突かれた瞬間、動きが完全に止まった瞬間、

 今――ッ!

 わたしは引き金を引いた。

 レッドの右胸に命中した。

「プリエ……、俺、は……ッ!」

 致命傷だ。

 レッドは倒れた。

 赤い刀とシアンを手放して。

『嘘……、嘘でしょッ!? レッドッ!?』

 雪に埋もれたシアンが念話で叫んだ。

「悪、い……、シア、ン……」

 今にでも手が崩れ落ちそうになりながら伸ばしている。

 プリエに向けて。

 その殺人鬼のように紅かった彼の目は、穏やかな目になっていた。

「ごめ……、プリ、エ……」

 その手が崩れ落ち、雪に落ちていった。

『い、や……。いやあぁぁぁぁぁッ!』

 シアンの悲痛な叫びは、わたしの頭に響いた。

 やはり、プリエを誰かと重ね合わせていたんだ。

 最後の最期まで……。

 やがて、その紅い目にはなにも映らなくなり、瞼を瞑らなくなった。

『どうして、どうしてよ……ッ! こんな依頼、やっぱり……関わるべきなんかじゃなかったッ!』

 シアンは涙を流し続けている。涙は地道に積もっていた雪を溶かしていった。

 わたしたちは勝った。

 勝って、マルナを護ることができた。

 なのに、この胸騒ぎはなんだ?

 なにか、間違えたのか?

 初めて人を殺したからなのか?

 それもある。

 それでも、この喜び難い勝利はなんだッ!

 ドクン――ッ!

 今の心臓の音、わたしのッ!?

 ドクン――ドクン――ッ!

 違う、この音ッ!

 レッドから聞こえるッ!

 まだ生きてるんだッ!

 わたしはそう確信すると、レッドの右胸の風穴に近づいた。

『なにする気よッ! お願いだから、放っておいてッ! お願いよ……、これ以上、壊さないで……ッ!』

 シアンの涙が止まらない。

 彼女も気づいてない?

 弾丸は彼の右胸に残ってる。

 貫通していない。

 だから、まだ救える。

『お願い……、もうやめて……。放って、おいて……』

「プリエ、シアンを持ってあげて」

「……はい、ご主人」

 プリエは涙と鼻水でぐしょぐしょに濡れたシアンを持ち上げた。

「プリエ、涙と鼻水を拭ってあげて」

「ご主人?」

 プリエが袖を使ってシアンの顔を拭った。

『もう、やめて……。わたしを、持って行かないで……』

「わかってるよ。レッドの傍にいたいんだよね」

『えッ?』

「なら、治してあげる」

「えッ? ご主人?」

 わたしは思い浮かべた。

 ただのヒールじゃ、傷口が塞ぐ程度。

 それでは死んでしまう。

 だったら、それ以上の回復魔法を使えばいい。

 無属性の魔法にあった、禁忌とまでいわれた回復魔法。

 それを使わせてもらうッ!

「ご主人、どうしてなんですかッ! そんなことしたら、さっきまでの苦労が――ッ!」

「そんなことわかってるッ!」

 プリエの後ろから足音、翼の羽ばたく音が聞こえる。

 みんな、来ちゃったんだ。ペファーまで……。

「ノルン、一体なにをしているんだッ!?」

 決まってる。

「ノルン様、その者は暗殺者ですよッ!?」

 わかってる。

「マスターッ! やっぱりあんた、おかしいよッ!」

 ああ、確かにこんなのおかしい。

 こんな人を助けるなんて、どうかしている。

 これを独善というのだろう。

 独善だからなんなんだ。

 独善だろうが、偽善だろうが、どうでもいい。

 わたしはわたしのやりたいことをしているだけだッ!

 人を護るために戦うのだってッ!

 人を救うために命を張れるッ!

 それでも、わたしはこんな手でしか救えないッ!

 救えるなら、救いたいッ!

 助かる命があるなら助けたいッ!

 見殺しなんてできやしないッ!

 それでも、この人を助けたいッ!

 息を吹き返したいッ!

 目覚めさせたいッ!

 そんなわたしに――ッ!

「文句があるなら、なんとでも言えぇぇぇぇぇッ!」

 わたしの渾身の叫びは、みんなの言葉を掻き消した。

 わたしはレッドの魂が戻ってくるのを感じた。

 禁忌と言われたこの魔法は、かつて死にかけた患者を救うために生み出された。

 しかし、無属性の希少性と、医者の軍事利用につき、禁忌とされた。

 だが、読んだ感じ、危険なものを呼び出すものでも、死者を蘇らせるものでもない。

 だったら、死にかけのこの人の息を吹き返すくらいなら、わたしでもできるッ!

「リバーサイドコールッ!」

 ヒールよりも眩い光が彼の風穴を塞いだ。

 そして、瞼が閉じられ、再び開くと、その紅い目に光が灯った。

「……あれ? 俺は……?」

 意識を取り戻したレッドが言葉を発した。

 成功だ。

「プリエ、シアンをわたしに」

「はい」

 渡されたシアンの目から再び涙が垂れた。

『なんで? あなたは?』

 わたしはシアンからの質問に答えず、彼女をレッドの手に渡らせた。

「レッド。シアンはあなたが死んだと思って、いっぱい涙を流したんだよ」

 レッドはシアンを両手で持ち上げる。

 首しかない彼女の顔をじっくり見つめるように。

「……ホントだ。ひどい顔してる……」

『……馬鹿ッ!』

 次の瞬間、レッドはシアンの唇を奪った。

『馬鹿ッ! ホントに馬鹿ッ! 死んだと思ってッ! わたし……ッ!』

 口は塞がれても、彼女の文句と涙は止まらなかった。

 わたしは魔力を大分持ってかれたようで、少し立ち眩みをするようになった。

 これが、禁忌の代償か、と思うと気が少し重い。

 デュアライズ・ヘルの連撃よりも、魔力を持ってかれるな……。

 気をつけないと……。

「おっと、危ない危ない」

 立ち上がろうとしたら、フラッとしたので、ペファーに肩を掴まれ、助けられた。

「ありがとう、ペファー」

「お安い御用よ、マスター」

 その後はブランとプリエが両腕を抱えてわたしを支えに入った。

「ありがと、二人とも」

「「いえ、ノルン様(ご主人)が心配ですので……」」

 三人に迷惑かけちゃったな……。

 これから気をつけないと……。

 レッドがシアンとのキスを終え、上半身を起こした。

 シアンは左手で持ち上げられ、親指をペロペロと舐め続けている。

「……なんで、俺を助けた?」

 そう訊かれて、少し考えた。

 だけど、思いつくのは、

「ただ、助けたかっただけ、かな?」

「なんで疑問形なんだ?」

「わたしも、わからなくって……」

「そんな理由で俺は助けられたのか……」

 レッドはそう言うと少し笑ってみせた。

 とても穏やかな目をしている。

 その視線はわたしの隣のプリエに渡った。

「なんだ?」

「お前、プリエって言うのか?」

「ああ、ご主人がくださった名だ。それがどうした?」

「いや、俺の愛してる女と同じ名だったからな」

「愛してた、の間違いじゃないのか?」

 プリエの鋭い指摘にまたも目を丸くした。だが、すぐに元の目に戻り、

「悪い。その表現でも合っているが、どうして?」

「お前の目には一瞬、誰かと重ね合わせた後悔の思念が見えた」

 そうだったんだ。

 そんな能力持ってたんだ。

 だから、プリエは自信満々にあの提案をしたんだ。

「参った。お前たちには勝てそうにないな……」

「わたしを殺しに来たんじゃないのか?」

『違うわよ』

 マルナの質問を否定したのは、レッドの親指をしゃぶり始めたシアンだ。

「あの、シアン? 俺の指を――」

『黙って。指全部しゃぶるわよ?』

 シアンが、レッドを黙らせると、続きを話してくれた。

『元から、マルナ姫を誘拐するつもりだったのよ』

「なぜだ? わたしの首を狙いに来たのではないのか?」

『確かに、そんな依頼があったわ。だけど、差出人は不明だったわ』

「それで、誘拐するメリットは?」

 シアンがレッドの指をしゃぶるのをやめ、ペロリと舐めた。

『メリットはないわ。ただ、差出人がわからない状態で請けるわけにはいかないから』

 ブランが、まさか、と続けた。

「マルナさんを囮に差出人をおびき出すつもりですかッ!?」

 シアンがレッドの手から長い舌をベロっと出した。

『その通りよ、ワンちゃん。あんなわけわかんない依頼は初めてだからね』

「でも、捜索系の心象術があると聞きましたが」

『やらなかったと思う?』

「反応がなかったのですか?」

『手掛かりなんて、いくらやっても見つからなかったわ』

 ってなると、わたしたちを狙っている人物がいるってこと?

「おかしな話だ。異大陸の俺のことを知っている奴がいるとは」

「やっぱり、首狩りなの?」

「まぁな」

 わたしの質問にレッドが目を逸らした。

 ジト目でレッドを見つめていたシアンが口を大きく開けて舌を垂らした。

『こんな感じの悪女の首を狩る、首狩りよ』

 わたしを含めた全員がゾゾッとした。

 でも、女の首を狩るのか。

「わたしたち、もしかして狩られてた?」

「目撃者は消した方が都合いいからな。狩るつもりでいた」

「危なかった……」

 わたしも首を狩られるところだった。

「あッ、そうだ。荷物置いてきたんだ。ちょっと待っててくれ」

 レッドがそう言うと、シアンをわたしに渡して、雪原へ走っていった。

 シアンの顔は、ふくれっ面になりながら、ペロッと舌が出ていた。

「あの、レッド、行っちゃったよ?」

『うん、そうね』

「舌出てるけど、なにかの心象術?」

『違うわ。舌が長いだけよ。ほら』

 そう言うと、わたしたちに口を開けてベロっと長い舌を垂らした。

 確かに長い、顎どころか、身体が付いていれば、鎖骨まで余裕で届きそうだ。

『気味悪い?』

「いや、長いなぁ。と思って」

『あ、そう』

 全員の様子を見て、舌をしまい込んだ。それでも――、

「やっぱ出るんだね」

 顎に届きそうなくらい、舌が出ている。

「その舌、食事の時、大丈夫なんですか?」

「というか、そもそも食事するのか?」

 ブランとプリエの質問に、口を開けて答えてくれた。

『こんな舌でものが噛めると思う? 大体、ゼリーや飴とか噛まなくて済むものよ』

 あ、食事は摂るんだ。

「ってかさ、あんたってあいつに首をちょん切られたの?」

 ペファーが聞いてきた。

『いえ。処刑されて、身体が焼き尽くされて、晒し首にされたのを拾われたのよ』

「ってことは、お前はなにか犯したのか?」

 マルナの質問に、しばらくの間が空いて、答えた。

『まあ……レッドがわたしを拾った後に、村を焼き尽くしたわ』

「それって復讐、か?」

『所詮、わたしは大罪人の首よ。どうでもいいでしょ』

 マルナの質問に対して、少し不機嫌に答えていた。

「なんか、みんなが立て続けに質問しちゃってごめんね」

『いいけど、あなたも不老不死、よね?』

 今度はシアンに質問された。

 というか――、

「あれ、言ったっけ?」

『わたしと同じ匂い? いえ、勘、みたいなものかしら? それでなんとなく』

「そう……だけど」

 思い出した。

 不老不死で首斬られたら、首に意識がいく、って森様が言っていた。

 シアンはおそらくその一号なのだろう。

「シアンって、レッドと一緒に居られて幸せなの? というか付き合ってるの?」

『幸せそうに見えない?』

「じゃあ、付き合って――」

『まさか、あいつからは仕事上のパートナー以上の関係になってないわ』

「あなたはなりたいんだ?」

 わたしが訊く度、顔が赤くなっていく。

『身体さえ残ってれば、発展できたのに……』

 マルナが待ったをかけた。

「だ、だが、さっきはキスをしていたじゃないかッ!?」

 顔を火照らせて訊いてきた。

 もしかして、マルナはこの手の話題に弱い?

『そりゃ、わたしとキスしたら、しばらく力が解放したり、わたしも使える術が増えたりするわよ』

「ドーピングってこと?」

 それで、あんな強さになったんだ……。

『ま、そうじゃなくても、寝る前にはキスしてくれるわよ♡』

 ウィンクしてきた。

 舌が出ているから色気があるんだよな。首だけなのに。

『あッ、長話しちゃったわね。そろそろわたしを置いて逃げた方がいいわよ』

「えッ? なんで?」

『あいつも心象術が使えるけど、恐ろしいものよ』

「やっぱり持ってるんだ」

『いや、ホント、逃げた方がいいわよ? あとで言い訳しておくから』

 えッ? すごく焦っている声だ。

 マジの忠告の声だ。

 わたしたち全員が顔を見合わせて、「?」となっていると。レッドが荷物を抱えて帰ってきた。

『あーあ、タイムアップね』

「なんのこと?」

 未だに状況が掴めない。

「お前ら、こいつら知ってるか?」

 うん、手配書かな?

「これ、なんだけどさ」

 荷物から、女の首を髪を振り払いながら二つ取り出した。

「「「「きゃあぁぁぁぁぁッ!!」」」」

 雪原の真ん中で、雪山まで響くぐらい大きな悲鳴を上げた。

 落ち着け、これらってきっと――、

「な、な、な、その首も、喋――ッ!」

「これは死人の首だ。まあ、正当防衛で得たものだ」

「「「「いやあぁぁぁぁぁッ!」」」」

 わたしたちは固まって、レッドから離れた。

『だから、言ったのに……』

 シアンは、呆れた目つきと溜め息を吐く仕草をするかのごとく口を開けた。

 ただ一人、プリエの反応は違った。

 プリエが興味津々そうに、一つの首を持った。

「プ、プリエッ!? い、一体なにをしているんですかッ!?」

 ブランが罰当たりだと言わんばかりに声を荒げて訊いた。

「いや、見覚えがある。レッド、これをどこで?」

「確か、荒野で出会ったんだ。馬車に載せてもらった時に襲われた」

 えッ、プリエ面識あるの?

「プリエ、その人たちは?」

「我の父以外の手下の一人です。すれ違った程度ではありますが……」

「えッ? じゃあ、マルナを狙ってる刺客ってこと?」

「ええ。だけど、荒野というと、ここの隣のヴェント市国になる。これをいつ?」

「一週間前くらいだ」

 えッ? 一週間?

『恐ろしい、って言った意味、わかってきた?』

 シアンの言ってきたことが理解してきた。

 わたしは、恐る恐る、彼の握る首を見に近づく。

 女の黒い髪は乱れて、目は虚ろだが、死人というには綺麗だ。

 唇は渇いていたが、、大きく開いた口から出た舌は泥で汚れているものの唾液で潤っていた。

 現に、唾液が垂れている。

 もう一つ、プリエが見ていた女の首も、あの首と姉妹なのかの年齢差があるだけで、状態は同じだ。

 まったく腐敗していない。

 まるで生きているかのように美しい状態だ。

「これって、一体……ッ?」

 シアンがわたしの指を舐めた。

『それがレッドの心象術、永遠の能力よ』

 永遠……。それで首の状態を……。うん?

「ってことは……今まで狩った首って――」

「無論、これと同じ状態だ。綺麗だろ?」

「いや、むしろ怖いよッ!」

『怖がるのはそれだけじゃないわよ。屋敷には、これがいっぱいあるから――』

「やめてぇッ! き・き・た・く・なぁぁぁぁぁいッ!」

 もう、ドン引きってレベルじゃないよッ!

 暗殺家どころか、サイコパスじゃんッ! 怖いよぉッ!

「ですが、ご主人。レッドのおかげで、刺客が減ったということになります」

「そういや、こいつら含めて10人はいたかな」

『いえ、20人はいたわ』

「全員の首を狩らなかったのか?」

「俺はあくまで、悪党の女の首を狙ってるんだ。男の死体がどうなろうと知ったことじゃない」

『それどころか、最初に女の首を狩って、身体を盾代わりにして、男どもを肉片にして、最後に残った女が大きな胸を使って命乞いしたのを気にも留めずに――』

「もうやめてッ! プリエも、レッドも、シアンもッ!」

 なんつーグロテスクな会話が始まってんだよッ!

 残酷描写の特盛を持ってくるなッ!

「すみません、ご主人。実は、レッドの戦闘能力を測ってまして……」

 そう言いながら、レッドに女の首を返した。

「レッドの戦闘能力……」

 確かに、今まで相手した中で一番に強かった。

 シアンによるドーピングがあったとしても、素のレッドの戦闘能力は本物だ。

 プリエが言いたいことはわかった。

 今後襲ってくる刺客がどこから来るのか、わからない。

 だったら――。

「あの、レッド……いえ、レッドさん、シアンさんッ!」

 わたしの態度にキョトンとした目で見つめる二人。

「どうしたんだ? 急に態度を改めて?」

『別に遠慮なんかしなくっていいのに』

 わたしは頭を下げた。

「わたしたちと一緒にマルナを護ってくれませんかッ! お願いしますッ!」

「「「ちょっと。ノルン(ノルン様)(マスター)ッ!?」」」

 後ろで三人が驚きの声を上げる。

 三人の言いたいことも無理はない

 それを聞いたレッドは深く溜め息を吐いた。

「断る」

 二つの首を持ってそっぽを向かれてしまった。

「やっぱり、ダメ――」

 諦めの言葉を口にしかけた瞬間、レッドさんは真っ直ぐな目で見つめてくれた。

「お前は勝者の上に俺の命の恩人なんだ。お前たちを護るって言うなら協力させてくれ」

「レッドさんッ!」

『ま、乗り掛かった舟だし。あなたたちと手を組んだ方が色々と捗りそうよね』

「シアンさんッ! 二人とも、ありがとうございますッ!」

 わたしは再び頭を下げた。持っているシアンさんはにやりと口元を上げた。

「だから、こちらこそよろしく頼むよ。えっと、名前を聞いてなかったな」

「ノルンですッ! ノルン=ブルット、よろしくお願いしますッ!」

「よろしくな、ノルン」

 レッドさんから握手を求められた時、あることを思いついた。

「なら、もう一つお願いしても?」

 レッドさんが首を傾げた。

「首狩りの俺が叶えられる範囲ならいいが?」

「じゃあ、剣術を教えてくださいッ!」

 そうお願いすると、レッドは困ったという表情を見せた。

 シアンさんも目を丸くした。

「俺に? 剣を教わるって言ったのか?」

 そう言うと、レッドさんがわたしへ女の刺客の首の顔を向けた。

 目が虚ろで、口を開けて、舌がベロっと垂れている美女の首たちだ。

 脅しているつもりなのだろう。

「ハッキリ言って、殺人剣。しかも、女の首を狩る、猟奇的な殺し屋だぞ?」

「それはつまり、実戦的な剣術の使い手ってことですよねッ!」

「俺がなんのために女の顔を向けたか、意味がわかって言っているのかッ!?」

「ぶっちゃけ、その行為にはドン引きですが、それでも剣術は学びたいんですッ!」

 レッドさんはまたも深い溜め息を吐いた。

「どう抗っても聞かないんだな……。なら、訊くが、どうしてそこまで俺に?」

「あなたにはちゃんと勝ってないから」

 レッドさんが頭を垂らした。

『いいんじゃない? この子自身の腕が上がれば万々歳でしょ?』

「だけどなぁ……」

「我からもお願いするッ! いえ、お願いしますッ! ご協力くださいッ!」

 シアンさんにプリエまで、後押ししてくれた。

『それにさ、この子の銃術、借りてもよくない?』

「ギブアンドテイクってところか……」

 レッドの発言を聞いたプリエがシアンに尋ねた。

「シアン殿。レッド殿にとって、ギブアンドテイクとはどういうことですか?」

『簡単な話よ、銃に対する対策が上段じゃないのよ』

「なるほど。ご主人から銃術を、レッド殿から剣術を学ぶわけですね」

『銃を知るってのはあってるけど、扱うってわけじゃないのよ?』

 二人の視線がわたしに移る。

「えぇ? でも、わたし、基本近距離ファイターですよ?」

「銃のことを学ばせてくれるなら、俺の剣術を教えてやる。これならどうだ?」

 なるほどな……。

 確かに、近距離に特化していきつつ、ベオウルフの銃の変形を増やして、射程を伸ばしたりするのも、戦術の一つか。

「わかりましたッ! そういうことなら、わたしが銃のことを教えますねッ!」

「交渉成立だな」

 わたしとレッドさんは互いに学び合う、ということを了承した。

「よかったですね、ご主人ッ!」

「よくありませんッ!」

 わたしを祝福するプリエをブランがドロップキックした。

 あれ? そういや、マルナとペファーは?

「お前という者は勝手に話を進めて……ッ!」

「この馬鹿マスターッ!」

 二人とも、わたしに雪玉を投げてきたッ!

「冷たッ!」

『ノルン、わたしも当たってるし、冷たいッ!』

「ああ、ごめんなさいッ!」

 もう、話がまとまったのに……。

 レッドさんは首二つ持ってるし、プリエはブランと雪をかけあってるし……。

 あッ、そうだ、この積もった雪の山に置こう。

「シアンさん、ちょっと置かせてもらいますね」

『ねえ? 嘘よね? 嘘だよね? 首の断面に雪は――冷たッ!』

「ごめんなさいッ! 三人を説得しなきゃいけなくなっちゃいましたッ!」

『いや、だからさ~~~~~~~舌の付け根まで冷えるッ!』

 わたしも雪玉を持って、マルナとペファーに投げつける。

「そりゃあぁぁぁぁぁッ!」


 俺は、少女5人が雪合戦している様子を遠くから眺めていた。

『ねえ~~~、レッド~~~ッ!』

 震えている女の声が頭に響いた。

「どうした?」

『よく平然と、いられるわね~~~ッ! 相棒が凍えてんのに~~~ッ!』

「悪い、既に両手に華だ」

 そう言ってやると、二人の首の舌を絡め合わせた。

『女の首を華、って言うの、この世であなただけでしょうがッ!』

 しょうがない。

 俺は二つの首のディープキスをやめて、シアンの両隣に置いた。

 三つの美女の首の雪だるまを眺めていた。

「これでケルベロス雪だるまの出来上がりだな」

『……今日、本当に心配したのよ』

 シアンが涙目で怒っていた。

『……死んだと思って、いっぱい泣いて、プリエに拭いてもらったのよ』

「あの、シアン……」

『それをこういう仕打ちしてくるなんてッ! 夜になったら、襲うわよッ! この首で、あなたの――』

 目つきが変わったのに気づき、背筋を凍らせた。

 急いで、シアンの首を雪から介抱する。

「ごめんごめんごめんッ! 冷たくしてごめんなッ! 心配させてごめんなッ!」

 今の目つきは本気だった。

 童貞ではないのだが、シアンに襲われるなんて、御免だ。

 そうじゃなくても、幾度も襲われかけていた。

 シアンを首全体から雪を払い、軽いキスをした。

「これで、頼むッ!」

 即座にシアンと顔を離したが、ベロンと舌を伸ばしてきた。

 怒った顔ではなくなったが、自分が主導権を握ったと勝ち誇った顔をしている。

 悔しいが、エロ可愛い。

 長い舌が俺の手をペロペロと舐めていた。

『えー? どうしよっかなー? でも、キスだけじゃ物足らないなー』

「どうしろ、と?」

『今日のお風呂、一緒に浸かったら、許してあげる♡』

 断ったら、本気で襲われる。

 危険なことには変わりないが、受け入れるしかない……。

「わかったから、それ以上のことは……勘弁だからな?」

『やった♡』

 彼女が上機嫌になった。

 舌を縮ませて笑顔を見せてくれたのが証拠だ。

 可愛いので、頭を撫でた。

『キスがよかったなー』

「夜まで、部屋まで我慢してくれ……」

『約束よ♡』

 目を細めて、唇を舐め回す。

 今日の夜は長そうだ……。

『ところでさ……』

「なんだ?」

 真面目な顔をして舌なめずりした。

『本当に、狩るつもりはないのね?』

「マルナも、ノルンたちも、殺すつもりはない」

『偉く、人情に厚いこと』

「誉めているのか?」

『半分はね』

「もう半分は?」

『あなたが関わったせいで、余計な恩と心配をしたから』

「……本当に悪かったよ」

 そう言って、俺は彼女のイヤリングを耳たぶごと触れた。

『本当に、馬鹿……』

「でも、あいつらと出会って、いい気分になったんだ」

『どういうこと?』

「プリエに会えた、そんな気がしたから」

『……ちょっと、目を舐めさせて』

 明らかに怒気がこもった声で命令してきた。

 彼女の目が真剣な眼差しで見つめていた。

 舌が出ているのは元からだ。

 仕方なく、彼女の顔を俺の目に近づけた。

 本当に目を舐めるのか、怖かった。

 しかし、彼女の目尻から涙が一滴流れたのを見た。

 そして、頬を伝って顎から落ちると、舌を伸ばして、俺の目尻に当てた。

『そのまま、頬を伝って顎まで。ゆっくりよ』

 言われるがままに、ゆっくりと頬へと下げて、顎まで持っていった。

 目尻から顎に至るまで舐められたことになる。

『わたしの涙、わかった?』

「うん、ごめん」

 シアンは自分がどれだけ心配していたのかをわからせるために舐めていたのだ。

『今まで危ない橋を渡ってきたけど、今日はあなたが死んだと思って、本気で泣いたわ』

「ごめん」

 謝る言葉しか返せない。

『あなたが協力関係を本気で取り組むなら止めない。むしろ、あなたが未知の依頼人と対峙するなら、この関係を勧めるわ』

「うん」

『だけど――ッ!』

 シアンの蒼い目つきは獣のごとく、だらんと舌を垂らし、ぱあっと顎を開けた、涎だらけの口内を見せつけた。

 その顔は、俺を本気で襲う顔だ。

 シアンが自分を自由に使ってくれ、と誘っている顔だ。

 何度、その甘美な誘惑に耐え忍んできたか、数えたことはない。

『次、あんな目に遭ったら、あなたの自由を奪って、あなたの精力を全部搾り取るわッ!』

「本気で、できるのか?」

 いや、できるのだろう。シアンなら

『あなたと出会って何年、この欲望を抑え込まれてきたか。だから、死なないで。いえ、死にそうにならないで。じゃないと、本気で襲うから』

 彼女の言葉は本気だ。

 その気になれば、人目を気にせずに実行していた。

「わかった。もう、負けない。絶対無事に生き抜くよ」

 彼女の開いた顎を閉ざし、涎を舌先に垂れさせた。

『確定事項だからね。約束とかじゃ、破られるから』

「うん」

 金髪の頭を撫でてやると、年不相応な可愛い目と潤った唇、それから漏れ出た艶美な舌、美少女とも呼べる可愛くもエロさを感じさせる笑顔を見せた。

『だから、ちゃんと信じて、わたしを』

「わかった」

『キス、してくれないの?』

「部屋まで我慢してくれ。ちゃんと付き合うから」

『うん♡』

 俺は今日一日で、多くの約束を結んでしまった。

 そして、これはシアンに言えないことだが、決心していることもある。

 もう、シアンの顔を涙で濡らせない。

「レッドさーん。混ざりませんかー?」

『お呼びだってさ。ちゃんとわたしを付けてってよ』

 俺はシアンをいつも通り腰に付けた。

「雪合戦なんて、ガキの頃以来だぞッ!」

 俺はノルンたちの雪合戦に、日が暮れるまで付き合うことになった。

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