危険な男、レッド

 胡散臭すぎるレッドさんから離れようと、ブランと相槌を打つが、

 しかし、すぐに呼び止められた。

「お前ら、ここの地方の人か?」

「いえ、違います」

「ワタシたちはなにも関係ありませんよー」

 一刻も早く逃れたかった。その一心で、頑なに足を彼とは反対の方へ向けた。

 ここの地方の人ではなかっただろうし、話すことはなにもなかった。

「なぁ、待ってくれよッ!」

 速い。わたしたちを追ってくる足音が速い。

 このままじゃ振り切れない。

「でーすーかーらーッ! わたしたちはここの地方の人間じゃありませんってばッ!」

 わたしは振り返って彼に訴えた。

「そうは言っても、お前たちもなにか目的があって来たんだろ?」

「うッ……」

 わたしたちは言葉を詰まらせた。

 何分言い訳が思いつかない。

「ここでわかりやすい嘘を吐くか、俺と同行するか、どっちがいい?」

 レッドから逃れることはできないようだ。

「……わたしたちを、脅しているんですか?」

「人がいるのは助かる、ってのは認める」

 レッドも困り果てていたようだ。

「……わかりました。ただし、安全な場所に着くまでですからね?」

「ここに安全な場所があるのかはわからんが、それでいい」

「……」

 ブランが不満げな顔をしているが、しょうがない。

 ずっとついてこられても困るのだ。

 と、いうことを耳打ちしたって、地獄耳のレッドには筒抜けだろうし……。

「それで、どちらに?」

「お前たちに任せたいのだが……ひとまず、洞窟に行きたい」

「洞窟……」

「洞窟で一体……?」

「互いに訊き合いはやめておこうぜ。こっちも訊き出しはしないから」

 レッドもワケありのようだ。

 まぁ、こっちもワケありなんだけどね……。

 互いに不干渉、というのならこちらとしてもありがたい。

 正直、レッドの事情を訊く理由もないからね。

 こうして、レッドとかいう胡散臭い男と同行することになったわけだけど、本当に大丈夫かなぁ?

 ブランがずっと、レッドとそっぽ向けているし……。

 打合せして逃げるのも厳しいよね……。

 そんな緊張感を抱きながら、雪山へと向かっていった。

 目的はもちろん、レッドを突き放すためだ。

 失礼かもしれないが、わたしたちはこの要注意人物をマルナたちの元へと連れていくわけにはいかない。

 そう言いつつ、鉱山地帯まで来たみたいだ。カミホのマップに載ってあった。

 雪山の中でも場所がわかるなんて便利だ。

 文明の尊さを学べるよ。

「ここ、か。雪風は凌げそうだな」

 洞窟の中に辿り着いたわたしたちはレッドを先導にして進んでいった。

「お、あったあった」

 人形師と名乗るレッドがなぜ鉱石を求めているのかは素人のわたしにはわからないなぁ。

「あの、レッドさん? どうしたんです?」

「いや、このグラキエス帝国でここまで来たのはラム鋼なんでな。とりあえず……」

 レッドは荷物から組み立て式のツルハシで、そのラム鋼を採掘していた。

 見れば、鉱石はたくさんあるようだ。

「ありがとうな。ここなら雪が晴れるまでいられそうだ」

「えッ?」

 レッドの別れにわたしは戸惑った。

 ブランがわたしの腕を強引に引っ張った

「行きましょう、ノルン様」

「じゃ、じゃあ、元気で」

「おう、また会おうぜ」

 それ以上言葉を交わすことなく、わたしとブランは洞窟から出ていった。


 洞窟から出て、下山しているわたしとブラン。

 レッドが追ってこないことを確認すると、ブランが重い口を開いた。

「ブラン、どうしたの?」

「レッド、という男、人形師と名乗っていましたよね?」

「うん。多分、嘘だろうけど」

「はい。血の匂いが濃かったので、間違いなく」

「血の匂いが濃い?」

「あの男、千は超える返り血を浴びています。身体や服は洗えても、ワタシの鼻からは逃げられません」

「犬神ってそこまでわかるの?」

「舐めないでくださいよ。ワタシの鼻を」

「ふふ、信じるよ」

 と、まぁ、なごみはしましたが、ってことは滅茶苦茶ヤバい人じゃんッ!

 ジャック・ザ・リッパーみたいな殺人鬼がいるだなんてッ!

 よく、わたしはあれに引き金を引けたもんだよ……。

「これからは慎重に、わかりました?」

「でも、ぱっと見じゃわからなかったし……」

「返事は?」

「はい、ごめんなさい」

 ブランに頭を下げる形になった。

 うん? のそりのそり、足音が聞こえてくる……。

 顔を上げると、白い子熊たちがこちらの様子を窺いながら近づいてきた。

「ノルン様、お気をつけ――」

「大丈夫だよ、この子たちは。おいで」

 手招きすると白い子熊がよちよちと歩きながら近づいてきた。

 うしろからもう一頭も現れ、二頭がわたしの手に頭を乗せてきた。

 これは懐かれているんだろうか。

 いや、狼の件でもそうだったし、間違いなくじゃれついてきてる。

「先ほど、苦言を呈したばかりなのに……」

 ブランは頬をぷくっと膨らませた。

「まぁまぁ、いいじゃない。子熊の二頭くらい」

 わたしは呑気に笑っていた。

 秘かに後をつけられているとも知らずに。

 わたしはこの後の惨事において、非常に愚かで、浮足だっていたのだ。


『あれについていって大丈夫なの?』

「問題ない。これでも、慎重な方さ」

『慎重、ねえ。わたしから見たらただの小娘だと思うんだけど』

「こんなところに神獣を含めたとしても、小娘がいるのはおかしいからな」

『じゃあ、あなたの目論見通りってことかしら?』

「ああ、いるはずだ。マルナ=イグナイトが」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る