紅と蒼の襲来

 わたしとブランはブリザードベアの子熊を二匹連れて雪山から下山していった。

 しかし大丈夫かな。わたしたちのこと、親のように見てくれてるんだけど……。

 目の前で殺されちゃったもんね。しょうがないかもね。

 結局、人といっても、危険人物しか会わなかったし。

 そろそろマルナたちと合流しようかな。

 ケンカしてなきゃいいけど……。

 いや、ブランとプリエほど仲悪くならないでしょ。

 キューキュー。

 子熊たちが鳴いてる。可愛い。

 狼たちとケンカしなきゃいいけど……。

 どうして不安な組み合わせが何組もあるんだろ?

 まぁいいか。帰ってから確認すればいいだろうし。

 キューキュー。

 やっぱりこの子たち可愛いなぁ……。

「口元が溶けたようににやけていますよ。ノルン様」

「ホント?」

「ちょっとは万に一のことを考えてくださいよ」

「だ、大丈夫だってッ!」

 心配性だなぁ、ノルンは。

 賑やかなのは好きなのになぁ。


 魔法陣の近くで待っていたマルナとプリエが見えた。

 二人はわたしが連れてる子熊二匹を見て警戒する。

「大丈夫、大丈夫ッ! この子たちわたしが飼うことにしたからッ!」

 それを聞いて、二人は警戒を解いた。

「飼うって、熊を、ですか?」

 プリエが尋ねてきた。

「ノルン、熊は熊だぞ。流石に違いがあるぞ」

 マルナまで反対する?

 いやいや、押し込められるなッ!

「いいのッ! この子たちが問題起こさないように見守るからッ!」

 キューキュー。

「確かに、敵意はない、と言っていますが……」

「どうしたの? プリエ」

「その子熊は、どうやらご主人を母親と認識していらっしゃるようです」

 えッ?

「そう、なの?」

 子熊に顔を向ける。

 キュー。

 二頭がわたしにくっついてきた。

 甘えているみたいだ。

 やっぱり可愛いなぁ――。

「ッ! ご主人ッ!」

 プリエが突然わたしを雪に叩きつけた。

 叩きつけたプリエがグサッとなにかに刺された音が聞こえた。

 わたしは雪から離れた顔を上げると、プリエの肩にナイフのようなものが刺さっていた。

「プリエッ! 大丈夫ッ!?」

「この程度は大丈夫です……」

 するとナイフを投げた方へ全員が視線を向けた。

 ブランは驚きで目を丸くしていた。

「そんな……、馬鹿な……」

「ブラン?」

「気配など感じなかったのに……」

「ブランってばッ!」

 ブランの様子が明らかにおかしい。

「護封陣ッ!」

 ブランが雪面に手を当てて、結界を張った。

 わたしは冷静になり、プリエからナイフを取り出し、魔法で治癒する。

 子熊たちはわたしにひっついたままだ。

 一体、誰がこんな芸当を――ッ!

 いや、知ってる。あの技を――。

 何故。気配はしなかったはずなのに――。

 ブランも気づかないなんて――。

 だからこそ、子熊は怯えている――。

「そんな、あれが?」

「あれ? なにがあった?」

「実は――ッ!」

 わたしが話そうとした瞬間、ブランが張った結界が砕けていった。

 そして人影が近づいてくる。

 紅い瞳をした男が、赤の日本刀を持って、近づいてくる。

 その男が、ブランを、わたしを、子熊たちを、プリエを無視して――。

 マルナに斬りかかった。

 マルナは反射的に握っていた槍でこれを防いだ。

「お前がマルナ=イグナイトか」

「お前は何者だッ!」

 マルナは刀に弾き飛ばされてしまう。

 力自慢、というわけでもなかったが、それでも、マルナを上回っている。

「これは、失礼した。俺は首狩りを営んでいるレッド。あなたの首を貰いに来た」

「首狩りッ!?」

 それって、マルナの首を狙いに来たって言われた――ッ!

 わたしは特徴を思い出し、腰を見ると、さっき会った時には付けていなかった美女の首がぶら下がっていた。

 美女の首は金髪蒼眼だった。口元は弛緩していったか、大きく開けており、舌がだらんと垂れている。血の匂いや痕がないのに、血色がいい。

「その首って、まさか……ッ!」

「ああ、これか。これはシアンだ。大事な仕事パートナーだ」

 そう言って、腰から首を取り出してみせた。

 まるで、敵将の首を討ち取ったかのような振舞いだった。

「貴様ッ! 死者を冒涜しているのかッ!」

「そうかな? これは未来のお前かもしれないぜ」

「なに……ッ!?」

 刹那、レッドはシアンという生首を腰にぶら下げ、赤い刀に持ち替えた。

 器用さ以前に、その素早い所作に驚いた。

「さて、仕事の時間だ」

 レッドの目と日本刀が赤く光った。

 それに見惚れている間に、ビームサーベルのような赤い光の斬撃がマルナを襲った。

 マルナは寸前で躱していたが――。

「マルナッ!」

 わたしはベオウルフでレッドを狙って撃った。

 その銃撃はわずか、肩に掠った程度で、服を破いた程度に過ぎなかった。

「動かないでッ! 次は頭を撃つよッ!」

「それは銃か……。いや、ただの銃じゃねぇだろ」

 銃を知ってる? 異大陸で発展しているからなのか。いや、それよりも――。

「ノルン、といったな。お前の友人だろうがなんだか知らないが、そこをどけ」

「どくのは、あなたよッ!」

 バンッ!

 わたしは引き金を引いた。銃弾は彼の額に目掛けて直進している。

 しかし、その銃弾は赤い日本刀で縦に割れていった。

 速かった。目で追うのがやっとだった。

「ブラン、プリエッ! 今のうちにマルナと、子熊たちをッ!」

「……はいッ!」

「わかりましたッ!」

 ブランとプリエにマルナと子熊を逃がすように頼んだ。

 一時迷いが見られたが、それは仕方ないと思う。

 わたしがベオウルフでレッドを釘付けにしている間に――。

「甘いな。拳銃二挺、お前一人で足止めのつもりか?」

「悪いけど、わたしも本気であなたを殺しにかかるよ」

 仲間、家族のため、国のため、世界のため、なんだっていい。

 わたしに生殺与奪の権利を奪えるのなら、容赦はしないッ!

「そうかい。それじゃあ、首を四つ持ち帰らせてもらうぞ」

「えッ?」

 レッドの言葉に戸惑っていると、わたしの後ろ、マルナたちのいる方角から爆発音が轟いた。

 うそ……。

「よそ見してる場合かッ!」

 わたしの腹に鈍いものが殴られ、いや、蹴られたのだ。

「ゲホッ!」

 血反吐を吐いた。

 マルナたちの様子が気になって仕方ない。

 だけど、それを確認させるのをレッドが許さなかった。

 仰け反っているわたしの横で赤い刀で薙ぎ払う姿勢を取っていた。

「く……ッ!」

 間一髪、後ずさりをして避けた。

 後ろを見たい。でも、振り向けばわたしの首は彼の手に墜ちる。そうなれば、みんなも……。

 キュー。

 子熊の鳴き声が僅かに聞こえた。

 ということは、みんなはまだ生きているッ! そう確信が持てるッ!

 わたしの後ろから近づいてくる足音が聞こえてくる。

 子熊じゃない。人の歩き方だ。

「ご主人ッ! 無事ですかッ!?」

 プリエが炎の弾をレッドにぶつけながら、駆けつけてくれた。

「みんなはッ!?」

「ブランに任せましたッ!」

 よかった。要するに全員無事なんだ。

「ちッ。術を外したな。お前」

 炎の弾をぶつけられたはずのレッドはどこも焦げておらず、平然としていた。

 腰にぶら下がっている女の生首を叩いていたが。

「ま、術を打ち消したからいいが、な」

 今度は撫で始めた。

 この男、やはり狂っている。

 でも、おかしい。

 彼から魔法の気配は感じなかった。

 いや、なにかしらの力は感じていたが。

「プリエ、今の心当たりある?」

「おそらくですが、心象術と呼ばれるものかと」

「心象術?」

「異大陸で発展している、心の象形が魔法と同じように働くものです」

「でも、あの人からあんな大きな魔力は感じないよ?」

 わたしたちが話し合っていると、レッドが姿を消した。

 気配は感じない。だけど、来る方向は寸前にわかるッ!

 その瞬間、ベオウルフで仕留めるッ!

 ……いたッ!

「そこッ!」

 感じ取った方へ銃口へ向けて発砲したが、当たらなかった。

 自信はあったのだ。これで当てられると。

 確かに方向にレッドがいたのだ。

 しかし、レッドのいる位置がわたしたちから遠いのだ。

 あれが心象術? 風の刃がこちらに向かってきた。

 やはりおかしい。レッドからそんな力は感じられない。なのに――ッ!

「そうかッ!」

 風の刃を躱しながら、プリエがなにかに気づいた。

「見方を変えてくださいッ! 心象術を放っているのはあの男ではありませんッ!」

 レッドが放っているのでないとすると、他に味方がいるのか? 他に――?

 もう一度、レッドが姿を眩ます。

 わたしは回避に専念して観察に入ることにした。

 レッドが姿を現した。今度は氷のつぶてが襲い掛かってくる。

 その瞬間を回避と観察に充てた。

 観察してわかったのは、他に人間の仲間がいないこと。

 もうひとつは、レッドの腰にぶら下げている女の生首の目と垂れた舌が動いたのが見えた。

 そっかッ! あの首、生きているんだッ!

「やっとわかったッ!」

 森様が言っていた、不老不死で首を斬られたら首に意識が移る、と。

 このことだったのか。あの女の首は不老不死の術使いで、レッドに使われてる、と。

「はいッ! あれを手放させればッ!」

 プリエが言うと、レッドに捕まれた女の首が、口から炎のブレスを吐いてきた。

 すごい火力だ。当たりはしなかったが、ようやっと本気を出させた、といったところか。

『流石に吸血鬼にはバレるわねッ!』

 頭の中に女の声が響いてくる。

「今の声は?」

『気づいてんでしょッ! わたし、シアンよッ!』

 そう言うと、女の首、シアンがわたしたちに向けてベロベロベーと舌を動かしていった。

 なるほどね。

 あっちは最初から二人組。

 レッドの近接攻撃、シアンの心象術での支援。

 すべては一人だけだと錯覚させるためのブラフだったのだ。

 しかし、それはこっちも同じだ。

 剣術に自信はないけど、銃術、体術、魔法だってあるんだ。

 それに一人じゃない。

 プリエはわたしを助けにここまで来てくれたのだ。

「こっちだって負けてないよッ! プリエッ!」

「最初から助太刀のつもりですッ!」

 さて、相手はわたし以上の神速と術の使い手。

 逃げる手も、逃がす手も、ありはしないッ!

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