赤の男

 わたしたちは畑の管理、狼たちの世話、ペファーの看病を済ませた。

「マスター、あたしも……」

「ダメだよ。熱も下がっていないのに」

「うん……」

「帰ってくるまでおとなしく、ね」

「気をつけて……、マスター……。あんたのお人好しが心配で……」

 ペファーはわたしが部屋を出るまで心配してくれた。

 雪原に行くのは、わたしとマルナ、ブランとプリエの四人だ。

 ダイゴロウたちは置いていく。雪原になにがあるかわからないからね。

 防寒具を着込んで、いよいよ転移魔方陣に足を踏み入れる。

「いってきます。みんな」


 雪原に着いた時、寒さを感じた。

 だが、それは肌が露出した部分だけであり、他は寒さを感じさせなかった。

 一昨日と比べて、だいぶ楽だ。

「大丈夫ですか? ノルン様、マルナ様」

「大丈夫だよ」

「わたしもだ。問題ない」

「よかった。我とブランでは、ご主人たちの様子がわからないからな」

「二人とも、心配してくれてありがとう。早速だけど、探索しようか」

 と言ってみたはいいものの、どう探索すればいいんだろ?

「それでは、二手に分かれてこの周辺を探索しましょう」

 ブランが仕切ってくれた。正直助かる。

「そうだな。ただ、お前と組むつもりはない」

「それはこちらの台詞です。プリエ」

 プリエとブランがバチバチと火花を散らしている。お願いだから、ここでケンカはやめてよ……。

「わかったわかった。じゃ、グーパーで決めるよ」

「「「ぐーぱー?」」」

「えッ?」

 三人のなにそれっていう疑問形が顔に浮かんできている。

 あれ? グーパーどころかジャンケンも知らないのでは?

「あのぉ、ジャンケンって知ってる?」

「知ってる」

「知っています」

「存じております」

 よかった。なら、後の説明は楽になる。

「えっとね、グーとパーだけでジャンケンをするの。それで同じ手を出した人と手を組むの」

「なるほど、自然と二組になれるようになるわけか」

「今回は、ブランとプリエが分かれたいことだから、わたしとマルナ、ブランとプリエでグーパーしよ」

「なるほど、二人でジャンケンしてその手が合った者同士でペアを組むと」

「それなら、我がブランと組まずに済むわけですね」

「ワタシの台詞です」

「こっちの台詞だ」

 ああもう、折角まとまりかけたのに、どうしてこう揉めるかなぁ……。

「異とは理解した。それでは始めるとしようか」

 わたしとマルナ、ブランとプリエが対になってジャンケンをする態勢を整えた。

「じゃ、いくよッ!」

「「「「ジャンケン、ポンッ!」」」」

 全員が拳を振り下ろした。

 ジャンケンはわたしがパー、マルナがグー。

「どっちがどっちだった?」

 ブランとプリエも見てみた。ブランとプリエも一手で決めたようだ。

「ワタシがパーです」

「我はグーです」

「そっか、じゃあ、わたしはブランと一緒だね」

「はい、そうですね」

 そう言いながら、ブランの尻尾はブンブンと振っている。

 嬉しい、のかな? そんなに懐かれることなんてしてないけど……。

「そうか……。では、我はマルナと一緒に行動しましょう」

「うん、頼んだよ」

「お任せください。マルナの命は護ってみせます」

 今考えれば奇妙な縁だ。

 かつてエリザベートとしてマルナの命を狙ってきた子に護衛を任せるなんて。

「マルナがいれば、わたしも安心だ。だが、目印を立てた方がいいのでは?」

「それは不要だ。我は魔法陣の魔力を感じることができる。目印はいらない」

「ワタシも同じです。魔法陣の魔力を感知して場所の把握ができます」

「そっか。なら、二人を別にしてよかったよ」

 わたしじゃ感知できないけど、魔力出てたんだ。

 魔族と神獣だからわかることなのかな。

「とりあえず、別行動ってことで。二人とも気をつけてね」

「ああ」

「かしこまりました」

 わたしとブラン、マルナとプリエの二組は別方向の道へと歩き始めた。


 すごいな……、前世の修学旅行の北海道より、一面白景色、雪だらけだ。

 あの時はスノーシューズで雪の上を歩いたっけ。

 だけど、この国にそんな技術がなく、腰まで積もっている雪の中を掻き分けながら進んでいく。

 当たり前か、ここまで歩いてきてわかったのは人が踏みしめた形跡がないこと。

 まぁ、わたしたちが進んでいる先って、山の方だし。

 白い鹿が何頭も見かけはするけど、やはり人が踏み入れた形跡ってないね。

「どう、ブラン? あなたの鼻になにか感じない?」

「はい……。今しがた獣の血を匂いました」

「数は?」

「一頭だけかと……。こちらに群れが逃げてきています」

 雪の中を進む群れの音が聞こえてきた。

 白い鹿たちが一目散に逃げていくのを傍目から見ていた。

「どうしますか、ノルン様?」

「進んでみよう、不意打ちされるよりはいい」

 わたしはブランの鼻に身を任せ、遠くからその現場に居合わせた。

 そこには、白い鹿を食べる白い毛を紅く染めていた熊だった。

 カミホで遠くからスキャンする。


ブリザードベア

『吹雪に紛れて高速で命を刈り取る熊。高い雪の上を平然と歩ける』


 わたしはスキャンを終えると、樹々に身を潜めて様子を見た。

 ブリザードベアがなにかを発見した様だ。

「ノルン様、人間ですッ! 人間の気配がしますッ!」

「えッ? 気づかなかったの?」

「ええ。どうやら、我々と同じく身を潜めていた様で……今まで気づきませんでした」

 わたしはともかく、ブランでさえ気づかなかった人間なんて……。

 ブリザードベアはクラウチングスタートのような構えを取ってからその方向へと走り出した。

 獣の四足歩行とは違った二足でのダッシュだった。

 その時、ブリザードベアが前に転げてしまった。

 その足には短剣が突き刺さっていた。

 すぐさま、人間が、男が、ブリザードベアの右腕を斬った。

 あれは日本刀か? 素人のわたしでもわかる。斬れ味のいい代物だ。

 その日本刀は赤い。血に染まったからでない。血の紅がわからないほどの赤い日本刀だ。

 この男、いったい……?

「悪いが、そっちが先だからな」

 赤い刀はブリザードベアの白い身体めがけて振り下ろし、鮮血に染まっていった。

 深紅に染まった男はとどめを刺すため、ブリザードベアの首へ移動する。

 そこへ小さい白い熊が四足で駆けつけてきた。

 もしかして、あの熊の子供……?

 男は熊の首の切断をやめ、赤い刃を子熊に向けた。

「謝るつもりはない。ただ、来るというのなら――」

「ッ!!」

 わたしは赤い刀へたまらずベオウルフで発砲した。

 すると、男の血のように紅い瞳がこちらを睨んだ。

 わたしはその瞳に恐怖を感じた。

 その瞳には殺すことに関してなにも躊躇しないことを物語っていた。

 わたしはそれでも男に向けて銃口を向け続けながら、子熊を背にしていった。

「……どういうつもりだ、お前は」

 視線、言葉、所作、どれにおいても殺気を感じさせる。隙が見つからない。

 寒いのに、汗が止まらない。

 この男は危険すぎるッ!

 後ろにいた子熊が殺気を感じて逃げていくのを感じた。

 ブランもすかさずわたしの前に出る。

「ノルン様ッ!」

「大丈夫ッ!」

 わたしたちが戦闘態勢に入ると、赤い刀を鞘に収め、咄嗟に男の殺気が消えた。

「俺は身の安全を取っていただけなんだがな……」

 男は気さくに話しかけてきた。

 戦闘の意思はないことを告げているようだ。

 それでも、わたしたちは戦闘の構えから解けそうにない。

「いい加減、収めてくれ。あっちに荷物を置きっぱなしにしているんだ」

 男の芸当なら、背中を向けつつも、瞬時にわたしたちへ抜刀することなど造作もないだろう。

 男は深く溜め息を吐いて、背中を向けた。

「荷物を取りに行ってくる」

 男はそう言ってわたしたちから遠ざかった。

 次第に男の姿が見えなくなり、わたしたちは緊張をほぐした。

「はぁ……。ノルン様ったら、飛び出してしまうんですから……」

「ごめん……」

「ペファーさんの言っていたことがわかった気がしました」

「えッ? ペファー、なにか言ってたの?」

「こうなることを予期してましたよ」

 そっか。ブランにも悪かったけど、ペファーにも心配をかけちゃったね。

「ありがとう。ブラン」

「気をつけていただければ……ッ!」

 ブランに緊張が走った。人影が近づいてきている。おそらく――。

「あのなぁ。もうそのかまえをやめてくれないか」

「……断ります」

 あの男が戻ってきた。返り血は拭ってきたらしい。

 随分な大荷物を背負ってわたしたちの前に戻ってきた。

「ノルン、そしてブラン、だったな」

 この男、耳もいいらしい。わたしたちが話していたのを聞きとったらしい。

 わたしは少し緊張しながら訊いた。

「あの、あなた、は?」

 男は悪魔のように微笑みながら答えてくれた。

「俺はレッド。人形師のレッドだ」

 嘘だッ!!

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