雪原への準備

 翌日、プリエとダイゴロウを連れて街に行ってみた。

 ストレージの魔法もあるし、大量の荷物でも大丈夫ッ!

 しかし、街中でダイゴロウはとても目立つ。

 一方で、プリエは一見、人と一緒だから目立つことはなかった。

 人間の街並みを寧ろ楽しんで見ていた。

 なんせ、魔物だもんね……。

 グラトニーさんの所へ訪ねようとしたら、見知らぬ黄色の聖十字のマークの旗を掲げる騎士団が駐在していた。

 危機を察知したわたしは、ダイゴロウを連れてその場から離れようとする。

 しかし、騎士にすぐ見つかってしまった。

「貴様ッ! その狼はなんだッ!」

 わたしの首に向けて剣を突き付けられる。

 騎士たちが次々と剣を抜いて近づいてくる。

「ご主人ッ! 我が――ッ!」

「ダメッ!」

 プリエが戦闘態勢に入ろうとするのを制止する。

 しかし、わたしたちは騎士たちに囲まれていく。

「ご主人……ッ! これでは……ッ!」

「……ぐへへへ」

 騎士たちの口から涎が垂れたのを見逃さなかった。

 やれやれ……。女の身体というのは不便なものだ。

 強い力に虐げられやすく、人質にされやすい。

 いや、ひどい時はそれ以上の行為をされる。

 例えば、この騎士たちが権力を使ってわたしたちの身体を弄ぼうとしたり。

 下心が見え見えだ。それも卑下たるものだ。

「観念しな。取り調べだ」

「何故、取り調べだけでこうも剣を向けてくるんですか?」

「お前にはある容疑が懸かっているのだ」

「容疑、ですか」

「お前が魔族と手を組み、王家を崩壊させた、という容疑だ。言いたいことはわかるな?」

「否認します。あなた方が事を荒立てようとしているようにしか見えません」

「そうはいかないな。魔物を連れている以上、お前の取り調べは確定事項だ」

 騎士の一人がわたしの腕を掴みにかかった。

 その騎士の腕をダイゴロウが噛みついた。

「この狼風情がッ!」

 騎士の一人がダイゴロウに斬りかかろうとした瞬間、

「今だよッ!」

「はいッ!」

 わたしとプリエが風と地の魔法で取り囲んでいた騎士たちを吹き飛ばしていく。

「こ、小娘たち……ッ!」

「いいようにされていればいいものの……ッ!」

 騎士たちが剣を構えた。

 先ほどとは違って、目が殺気だっている。

「お前たちの手足を斬ってから、その身体を楽しんで――ッ!」

「閃光刃ッ!」

「翠風刃ッ!」

 騎士たちの剣に向けて光の衝撃波と風の衝撃波が飛んできた。

 騎士たちはまたも吹き飛ばされ、立ち上がらなくなった。

 衝撃波を放った元を見てみると、キッジとウリが権を握っていた。

「き、貴様ら、俺たちにこんなことして、タダで済むと――」

「騎士が欲情して襲い掛かるなど、蛮族と同じだ」

「わりぃが、あんたらが騎士であることが問題なんでな」

 キッジとウリが倒れた騎士たちに剣を向けた。

「これ以上の職権乱用は僕が許さない」

 そう言うキッジの姿はとても勇ましく、カッコよかった。

「おい、キッジ。聖騎士団長がお目見えだぜ」

 ウリがキッジに耳打ちした。

 わたしはウリが指した方向に顔を向けた。

 そこにはグラトニーさんと、細身の薄目の男と女性がやってきた。

 細身の男は首を微動だにせず、表情も一片も変わらなかった。

「誰だったかな? 待機を任せたのは?」

 男がそう問いかけると、騎士たちはビクビクとしていた。

「誰にも言わなかった、なんてないよね? それとも全員グルかな?」

 すると、騎士たちは全員一斉に一人の男に指した。

「お、俺ッ!? ふざけんなッ! てめぇらも同じこと考えてたじゃねぇかッ!」

「なに言ってんだッ! あんたの指示で動いたんだッ!」

「そうだ、そうだッ!」

「あんたが指示しなかったら――ッ!」

「黙れ、黙れッ! お前らだって、この女たちを――ッ!」

 騎士たちの責任転嫁の罵倒の嵐は聞くに堪えなかった。

 それは細身の男も同じだった。表情一つ変えず、レイピアを腰から抜いた。

 次の瞬間、騎士たちの罵倒が止まった。

 細身の男が騎士たちの脇腹を突いていった。

 鎧を貫いた一瞬もしなかった突き、それを一瞬で騎士たちにやってのけた。

 すごい速さだ。プリエも驚いている。

 すると、彼に従うオレンジのショートヘアーの女性が近づいてきた。

「団長様、彼らをいかがなさいますか?」

「全員解雇。あと、全員を牢に入れるように」

「かしこまりました」

 えッ、団長?

「流石だな、腕前は落ちていないようだな。聖騎士団長様」

 この人が? このろくでなしたちをまとめていた……。

「団長様はよしてくれ。同期として接してくれよ。ウリ」

「それはいいが、わかってるよな?」

「ああ、わかってるよ」

 細身の男がわたしに近づいてくる。

 そして、頭を下げてきた。

「すまなかった。私の部下が不手際を起こしてしまった。頭を下げることしかできないが、許してくれ」

 謝ってきた。その聖騎士団長に対し、女性が慌てだした。

「団長ッ! 頭を下げることなど……ッ!」

「いや、これは私のケジメだ。謝礼金を持ち合わせていないからな」

 細身の男の誠意はわたしに伝わった。

「あの、頭を上げてください。聖騎士団長、様」

「なんとお優しいお嬢さんだ。それに……」

 わたしを見てから、プリエとダイゴロウを見た。

「ふふ、変わったお友達をお持ちのようだ」

 うん? ダイゴロウはともかく、プリエは人に、見える、よね?

「自己紹介が遅れた。私は聖騎士団長のフロム=ハイリッヒ。後ろの女性は副団長だ」

「サンティア=ドゥーモだ……」

 友好的に話すフロムさんと対照的に、懐疑的な目をするサンティアさん。

 そもそも聖騎士団ってなんだろ?

 そう思っていると、キッジが駆けつけてきて耳打ちしてくれた。

「聖騎士団、というのは、魔物や魔族の殲滅を主軸にした王国の中で精鋭の部隊だよ」

「えッ、それって……?」

「多分、ダイゴロウはともかく、プリエのことはバレたと見ていい」

「これってまずい状況……?」

 笑ってられない。

 もし、この人が突然襲い掛かってきたら。

 いよいよプリエとダイゴロウの命が危ない。

「おやおや、お嬢さん、顔色が悪いね」

 フロムさんに顔色を窺われたッ! まずいまずいッ!

「安心しなさい。君の友達に手は出させないから」

 そう聞くと、ホッと乏しい胸を撫で下ろした。

 ……自分で言って悲しくなってきた。

 グラトニーさんも近づいて言ってくる。

「安心しろ。フロムには君の事情を話している」

「わたしの、事情……?」

 それを聞いて、また胸を撫で下ろす。

 しかし、疑問に思ったことがあった。

 グラトニーさんから視線で注意された気がする……。

 余計なことは言わない方がよさそうだ。

「それでは、私たちは部下たちの不始末がありますので、これにて失礼します。侯爵」

「ああ、例の件については私の方でも行うよ」

「それでは、私たちは失礼します」

 フロムさんが頭を下げると同時に、サンティアさんも頭を下げた。

 最後にサンティアさんに睨まれたけど……。

 フロムさんたち聖騎士団はグラトニーさんの屋敷から出ていった。

 グラトニーさんは姿が見えなくなるまでその場に立っていた。

 やがて聖騎士団たちが見えなくなると、

「入ってくれたまえ。君らに話しておかないといけないだろうからな」

「はい、グラトニーさん?」

 少し首を傾げたが、わたしたちは屋敷に招かれた。


 グラトニーさんの豪華な寝室へと誘われた。

 客間はこの子がやらかしちゃったからね……。

 ジロ。

 ……。

 プリエが申し訳なさそうに目を逸らした。

 でも、もう半分はわたしなんだけどね……。

 わたしも悪い。

 グラトニーさんにソファーへ座るように促されたので、「失礼します」と声をかけてから座った。

「あの、グラトニーさん? わたしに目配せした理由を訊いてもよろしいでしょうか?」

「ああ、気を配ってもらって助かった。聖騎士団には悟られたくないのだよ」

「聖騎士団に……?」

 そう言われても、ピンと来ないなぁ……。

「ご主人、おそらくマルナの捜索かと思われますが……」

「ご名答だ」

 えッ、あッ、そうなんですか。

 うん? だとしたら――。

「派遣してきたのって、今のイグナイト王国を執り行っている人たちってことですか?」

「だろうな。私に派遣したのは護衛していた生き残りのウリがいたからだろう」

 ウリが頭を掻いた。

「悪いな、師匠。余計な嘘を吐かせて」

「いいさ。お前が罵倒されたのに比べればな」

「ウリ、なにか言われたの?」

 やけに馴染んでいたフロムさんが言ってきたとは思えないけど、もしかして、サンティアさんが言ってきたのだろうか?

「気にすんなって。どうせ、マルナにも言うつもりだろ?」

「わかったよ……」

 マルナに心配かけたくないのかな……?

 コホン、と咳払いしておこう。

 場を取り直す意味で。

「それはそうと、なにをしに街に来たんだい?」

 今度はわたしがキッジに訊かれた。

「えっと、防寒具が欲しいかなって」

「防寒具?」

 キッジとウリが首を傾げた。

 雪原に転移できたけど、その対策で。というと、怪しさMAXだし……。

「えっと、いざとなった時に逃げ出すときに必要かなって……」

 うん、誤魔化したけど、おかしい、かな?

「ふむ、なるほどな。だったら、いいのがあるぞ」

「本当ですか?」

 グラトニーさんが使用人を呼び出し、持ってくるように言ってきた。

「でも、そんな大層なもの……」

「気にするな。彼女を護るための手段なら安いものだ」

 そう言って笑ってくれた。


 夕方、家に帰ってきたわたしはグラトニーさんから貰った肌触りがよく、もこもこの触感な防寒具をリビングで待っていたマルナとブランに見せつけた。

「……というわけで、グラトニーさんから貰ってきましたッ!」

「グラトニー師匠から?」

 買ってくるものだと思っていたマルナは目を丸くした。

「うん、わたしのは青で、マルナはピンクね」

 わたしは貰った青の防寒具を服の上から着てみた。

「いや、色はかまわないのだが……、ペファーの分は?」

 今も寝込んでいるペファーを気遣っていた。

 まぁ、普通に考えて……。

「流石に、ハーピィに合うのはなかったよ……」

「まぁ、そう、だろうな……」

 プリエはピンクの防寒具を渡してくれた。

「でも、我らが来た時に聖騎士団まで来ていた。お前を狙ってな」

 マルナは顔を青ざめた。

「聖騎士団までも、わたしを狙ってくるか……」

 聖騎士団がここを攻め込んでくるかもしれない。その前に。

「本格的に雪原での生活も考えないといけないね」

「ああ。そうだな」

 わたしたちは雪原への準備を整えた。

 明日、わたしたちは雪原に行く。

 ペファーはお留守番になるけど。

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