首にかかる重さ

 マルナとプリエが来てから一週間が経った。

 今、家にはわたしとマルナとブランとプリエがいるんだよね。

 ブランは一日早いけど、この家の仕組みを理解してくれた。

 なので、ブルースライムたちも繁殖してきているわけで、ペファーからは、三十過ぎたくらいから数えてない、と言わしめるほどだった。

 なんで繁殖したか、って? 餌が増えたからだよ。

 ……女の子がいっぱいいるから言いたくないけど、う○こが増えたからです……。

 しかし、住んで一週間も経って、ようやく気付いた。

「この家も手狭になっちゃったね……」

 わたしは外から家を眺めて思った。

「我はこのままでかまいませんよ?」

 プリエが言った。そりゃあ、あなたは影の中で眠れるからいいけど。

「ワタシはベッドが欲しいと思いました」

 ブランが言った。そういや、言っていたね。忘れてごめん。

「確かにな。贅沢は言わないが、個室があると助かる、かな」

 マルナが言った。確かに家は前世の日本で考えると、大きい方だ。

 しかし、それは森様が困らないように、家の部屋に色々と家具を与えてくれたからだ。

 四人の住む家とはとても言い難い。

「じゃ、どうにかしますか」

 わたしが言ってみた。

「まさか、増築も魔法で行う気?」

 ペファーに訊かれた。

「できるのかな?」

 ペファーに訊き返した。

「……あんたのハチャメチャな能力を見て思うんだけど、それはどうかしらね」

「無理かな?」

「「無理と考えるのが当たり前ですよ?」」

 ブランとプリエが言ってきた。

 どうやらわたしは常識外れだ。今更感はすごいけど。

 メロディーが鳴った。わたしのカミホからだ。

 カミホを取り出し、画面を見るとやはり森様からだ。

「ノルン、それは?」

 マルナに訊かれて、咄嗟に返す。

「わたしの秘密道具だよ。ちょっと待っててね……」

 わたしはみんなのいる家の近辺から離れてブルースライムがピョンピョン跳ねている畑で通話に応じた。

『おう、しっかりやっているじゃないか。ノルン』

「森様、いったいどうしたんです?」

『お前今、神獣と魔族と姫を家に入れてるそうだな』

「まあ、色々ありまして……」

 思えば、森様と通話するのも久しぶりだ。なんでだろ?

『それより、謝らなくちゃいけないことがあるんだ』

「なんです?」

『まさか、戦国時代みたいになっているとは。人間の考えることはわからんな』

「わからんな、じゃないですよ。姫様とプリエの首がわたしにかかっているんですよ?」

 首が懸かっている、なんて言葉を物理的に使うことになるとは思ったことなかった。

『それはそれは申し訳ない。いやぁ、あたしも資料と違うなぁとは思ってたんだ』

 資料、あったんですか。

 いい加減この小説、説明のほのぼの要素が嘘みたいになっちゃってますよ?

「どうすりゃいいんですか? 姫様を連れて買い物に行くわけにも、置いていくわけにもいかなくなりましたよ」

『悪いな。それはお前で考えてくれ――』

 でも、ノルンの力だったらいけるか。

「ま、最悪の場合、王都に乗り込んで無双乱舞しますけどね」

『おいおいおいおいおいッ! 早まるんじゃあないッ!』

 流石に止められた。

 ですよねぇ。

「でもこのノルンってそれぐらいの実力はあると思うんです?」

『わかった。あたしも考えるから、早まった行動はよしてくれ』

 確かに、それで国が混乱しても困るしなぁ……。

「でも、ここまで来れば、その手はありかなぁ。と思って」

 冗談交じりに言うと、待てってばッ! と慌てた声が届いた。

『待ってろッ! 今、王都の情勢を調べてやるからッ!』

 そして保留中になっていった。

「……案外、冗談も効くんだ」

 でも、転生してもらった女神様にそんな罰当たりなことをして申し訳なく思った。

 真剣に考えよう。

 真面目にプリエを超える魔族が何体と相手にできるかも怪しい。

 森様と通話してよかったと思う。

 通話が終わったら森様の祭壇でも作ろう。

『今見てきたぞ。王都の方はな……』

 ゴクリ。

『言うほど、民衆に悪い影響はないな』

「えッ? それってどういう――?」

 王家がいなくなっても平気なの?

『これは、お姫様には関係のないことだけどな――』

「詳しくお聞かせ願いたい。頼む」

 背後からマルナに声をかけられて驚きながら腰を落とした。

 気配を消して声をかけてこないでッ!

「おわッ!? マルナッ!? どうしてッ!?」

「遅いから心配になったのだ。最初、独り言か、幽霊と話しているのか、精神が参っているのかと思ったら、王都の話をしていたようだから」

「ごめん、失礼すぎない?」

 携帯電話で通話しているのを異世界人、いや、昔の文化の人が見たらそう見られたのだろう。

 でも、精神が参ってる、というのは、心に響いたからねッ!

『聞かれてしまったか……』

「ああ。お願いだ、わたしも話に加えていただきたい」

 マルナがわたしのカミホ、森様に対して頭を下げた。

『わかった。ちょっと待ってろ』

 プツン、と音が鳴って画面を確認すると、通話が切れていた。

「えッ? 通話が切れた?」

「あれ? わたしとの話は?」

 マルナも目を丸くする。

 すると、ちょんちょんと背中を突かれた。

 誰だろう、と振り返ると、

「ここだ。ここ」

 森様がそこにいた。

「も、も、森様ッ!? どうしてここへッ!?」

 わたしは姿勢を低くして、思わず訊いた。

「まあ、いいじゃないか。あたしとお前の仲なんだ」

 大袈裟だなぁ、と手を振ってきた。

 いや、大袈裟じゃありませんよッ!?

「いえ、女神様がこんなところに出てきていいはずありませんよねッ!?」

「神様? この人、いえ、このお方が?」

 わたしの言葉にマルナは目を丸くした。

「如何にも。こいつをこの世界を送った女神でもある」

 わたしは森様の耳にそっと口を添える。

「森様? いくらなんでも話し過ぎでは?」

「ノルンを? 送った? どういうことです?」

 マルナの疑問はもっともだろう。

 いきなり神様出てきて、わたしがその使者、と言われたら。

「そうだな。神獣を信仰していたお前には話した方がいいな」

「えッ? あの? わたしのプライバシーは?」

「姫様にはある程度だけ知ってもらった方がいいだろう」

「それは……」

 今度は森様がわたしに顔を添えた。

「あと、お前が男性から転生したことは黙っておく」

「……もうそれでお願いします……」

 それさえ言われなければもういいです……。


 森様の口からわたしの身の上の説明を終えると、マルナが納得した。

「それで、ノルンが強いわけか……」

「な、納得しただろ?」

「はい、数々のご無礼を――」

「いいっていいって、あたしもお前の国がこうなっていようとは思ってなかった」

 本当に軽いなぁ……。

 しかし、文句を言うことはないからなぁ……。

「しかし、森様。なにかいい手はあります?」

「それなら、手は打ってあるぞ?」

「本当ですか?」

 すごいや、流石森様ッ!

「本当だとも」

「ですが、マルナの命的に首がかかってるので、大丈夫なんですか?」

「わたしのことは気にしなくてもいいのに」

 いや、グラトニーさんとウリからも気にされていたからね?

「新たな場所に拠点を作った。そこへの移動魔法陣も設置しておくから、なにかあった時はそっちに逃げておけ。追ってくる輩は絶対通さん」

「それって、ブランやペファーにプリエ、ダイゴロウたちは――」

「無論、通れるぞ」

 すごいッ! 転移できんじゃんッ!

「よかったッ! 万一にも逃げられるねッ!」

「ああ、そうだな。ありがとうございます、神様」

 マルナが頭を下げたのを機に、わたしも頭を下げた。

「いい。あたしの目論見が外れたお詫びさ、それにな――」

 森様が唇を噛みしめた。

 なにかある、といった様子だ。

「どうしました? 森様」

「マルナ、君はなにがなんでも生き延びろ。今の政権の奴らは、君の首を足掛かりにして、世界に宣戦布告するつもりだからな」

 あちゃぁ。これはこれは重たい話になってきた……。

「前政権の君の父上は良い王とは言えないが、現政権が優しい仮面を被った独裁者になろうとする兆候がある。そうなれば、イグナイト王国を中心に世界で大きな死傷者が出ることだろう」

 森様の話を聞いて、マルナは首筋を撫でた。

「わたしの首一つで、戦争に」

 そんなマルナの背中を叩いた。

「大丈夫だよ。そのためにわたしはここに生まれてきたんだからッ!」

 そう、そのためのノルン=ブルットだ。

 こんな大舞台になっているとは知らなかったけどね。

「ノルンの言う通りだ。もしもの時は彼女を頼りにするといい」

 森様がニッと笑った。

「ありがとうございます。神様」

「逆にこれくらいのことしかできなくて悪かったな。あたしはそろそろ戻るよ」

 神様の下に魔法陣が描かれる。

 わたしはあることが気になり、呼び止める。

「あ、待ってください。森様」

「ん? どしたんだ?」

「転移先ってどうなっているんですか?」

「そうだな……。こことは全くの別世界のようなところだ。あと、イグナイト王国について情報が疎いから、マルナが姫様だとは気づかんだろう」

「そうですか。ありがとうございました、森様」

 わたしは頭を下げ、森様を見送る。

 しかし、森様のようすがおかしい。

 なにかを思い出したように、顔を青ざめていた。

「……やばいやばい、一番やばい情報を伝え忘れていたわ」

「森、様?」

「どうしたのですか?」

 わたしとマルナは思わず訊いた。

 あまりにも様子がおかしかったからだ。

「ノルン、マルナ。悪いが、そうのんびりできそうにないぞ。マルナの首を狙いに来ている奴がいるんだ」

「ええッ!? もう来ているのですかッ!?」

 突然の言葉にわたしたちは驚いた。

「わたしの首を狙いに来た、というのは?」

「ああ、最近この大陸に渡ってきた男がいるんだ。イグナイト王国を調べていたから、あまり情報が集まらなかったがな……」

「いったい、その男って?」

「その男は首狩り。バルバロ大陸じゃ裏で名が通っているらしい」

 恐ろしい名前? 肩書き? どっちにしろ、相手にしたくないなぁ……。

「首狩り……。特徴ってなにかありますか?」

「ああ。いつも腰に美女の首を提げていることしか、すまんッ!」

 これ以上にない情報だった。

 しかし、美女の首を腰に提げているとは、出会いたくないなぁ……。

「謝らないでくださいよ、わたしたちはその情報があるだけで充分ですから」

 転移魔方陣もあることだし、大丈夫、だと思いたい。

「ノルン、君も気をつけろよ」

「えッ?」

「お前の首が斬れたら、首に意識がいくからな」

「はい?」

「不老不死ってのはな、不死身、無敵ってわけじゃないんだ。身体と離れたら……」

「ええぇぇぇぇぇッ!?」

 恐ろし過ぎる事実なんですけどッ!?

 どうしようッ!? 自分の首も重く感じてきたッ!

 よかったッ! 敵地で無双乱舞しようなんて、アホな発想を実行しようとしなくてッ!

 しかも、首狩りでしょッ!? わたし、永遠に首だけで生きていく可能性もあるのッ!?

「忠告したぞ。あたしは帰るからな。必ず護り抜けよ、ノルン=ブルット。そして、生き続けろよ、マルナ姫」

 そう言うと、森様の魔法陣が光り始めた。とうとう帰るんだ。

「「はいッ!!」」

 わたしたちが元気よく挨拶すると、森様は安心したような顔をしながら消えていった。

「行ってしまわれたな……。どうする、ノルン?」

「みんなには、森様に会ったことは内緒にして、新天地に行ってみよう」

「いいのか? 皆が納得するとは……」

「大丈夫ッ! もしもの時はわたしが斥候として行くからッ!」

「ノルン、君は……」

「そのためにわたしはここにいるからねッ!」

 森様からの命題だ。

 マルナはわたしが護る。

 例え、その首狩りがわたしたちの目の前に現れようとも。

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