魔族と姫様と

 やっぱり姫様が目当てかッ!

 心なしか、天気も悪くなり始めている。

「お気をつけくださいッ! 魔族は魔力が高い傾向が見られますッ!」

「ってことは、この天気もあの吸血鬼の魔法……」

「そうだと思います」

 天候さえ魔法で操れてしまうのか。

 一見、便利なようであるが、使いようによっては生態系を破壊させかねないね。

 次第に外の天気が曇り始め、雷の音を鳴らし始めている。

「口封じはできぬか。ならば、貴様らを八つ裂きにし、姫をご主人の元へ連れていく」

 そう言うと、彼女は影へと身体を沈めていった。

 天気は暗雲立ち込め、夜のような暗さに見舞われる。

「明かり、明かりをつけるんだッ!」

 ウリが電灯を点けるように促すが、明かりが灯らない。

「やるなッ! あの娘は明かりを消して暗闇の空間を作り出したわけだなッ!」

「おいッ! 分析してる場合か、師匠ッ!」

 素直に感心するグラトニーさんと叱るウリさん。

 あれ? グラトニーさんが上だよね?

 ――なんてのん気なことを考えている場合じゃなかった。

 わたしの背後から忍び寄る気配が来る。

 それは、ブランとペファー、ダイゴロウでもない。

 背中へくるりと横回転してベオウルフで銃撃する。

「ちッ! 殺気を抑えたのにッ!」

 予想通り、エリザベートがいた。

 吸血しようと牙をむいたわけでもなく、深紅の爪が伸びていた。

 おそらくその爪でわたしを斬ろうとしたのだろう。

「ノルン様ッ!」

「大丈夫ッ! ノーダメージッ!」

 とはいえ、わたしもダメージを与えてないんだよね……。

 狙って撃ったわけじゃないから。

「水腎犬ッ!」

 ブランの手から水の斬撃がエリザベートを襲った。

 エリザベートはそれを長い爪で受けきる。

「ちッ! 神獣風情がッ!」

「その命、貰い受けるッ!」

「退くしかないようだな……」

「待てッ!」

「ブラン、匂いはしない?」

「ええ、現れるまではしませんッ!」

 ダイゴロウもあちこち嗅ぎまわっているけど、徒労に終わるかもね……。

 暗雲が濃くなり、暗闇へと視界が遮られてしまう。

 窓からの暗い景色しか見えない。

 その雲から雷の前兆の音が鳴り、わたしは嫌な予感がした。

 わたしたち一行だけじゃなく、グラトニーさんたちも感づいているみたいだ。

 次に来る時は――。

 雷光が瞬く時――。

 雷が落ちた音を聞いて身構えた。

「死ねッ!」

「悶えろッ! ファイアボムッ!」

 エリザベートがブランの前に襲い掛かってきた。

 ペファーがその間に、炎の機雷を仕掛けた。

 エリザベートはその機雷に触れ、爆発させる。

 しかし、吹き飛ばしはしたものの、ダメージを与えた様子はない。

 吹き飛ばされた衝撃を利用して、わたしの影の方へ潜り込んだ。

「無事ッ!?」

「ええ、なんとか。ありがとうございます、ペファーさん」

 しかし、弱ったなぁ。

 二人が無事なのはよかったけど、わたしの影に入られた。

「みんな、わたしから離れてッ!」

 出てくるとしたらわたしの影からだ。

 そう身構えてしばらく、また雷が落ちた。

 しまったッ! わたしの影が別の物体の影と重なったッ!

 入ったのは、高価そうな壺の影。

「グラトニーさんッ!」

「かまわんッ! やってくれッ!」

 グラトニーさんから許可を取ったことで壺を破壊することにした。

 すると物体の影に入っていたエリザベートが出てくる。

「ちッ! 流石に軟なものではッ!」

 逃がさないッ!

 わたしはエリザベートに狙いを定め、銃撃する。

 しかし、エリザベートの厳かな首輪に銃弾が弾かれた。

 あの首輪、どういう原理なんだ? 魔道具の一種かな?

 ともかく、影にはいられないようにしないとッ!

 そうしていくうちに暗闇になっていく。

 これはまずい。暗闇の中で誰かの影に入られたら犠牲者が出るッ!

 エリザベートが魔法を唱えた。

「ダークプリズンッ!」

 まずい、姫様が狙われたッ!

 姫様に闇の監獄となる弾が飛んでいく。

 そこへダイゴロウが飛び込み、流れ弾に当たってしまった。

「ダイゴロウッ!」

 わたしは叫んだ。

 どうやらダイゴロウは大した怪我はないようだ。

 しかし、ダイゴロウは闇の監獄に閉じ込められてしまった。

「狼までもが、我の邪魔をするかッ!」

 そう吐き捨てると、姿をくらました。

 暗闇に目が慣れた頃、エリザベートの姿を見失った。

 いったい、どこに隠れたのか、わからない。

 ダイゴロウは闇の監獄で苦しんでいる。

 夜目が効くブランが解除を試みる。

 しかし、ここは暗闇の中、どこから飛び出してくるかわからない。

 いや、待てよ。

 プリエはこのまま暗闇の中で活動していれば、間違いなくわたしたちは深手を負っていた。

 なのに、落雷などで明かりが灯る度にしか攻撃してこない。

 暗闇の中ではエリザベートは攻撃してこない。

 いや、違う。

 しないのではなく、できないのだ。

 暗闇の中を移動できるとしたら、わたしたちを放って姫様を持ち逃げしていただろう。

 それができないのはッ!

「ファイアボール」

 わたしは明かりを灯した。

 移動するならこの瞬間。

 行動するならこの瞬間。

 そう、影ができれば自ずと出てくるはず。

 明かりが強いほど、できる影も濃くなる。

 だからこそ、神経を研ぎ澄ませた。

 わたしはこの時に伸びてくるであろう影に向けて氷の短剣を投擲した。

 そこへ鮮血が飛び散った。

 影から半身出ていたエリザベートの左腕が攻撃を受けたからだ。

 影から飛び出した彼女に向けてペファーが風の魔法で追い打ちを仕掛ける。

 それを躱していくエリザベート、しかしいい位置に誘導してくれた。

 その先には誰もいない。

 炎の弾を剣に変えて――。

「詠唱省略ッ! デュアライズ・ヘルッ!」

 ヘビースライム戦以来の炎の剣と氷の剣の二刀流を手にした。

 しかし、炎の剣はあくまで明かり、なので短剣にした。

 その代わり、氷の剣を長くし、ある作戦に打って出た。

 エリザベートが影から全身出した状態になると、わたしは周りに炎の短剣を照らした。

「お前ッ! まさかッ!」

 エリザベートの足元には影が誰かの影がない。自分の影だけだ。

「ノルン、君は……」

「グラトニーさん、ここはわたしに任せてください。ペファーとブランも影に入らせないように離れてて」

 エリザベートが両手の爪を伸ばしてきた。

 あとは逃げ場を作らせないようにする。

 一刀は明かりだから実質氷の剣だけで戦うことになる。

 剣術なんて前世でもやったことないけど、影に誘導しなければ勝機はあるッ!

「剣術は素人そうだな。それで我を止められるとでも?」

「その素人に、あなたは負けるんだよ」

 両爪を交差に組みわたしに襲い掛かってくる。

「舐めるなッ! 人間風情がッ!」

 両爪の連撃をワタシは氷の剣で受けきる。

 氷の剣は衰えることなく、わたしを護ってくれる。

 片腕での戦闘だけど、どうにか、勝つしか――ッ!

「甘いわッ!」

 まずい、あいての爪術が上手だッ!

 どうするッ! 火の剣を使ってしまえば、影ができてしまうッ!

「天井だッ! 天井に炎の剣を投げつけろッ!」

 ウリから怒号が飛んだ。

 しかし、他に手はないッ! グラトニーさん、ごめんッ!

 炎の短剣を天井に突き刺し、明かりを保ち、かつ、エリザベートとは後ろの方へ伸びている。

 わたしは空いた右手にベオウルフを握る。

「これで剣術だけじゃなくて済むッ!」

 エリザベートをいよいよ追い詰めた。

 天井に突き刺さった炎は広く燃えだし、家具にまで燃え移った。

「この程度で、勝ったと思うなぁッ!」

 エリザベートが突進してくる。

 本格的に追い詰めたと見ていいだろう。

 エリザベートがわたしを倒しても、この中の誰かによって、討たれる。

 だけども、負ける気なんてさらさらないッ!

「覚悟してッ!」

 わたしもエリザベートに向かって突進する。

 炎の銃撃と氷の斬撃を混ぜた辻斬り技。

「アサルトダンス・氷華ッ!」

「シャドークローッ!」

 お互いの技が交差する。

 わたしのアサルトダンスは銃弾を辻斬りのごとく撃ち込む技だ。

 氷華は素人なりの氷の剣での辻斬りの技。

 つまりは合わせ技なのだ。

 エリザベートのシャドークローはわたしの脇腹を掠った。

 わたしには手応えがあった。

 エリザベートが膝をついた。

 そんなエリザベートに氷の剣を突きつけ、チェックをかけた。

 エリザベートは抵抗する素振りを見せなかった。

「終わったんだ。殺してくれ」

 エリザベートから生殺与奪の権利をわたしに委ねた。

「殺さないよ。あなたから訊きたいことがあるからね」

「無駄だ。わたしはじきに死ぬんだ……」

 その声からはもう自分が死ぬことが確定したような発言があった。

「悪いが、我々としても死なれても困るのでな」

 グラトニーさんたちが近づいてきた。

「あんた、アシュベルの差し金か?」

「アシュベル、だと?」

「馬鹿なッ! 騎士団長がそんなことをッ!」

 ウリの質問に、グラトニーさんと姫様が困惑している。

 しかし、エリザベートは答えない。

「う……ぐ……ああッ!」

 エリザベートが苦しんでる?

「まさか、契約魔法でしょうか?」

「契約魔法?」

 わたしはブランに振り返る。

「はい、主人とする者が配下の者に対する秘密保護の魔法です。もし、主人の身に危険が及ぶ場合には、配下を自動的に殺す魔族特有の魔法です」

「いだい、いだい、じにだくないよ……」

 エリザベートの首輪から血が滴っている。

 間違いない。エリザベートの首を斬ろうとしているんだッ!

「どうやれば、助けられるッ!?」

「ノルン様ッ!? この者を助けるのは反対ですッ! もし、襲われたりしたら――ッ!」

「それでも、こんな殺され方ッ! 見過ごせるはずないよッ!」

 エリザベートが声を出せず、血で染まった舌を突き出し始めている。

 細いピアノ線で首を絞める苦痛が来ているんだ。

 わたしはブランに地団駄を踏んで訴える。

「もし、彼女を助けるつもりでしたら、主人を殺すしかありません……」

 ブランがどうすることもできない。とはいえ、どうすることもできない、と言わんばかりの声音で言った

 今、助ける方法の中でそれは現実的じゃない。

 探しに行けば、エリザベートの首が切断されるのは目に見えている。

「わかった。それ以外の前例がないんだね」

 なら、簡単だ。

 例外を作ればいい、このわたしの手で。

 そんな手段がないというのが常識なら、常識破りをするのがわたしの力だッ!

「我は命を守護する者、汝を縛る鎖を打ち砕かんッ! アンチバインドッ!」

 お願いッ! 成功してッ!

 エリザベートの突き出した舌が垂れ、しばらくして口にしまい込んだ。

「いだい、いたい、いた……くない? どうして?」

 彼女が安心すると、彼女の首にかけられていた首輪が粉々に砕けていった。

 首には今でも細く紅い線から血が流れている。

「あれ? 我は? なんで……?」

 わたしはエリザベートの斬れそうな首に向けて回復魔法をかけた。

「何故、我を?」

「あんな殺され方、とても見ていいものじゃないからね」

 本心だ。

 敵だとしても、見過ごせるはずがない。

「我を助けて情報を訊き出そうとする気か?」

「そこまで考えてないよ。ただ、あなたの命を助けたかったからだけだよ」

「お前は馬鹿なのか? そんな理由で我を助けて……」

 そう言うと、風と地の魔法でエリザベートを転ばされた。わたしじゃない。

「その前に、命を救ったお礼をするべきでは?」

「そうよ。あたしたちは見殺しにできたんだから」

「……」

 ブランとペファーがまくし立てて、とうとうエリザベートは黙り込んだ。

 しかし焦げる匂いが……あ。

「ごめんなさいッ! 今消火しますんでッ!」

 天井が燃えていたのを忘れてたッ!

 慌てて魔法で消すが、これは来賓用に使える部屋じゃなくなったね……。

「グラド様ッ! 火事が起こっているようですッ! 速く避難をッ!」

「その必要はない。彼女が鎮火してくれた」

 騒ぎを聞きつけてキッジが入ってきた。

 グラトニーさんは顔色一つ変えずに説明してくれた。

 してくれたけど……。

「ごめんなさいッ! わたしが――ッ!」

「俺がノルンに指示したんだ。明かり点けろってな。な、師匠?」

「うむ。ウリの言う通りだ」

 怒ってはいないみたい……。

 でも、それはそれで罪悪感だよ……。

「はぁ。君は相変わらずだな、ウリ」

「んだよ。お前こそ、師匠の手を煩わせたりしてんじゃねぇだろうな?」

「しかし、よかったよ。君が無事で」

「心配性だな。これでも一個小隊率いてんだぜ?」

 うん? キッジとウリの会話がなんか馴れ馴れしいような。

 そういや、腐れ縁とかなんとかって……。

「あの、キッジ?」

「ああ、そう言えば紹介してなかったね」

「ウリだよね。訊いたよ」

「ああ、件の腐れ縁だよ」

 やっぱりそうなんだ。

 なんて話していると、ウリがキッジを睨む。

「件の、って俺のことどう話したんだよ……」

 コホン、とエリザベートが咳を吐く。

「我に訊きたいことがあるんじゃないのか?」

 グラトニーさんが訊く。

「話してくれるのか? エリザベート」

「貴様らに話せていいことはないからな」

 姫様が激昂する。

「なんだとッ! 生意気な――ッ!」

「よせ、マルナ。感情を制御しきれていないのがお前の悪い点だ」

「しかしッ!」

 フン、とグラトニーさんたちから顔を背けた。

 でも、わたしに向けての視線が熱いような……。

「ノルン、と言ったな。お前からの質問になら答えてやってもいい」

 みんなの視線がわたしに集まった。

「あの……これって……」

「ノルン君、代わりに訊いてくれないか?」

 まあ、そうなるよね……。

「ちなみにだが、彼女へ質問を委ねる、という手はなしだ。その場合は答えん」

 要は、わたしに質問の受け渡しはダメだと。

「こいつ、どこまで生意気なッ!」

「いや、当然の権利だろう。ノルン君が彼女の命を救ったのだからな」

 いやー……責任重大だよね、これ。

 しょうがない。引き受けますか。

「じゃあ、訊くね。あなたと契約した人は誰なの?」

「我の父、エグザル=ヴラドだ。ここには父の命でやってきた」

「姫様の誘拐はあなたの父親にとってどんなメリットがあるの?」

「功績を挙げたいのだろう。姫を誘拐すれば、父の権力が上がるからな」

 要は、駄目父親に使いパシリにされてるわけね。

「あなたが関わってきた人間の中に、アシュベル、という人はいた?」

「我は人間のことなぞ、知ったことじゃない。だが、父からはその名前が挙げられた」

 ウリからやっぱりか、と声が上がった。

 これ以上思いつく質問もない。

 だったら、黒幕などを訊こう。

「要点かいつまんで訊いちゃうよ? あなたの父などの魔族と王国の崩壊は関わってる?」

「関わっている。もっとも、父と我はその時いなかったから詳細は知らぬがな」

 それを聞いて姫様が長剣を取り出し、プリエに問い詰めた。

「答えろッ! わたしの父を殺した者の名をッ! アシュベルかッ!」

「貴様からの質問には答える義理はない」

 プリエが反抗し、姫様が長剣を振り下ろした。

 わたしはそれを氷の刃で受け止める。

「邪魔をするなッ! こいつは魔族だッ!」

「だからって感情的に殺すの? そんなんじゃ、独裁者だよ」

「わたしが誰かを知っての狼藉かッ!」

「ただの剣の腕が立つ高慢な人だよ。今の自分の顔を鏡で見たら?」

 わたしは氷の剣で押し返す。力量はこっちが上だね。

 しかし、引っ叩く音が来賓室に轟いた。

「いい加減にしろッ! マルナッ!」

 ウリが引っ叩いたのだ。マルナの剣は床に落ちていった。

 マルナは怒ることなく、跪いていた。

「でも、ウリッ! あの時、父上が死んでッ! お前の隊だってッ!」

「俺の隊は必死に戦ったよ。お前を護るためにな。そういう役目だったろ?」

「……ッ!」

 ウリの発言に、姫様が涙を流す。

 ウリも喪ってきたんだ。隊員を。

「うちの姫様が無礼した。何度も悪い、許してくれないか?」

 ウリが頭を下げた。それはわたしだけじゃなく、エリザベートにも向けられていた。

 その様子を見ていたエリザベートが口を開けた。

「……羨ましいよ。マルナ」

「えッ?」

 エリザベートがなにか耽ったような顔で優しくマルナに話しかけた。

「貴様は、それほど国王に寵愛されていたのだろう……。我の父は違った。権力では下の方だったから、小さい頃から父の権力を上げる道具として育てられた。そこに愛などなかった。あったのは、鞭と洗脳だ。今、思えばそう考えられる」

 どこか寂し気な顔をしていたエリザベートが続いて口を開いた。

「先ほど、貴様の父を殺した者の名を訊いたな? 残念だが我はなにも知らない。先ほども言った通り、下級の魔族だからな。父は怖気づいて参加してないからな」

「そう……か」

 なるほど、じゃあエリザベートは関係ないと言うことか……。

「他に訊きたいことはあるか? もう、この際だ。ノルンに限定するのはよそう」

 グラトニーさんが頭を下げた。

「その配慮には感謝する。しかし、我々が訊きたいことはもう充分だ」

「そうか……。大した情報がなくて悪かった」

 グラトニーさんがまた一礼すると、すぐにウリとキッジと会話に入った。

「しかし、困ったことになりましたね……」

「ああ、向こうも俺たちを、いや、正確には姫様を狙ってきている」

「そうだな。私が匿っても、いずれ身元がバレよう……」

 そうですよね。わたしが部屋を燃やしてしまったからね。

 すると、姫様が会話に加わった。

「……かまいません。それで皆が無事で済むのでしたら――」

「ふざけんなよ、マルナ」

 ウリの顔がまた険しくなる。

 マルナもぶたれることを覚悟した顔をしたが、叩かれることはなかった。

「ウリッ! 姫様に対して無礼な――ッ!」

「キッジ、黙ってろ。こいつは今、「自分の命を差し出せば」とでも考えているんだよ」

「よく、わかったね。流石だ」

 こころなしか、姫様はウリと話すときが穏やかのようだ。

「伊達に、長い付き合いじゃねぇからな。エリザベート、訊いていいか?」

 エリザベートが素直に応じる。

「我が話せることは話した。その上でなんだ?」

「お前の父や上級魔族たちに姫様を差し出せばどうなる?」

「わからない。あいつがどう考えているかは断言できない」

「推測でいい。どうなると思う?」

「少なくとも、無事ではいられないだろうな。良くて籠の中の鳥、悪くて晒し首だろう」

 その言葉に、姫様の顔が青ざめた。

「晒し……ッ!」

 自分の首を護るような動作を取った。

「なおさら、奴らの手の届かないところに置いた方がいいだろうな」

「ああ。マルナが無事でいられる場所、となると……」

 すると、キッジがわたしに視線を向けた。

「心当たりが、いえ、僕の発言で巻き込みかねない」

「キッジ、手があんだろ? 言ってみろ」

「キッジ、話してくれ」

 キッジが溜め息を吐きながら話す。

「……姫様をノルンの家に保護してもらう。という案だが、ノルンの同意を得られていません……」

 ああ、それでわたしに視線を向けたのね。

「それは……」

 魔物に抵抗のある姫様が平気であるはずがない。と思うんですが……。

「ねぇ、エリザベート。あなたはどうするの?」

「我はどう生きればいいのか、わからないのだ。戻っても居場所はない。我も晒し首にされるだろう……」

 森様……。この世界、結構ハードなんですけど。

 だって、斬首や晒し首なんてここに来ただけで何回聞いたか。

 生前は昔の歴史の習慣としてなんとなく受け入れられたけど、今は彼女たちの首の重さに参りそうです……。

「そう、なっちゃうか。だったらさ――」

「お待ちくださいッ! ノルン様ッ!」

「あんた、まさかと思うけどッ!」

 わたしの発言にブランとペファーが待ったをかけた。

 それでも私は決めたのだ。

「でも、この子、帰る宛てもないんだよ? それに契約魔法を破ったから、姫様を連れ帰っても、メリットはないと思う。だったら、わたしの目が届く範囲にいてくれれば、管理できるでしょ?」

「それはそうかもしれませんが……」

「あんた、魔族を甘く見たら危険な目に遭うのよ」

 もっともらしい理由で納得させようとする。

「考えなしで言っているわけじゃないよ。みんなが危惧してくれるのもわかる。けどね、わたしはそれ以上にこの子が心配なだけだよ」

 エリザベートが目を丸くしてわたしに問いかける。

「……いいのか? 我はお前らと……」

「ダイゴロウもペファーも最初はそうだったんだからいいの。わたしのところに来て」

 フォレストウルフもペファーも、最初は敵だった。

 今はそんな魔物たちと暮らしていってる。

 だから、今回も同じだ。

「……わかった。その代わり、お願いがある」

「なに?」

 ペファーが了承を得ると同時にわたしに跪く。

「あなたの手で我を使役してくれませんか?」

「それって、契約魔法?」

 その態勢、もしかしてわたしが主?

「はい。我はあなたに忠誠を尽くすと決めました。我が準備しますので、血を提供してくれませんか?」

「うん。いいよ」

 わたしはあまり考えずに指を少し切って血を提供する。

「ノルン様ッ!」

「大丈夫。敵意はないから」

 ブランが忠言してくれるが、わたしの意志は決まっている。

「しかし……」

「無駄よ。マスターがお人好しなの知ってるでしょ?」

 ペファーが脚でブランの肩を叩いた。

「これでいい?」

 わたしは血が出ている指を差しだした。

 プリエはその指に口をつけ血を舐めた。

「はい。提供をありがとうございます。では――」

 魔法陣が展開される。

 わたしの右手の甲に紋章が浮かび上がる。

 プリエはその紋章に口づけをし、彼女の首に紋章が浮かび上がる。

「わたしはどうすればいいの?」

「我に名を与えてください。それを以って契約完了します」

「エリザベート……は、嫌なのね」

「新たな名が望ましいです。その名は父の駒としての名前ですので……」

「そっか……」

 辛いんだね。その名で呼ばれるのが。

「すみません。我のわがままを押し付けてしまって……」

「いいよ。決めたから」

 ネーミングセンスに自信はないけど、この子が生きていける名を少し考え、決めた。

「では、我に名を――」

「――プリエ=エルザ。今日からこれがあなたの名前だよ」

 この名前に特に意味はない。

 ただ、この子が新しい人生を歩めるように祈った名前だ。

「プリエ……それが我の名ですか」

 プリエが受け入れると、その首に新たな蒼の首輪が付けられた。

 しかし、その首輪は犬の首輪と似ているものだった。

 あッ、でもこのままだと……。

「あなたが敵に捕まったら、命が……」

「それは覚悟の上です。我の命、好きに使ってください」

「そんなこと、了承できないよッ!」

 折角助けたのに、こんなことで死なれちゃ意味がない。

 いや、待てよ。この子、言ったよね?

「本当にわたしの言うことを聞くんだね?」

「はい、なんなりとお命じください」

 よしッ!

「なら、あなたは自由に生きなさい。もしもの時になっても、わたしのことを吐いて生き延びなさい。わたしの命はわたしで護れる。だから、あなたはあなた自身を護りなさい」

「ご主人ッ! そんな命令、受け入れられ……」

 どうやら契約魔法の拒否反応が出たようだ。

 だが、プリエを苦しめることなく、ただ音を消しただけだった。

 もしかして、息をしていないのではないかと思い、声をかける。

「大丈夫? プリエ?」

「え、ええ。ご主人に対して意見が言えなくなってました」

「そっか……」

 なら、試してみるか。

「プリエ。わたしに悪口を言ってみて」

「そんな、ご主人――」

 無茶ぶりをさせてみた。

 これでどんな反応が出るかな……。

「率直に申し上げます」

「いいよ」

「失礼を承知で申し上げます。ご主人の胸部が女性として少ないと思われます」

 ……。

 胸のことを、言うのか……。

 わたしが言えって言った手前怒ることはできない……。

 しかし心に傷口を作った代償にしてはいい結果だった。

「今のあなた、苦しくない?」

「いえ、なにもありません……。もしかしてですが、このためだけに……?」

 そう、この子は主人の悪口を素直に言ってくれた。

 これは大きな収穫だ。

「これなら多分、あなたが捕らえられた時でも、命を保証できるよ。よかった」

「そんな、ご主人、我のためにそこまで……」

「これくらいは当然だよ。死なれても困るからね」

 わたしがそう微笑むと、プリエの目から涙が零れた。

「プリエ?」

「……今まで、父親の道具として鍛え上げられたこの身、彼の操り人形になるしかなくて……」

 そうか、それでエリザベートとしての人生は暗いものだったんだね。

 わかるよ。わたし、前世の『俺』も父親と母親の言いなりで動いていたから、精神が崩壊していったんだよね。

 プリエの涙は止まらない。今までこういう風に他人に気遣われたことがないんだろう。

 プリエが泣き止むのをただ黙って見守った。

 数分経って、ようやっと泣くのを制し始めた。

 泣き止むのって時間かかるよね。

 わたしも昨日泣きまくっていたからわかるよ。

「すみません……。みっともないところをお見せして……」

「いいよ。それだけ……、ううん、これからは笑って過ごそうねッ!」

「努力します……」

 はいッ! って返事して欲しかったけど、無理強いはよくないね。

「ノルン……話があるがいいか?」

 姫様が話しかけてきた。

「な、なんでしょう? 姫様?」

 姫様が突然頭を下げた。

「すまないが、お前の家に押しかけていいか?」

 あれ? わたしの家に来る感じになってる?

「でも、わたしの家、フォレストウルフにブルースライムもいるんですよ?」

 姫様は首を振った。

「わたしも逃げているだけではダメなんだ。逃げた先でもまた迷惑になるだろう……」

「それで、わたしの家ですか……」

「迷惑なら断ってもいい。魔物とかに拘っていられないからな」

 迷惑だなんて。

「別にかまいませんよ。ただ、魔物が多いのは勘弁してくださいね」

「よろしく頼む。わたしのことはマルナと呼び捨てにしてかまわない。敬語も不要だ」

「じゃ、よろしく。マルナッ!」

 わたしはこうして魔族と姫様を家に招待することになりました。


「しっかし、森の真ん中に家があるなんてな」

「隠れ家としては申し分ないと思うが……」

「いいんじゃねぇの? この森に来る連中はそういねぇだろ」

「この森に関する依頼を取り下げれば、来る者もいなくなるだろう」

 ウリとキッジも家まで護衛するというので、ついてこさせた。

 マルナはウリの馬の後ろに乗っている。

 ダイゴロウに乗せようと思ったけど、わたしとブランで重量オーバーかな。

 一応、回復はさせたけどさ。

 プリエはというと、ペファーの影に潜んでいる。

 わたしとブランがダイゴロウに乗った時点で、くるりとペファーの影へと潜りこんだのだ。

 とりあえず家に着くと、初めて来る人たちは一様に驚く。

 家の形状はもちろんのこと、フォレストウルフとブルースライムの大群。

 実用的になってきた畑を見て、みんな安心そうにしていた。

「これなら、マルナも安全だろ?」

「そうだな……。しかし、寂しくなるな……」

「なにがだよ?」

「君と剣などの腕を磨くことができなくなると考えるとな……」

「そうか? 俺は清々してるぜ。じゃじゃ馬姫の面倒を見なくて済むんだからな」

「その言い方はないだろッ! もうッ!」

 マルナとウリの会話を聞いてる感じ、なんか仲がすごくよさそうだ。

 マルナの顔が火照ってるし。

 あれ? キッジがわたしに近づいてくる。

「本当に申し訳ない。君たちの暮らしに――」

「国の一大事でしょ? 仕方ないよ」

「……君は本当に楽観的だね」

「楽観的、と言うのもひどいなあ」

「ごめん。でも、君のその心が、皆を惹きつけているんだろうね」

「そうかな?」

「そうだよ」

 確かにそうかもね。あんまり難しいこと考えてないし、むしろ苦手だし。

「おーい。そこのカップル。荷下ろし手伝ってくれよ」

「それ、わたしたちに言ってるのー?」

 キッジの顔が火照っている。

 やめてよ、こっちまで恥ずかしくなっちゃうからッ!

「荷下ろし、始めようか。ノルン」

「うん……」

 ウリ……、恨むからね……。


 荷下ろしはそこまで大きいものでもなかった。

 マルナの武器一式。衣料品、食料品一通り、グラトニーさんから貰った家宝の魔導書。

 荷下ろしを終えると、キッジとウリは再び馬に乗った。

「それじゃ、僕たちはここで失礼するよ」

「じゃ、マルナ。迷惑かけんじゃねぇぞ」

「うん、気をつけて」

 マルナと一緒に、二人の見送りをした。

「さて、と。これで我も出られるわけだ」

 もしかして、気を遣ってくれてたの? プリエ。

「気を遣わなくてもいいのに。キッジたち気にしてなかったよ」

「ああ、むしろ見送りから出てきてもよかったのではないか?」

「ご主人にマルナ、我は一応、元襲撃者ですので……」

 気にしてたんだ。いや、気にするのだったら、

「わたしの方がグラトニーさんに頭が上がらないよ……」

 屋敷は大丈夫かな?

「大丈夫だと思うぞ。グラトニー師匠が気にするなと言っていただろう?」

 そうは言われても……。

 留守番してくれたフォレストウルフたちがフォレストボアを三頭仕留めてきたらしく、獲物を引きずっている。

「すごいな。仕込んだのか?」

「いや、出会ってしばらくしたらこうなってて……」

 ワンワンッ!

「ご主人、この者たちが我とマルナについて警戒しているようです」

 そいや、紹介してないね。

「この人はマルナ、この吸血鬼がプリエ、これからよろしくしてあげてねッ!」

 マルナが一歩踏み込み、フォレストウルフたちに自己紹介をする。

「これから厄介になるマルナだッ! 迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼むッ!」

 プリエも自己紹介をする。

「我はお前たちのご主人に仕えるプリエ=エルザだ。魔族だが、お前たちとは仲良くなりたいと思っているからよろしく頼む」

 ワンワンッ!

「プリエ、彼らはなんと?」

「マルナのことも、我のことも、受け入れてくれると言っている」

「そうか、よかった……」

 っていうか、魔物と話せるのって、いや、魔族だから当たり前なのかな?

「ねえ、プリエ? 一つ訊いていいかな?」

「なんでしょう、ご主人?」

「魔族ってさ、魔物を従えるものなの?」

「それは種族によって違いますかね。我が知っている限り、無理矢理使役したり、献身して育てているのもいますね」

「要は、馬や牛とかと同じ?」

「そうですね。まあ、神獣ごときはすぐに飼いならせるでしょう」

 プリエの発言に、プチンと言う音が聞こえた。

 ブランがプリエに掴みかかった。

「あなたねえッ! 魔族ごときにワタシたち神獣を飼いならせるなどとつけあがらないでくださいッ!」

「神獣なんぞ、所詮は獣の類ではないかッ! 人に化けられるから点で述べれば、人狼と大して変わらんだろうがッ!」

「ふざけないでくださいッ! その発言、神獣全体の侮辱にあたりますよッ!」

「神獣全体への侮辱? 貴様なぞが神獣の代表なら、それこそ侮辱にあたるではないのかッ!?」

「なんですってッ!? ワタシの実力見せてやりますッ!」

「貴様こそ、魔族を舐めているだろッ! ご主人に負けたが、貴様に負けたわけじゃないッ!」

 まずいぞ、二人ともケンカする気だッ!

「やめ――」

「フロストシェイク」

 わたしが止めようとすると、ブランとプリエの上空から雪がどっさりと降ってきた。

 二人は雪に埋もれて中で悶えている音が聞こえる。

 やがて、二人が顔を出し、上空を見上げた。

「なにをするんですかッ! ワタシたちとのケンカに水を差す気ですかッ!」

「そうだッ! こんな方法で我らを止められるとでもッ!」

 二人の文句を聞き終えたペファーが溜め息を吐きながら、

「フロストシェイク」

 再び雪をどっさりと降らした。

「これでいいでしょ? マスター?」

「うん、ケンカを止めてくれて、ありがとね……」

 要は物理的に頭を冷やしているのだ。

「フフフ……」

 マルナが笑い始めた。

「どうしたの? マルナ」

「いや、魔物と魔族と神獣が一緒にいるのに足並みがそろわないなって……」

「確かに、問題点かもね……」

 そう口にすると、不安よりも可笑しさで笑みがこぼれてしまう。

 そうだね。そしてその中には姫様も加わっているもんね。

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