過信の代償

 わたしたちは今、ヘビースライムに襲われて大ピンチです。

 銃撃は本体に一切効かないし、魔法も八属性試してみたけど、足止めにもならなかった。

 最強系スライムじゃないの? これ?

 弱点ないかカミホで調べたいけど、そんな隙すら与えてくれない。

 触手を迎撃しながら逃げるので精一杯。

 誰か弱点を教えてくださーいッ!

 とりあえず奥へ逃げてまーす。

 幸いにも、奥へ進む度に暗くはなっていない。

 出口がある。そう確信した。光が見えるから。

「出口よッ! 早くあそこへッ!」

「右に飛んでッ!」

 ペファーはわたしの注意に素早く反応する。

 言った後で、さっきまでいたペファーの位置に触手が伸びてきた。

 注意しなかったら危なかった。

「ペファーッ!」

「へいきのへっちゃん、よッ!」

 なにその返事? いや、無事ならいいんだけどね。

 ペファーの足が握っている水球も無事だし。

 とりあえず一安心するが、このヘビースライムをどうにかしないと振り切れないかな。

 日光に弱い、という兆候が見られない。出口から出ても追ってくるようだ。

「それで、どうするのッ!? マスターッ!」

「このまま出口に向かうッ!」

「いいのねッ!」

「うんッ! どの道振り切れないとしても空へ飛んだ方がやりようはあるッ!」

「わかったッ!」

 出口までただひたすらに飛んで、走った。

「もう外よッ!」

「エンジェルウィングッ!」

 わたしたちは外へと飛び出した。

 洞口の外は人気のない森になっていた。

 村でもあったらどうしようかと思ったけど、心配なさそうだ。

 外に出たのはいいけれど、

 ヘビースライムも追ってきている。

 触手がこっちまで伸びてきている。

 上空までも、射程は長いのか。

「ペファーッ! あなたは空遠くに飛んでッ!」

「どうする気ッ!?」

 選択肢はあってないようなものだ。

「わたしがあのスライムを倒すッ! あなたはそれを持って逃げててッ!」

 わたしはヘビースライムに向かって降下する。

 これなら、わたしに目が行くはずだ。目があるかは知らないが。

 わたしがまだ試していない攻撃手段は――ッ!

「ベオウルフ、モードチェンジッ!」

 ベオウルフのモードチェンジ。

 戦況に合わせて拳銃から別の銃器への変形。

 その銃器の数は無限大、は言い過ぎだけど、グレネードランチャーなどのヘビーウェポンなどに変形できるのだ。

 洞窟内で使うには天井が崩れる恐れがあるので使わなかったが、外に出た今なら使える。

 今回使うのはこちらッ!

「ガトリングモードッ!」

 ほぼ説明不要の重兵器、ガトリング砲。

 説明が欲しい? 高速で銃弾を連射する重兵器だよ。説明終わりッ!

 ともかくこのガトリングモードでヘビースライムの胴体を撃ち続けていく。

 それでもヘビースライムは倒すことができない。

 だが、洞窟に押し返すことには成功している。

 太鼓を叩いたような音が外へ鳴り響く。

 わたしは絶えず、ガトリングで撃ち続ける。しかし、ガトリングの持ち手がどんどん熱くなっていく。

 わたしが手離すと、ベオウルフは拳銃へと戻っていく。

 ガトリングモードの欠点は撃ち続けていくうちに、銃身が熱くなっていく点だ。

 拳銃に戻った後でも、銃身が熱い。

 しばらくベオウルフは使えない。

 肉弾戦に持ち込むのは怖いし……魔法で戦うしかないか。

 大掛かりな魔法を使うしかない。

 小手先の魔法は通じない。ならば――。

「炎の化身よッ! 今、我が敵を監獄に鎮めッ! イグナイトプリズンッ!」

 ヘビースライムが洞窟から出た瞬間、炎の監獄で全身を取り押さえた。

 直に熱するだけでなく、対象の周りの酸素をも消していく大技だ。結構えぐいけど……。

 しかし、炎の監獄の隙間から触手を伸ばし始めている……。

「白銀よッ! 大地を凍てつかせ、敵を凍らせんッ! アブソリュート・ゼロッ!」

 ヘビースライムの身体が凍り付いた。

 ぴきぴきと内部から氷が割れる音が聞こえる。

 まだ生きている。しかし、無駄ではなかったようだ。

 必要以上に凍らせた上に、炎の監獄に熱せられれば、いやでも破壊が起こる。

 この隙に、カミホで調べてわかったことがある。

 スライム類は身体の構成がほぼ水分でできている。

 ヘビースライムも同じだ。身体が水分でできている上に、水が主食と来た。

 水飲みスライムが火と氷にあてられて、無事なはずがない。

 凍っているヘビースライムから水分が溢れ、その水分は熱で蒸発されている。

 完璧だ。あとはヘビースライムが動かない様に氷魔法をかければ大丈夫。

 そう勝ち誇った時、カミホにヘビースライムの注意点が書かれていた。


『注意:とても知識が高く、計算高い。非常時では、動物の体内から水分を摂取する』


「それってつまり……ッ!」

 森が騒がしくなっているのを目視した。

 わたしがカミホに夢中になっている間に、炎の監獄から燃え移った木が木へと、森全体へと広がっていった。

 しまったッ! 森が火事になっちゃうッ!

「炎を鎮めん、フレアエクスティングイシュッ!」

 水魔法でなく、無属性の魔法を唱えた。

 燃え移った木々の炎を消火器のような白い液体炭酸で鎮火していく。

 消えたとしても、騒ぎが止まない。

 動物たちが走り回っている。

 その時だった。ヘビースライムが氷の魔法から解放されたのは。

「しまったッ!」

 鎮火のあまり、ヘビースライムへ注意が向かなかった。

 ヘビースライムの氷が解け、触手が逃げ惑う動物たちを襲った。

 紅い液体がヘビースライムの本体へと流れていく……。

「まずいッ! 回復されてるッ!」

 わたしはすぐに気づき、銃身が冷めたベオウルフで触手をちぎっていく。

 これで栄養補給はできないはずだ。

 触手がこちらに向かってくる。

 それをベオウルフで迎撃していく。

 追ってくる触手がなくなったところで、

「――ッ! アブソリュート・ゼロッ!」

 再び凍らせる。しかし、氷が割れるタイミングが早くなった。

 そして最悪なことがもう一点、炎の監獄の効果が消えかかっている。

 ならば、もう一度炎の監獄へ――ッ!

 そんな私の考えが甘かった。

 あのヘビースライムが、跳んだ。

 わたしのいる上空と同じ高度まで。

 呆気に取られていると、ヘビースライムの太い触手がわたしに目掛けて振り下ろされた。

「がはッ!」

 わたしは地面に叩きつけられた。

 血が流れてる。身体の節々が痛む。幸い、どこも折れてはいない。だが、身体を起こせない。

 立て、立ち上がるんだッ! 立ち上がらなきゃッ!

「まだ、まだ……」

 口もおぼつかなくなっている。

 ダメだ。すぐに回復魔法をかけることにする。

 ヘビースライムが落ちてくる。

 わたしに目掛けて触手を伸ばしてくる。

 もうお終いか……。まだ、やりたかったこと、あったけどね……。

 キャウンッ!

 わたしの目の前で血が散らばった。

 白い犬がわたしの前で触手に刺されたのだ。

 なんで? 偶然? 整理がつかない頭を回転させる。

 わたしは目の前の現状を整理する時間がなかった。

 ただ一つ言えることがある。

 偶然にしろ、そうでないにしろ。

 この犬が襲われた原因を作ったのは、わたしだ。

 白い犬がぐったりとわたしの隣で倒れている。

 生命の灯火が小さくなっているのを感じた。

 地面に落ちたヘビースライムは木々が揺れるほどの地震を起こし、触手を伸ばしてくる。

 今度は白い犬の小さい方へと。

「やめろおおぉぉぉぉぉッ!!」

 わたしは小さい白い犬に伸びている触手に向けて、立ち上がり、ただがむしゃらに走っていく。

 すると、振りかざした手から触手が斬られたように弾けた。

 わたしは振りかざした手へ目を向けると、なにか透明な剣が握られていることに気づいた。

 なぜ、わたしに剣が握られているのか。

 なぜ、わたしはその剣が使えるのか。

 なぜ、剣が透明なのか。

 わからないことばかりだ。ただ一つ、言えることがあるとするなら。

「わたしには剣があるッ!」

 ノルンといった少女事態、ゲームの世界なら、神の剣とよばれるもので変身していたが、どうやらわたしには違う形で剣が使えるようだ。

 意識を変え、もう片方の手にも剣を握らせる。

「双極の剣、我が手に集えッ!」

 片手ずつに剣を握らせ、魔法を唱える。

 一度はあそこまで弱らせた。

 なら、作るのはッ!

「燃え盛る緋炎の刃、凍える蒼氷の刃よッ! 対極に位置する二刀の刃となって我が力とならんッ!」

 右手に緋の炎の剣、左手に蒼の氷の剣を握り、ヘビースライムに近づく。

「絶獄双剣、デュアライズ・ヘルッ!」

 オリジナルの魔法だ。またも、思いつきだが、このスライムを倒すにはこの手で行くッ!

 わたしは襲い掛かる触手の弾幕をくぐりながら斬りながら進んでいく。

「はあぁぁぁぁぁッ!」

 触手を斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬り落とすッ!

 なんでわたしがこんなに必死になっているのかわからない。

 それでも、わたしはヘビースライムの身体へと近づき、斬りかかっていく。

 氷の刃で溶かし、炎の刃で水分を蒸発していく。

 後先なんて考えられない。

 わたしはすべてをこの双剣にかけるッ!

「激情よ、冷酷よッ! 今、我が感情を刃に乗せ、敵を斬り裂かんッ!」

 終わりだッ!! 一気に斬り落とすッ!

「双獄演武ッ!!」

 炎と氷による斬撃波でヘビースライムを斬り落とす。

 ヘビースライムは一片たりとも地面に残さず、凍って、燃えて、蒸発していった。

 倒したんだ……。

 勝てた、という喜びより先に、疲れた実感が全身にのしかかった。

 魔力をすべて消費したわけじゃない。まだ半分以上は残っている。

 それでも、あの短時間でこれだけ消費していったんだ。

 炎の剣と氷の剣は手から消えている。

 しんどい……。乱発できる技じゃない……。

 それなら、火と氷の魔法を連射した方が消費は少ない……。むしろ、楽だ。

「マスターッ!」

「……」

 上空からブルースライムの入った水球を握ったペファーが降りてくる。

 わたしは返事ができずにいた。

 無事でよかった。

 素直にそう喜ぶべきだというのに。

 だけど、わたしはペファーにそう喜べない理由があった。

 後ろへ向けると、わたしを庇った白い犬が倒れていた。

 遠いけど感じる。もう死んじゃったんだ……。

 わたしは重い足を奮い立たせ、白い犬の方へと向かっていく。

 キャン、キャン!

 傍にいる小さい犬が吠えてくる。

 どうやらこの子、死んだ白い犬の子供のようだ。

 わたし、巻き込んじゃったんだ。

 自分の力を過信して、森を滅茶苦茶にして、色んな動物巻き込んで、この子の親犬を殺しちゃったんだ……。

 わたしは、わたしは、わたしは――。

「ごめん、ごめんね……」

 わたしは涙を流すことしかできなかった。

 わたしがヘビースライムを連れてこなかったら、親子に襲い掛かることはなかっただろう。

 わたしの責任だ。

 この子を放ってなんて、できない。

「マスター、何を考えてるの?」

 決まってる。

「この子を、うちで飼う」

「いいの? 噛みついてきそうよ」

 ペファーの忠告を半ば無視して、子犬を呼び寄せる。

「大丈夫、おいで」

 子犬はわたしによたよたと近づいてきては、わたしの左肩に噛みついてきた。

「マスターッ!」

 魔法で追い払おうとするペファーを手で止める。

「大丈夫。これくらいは覚悟していた。わたしは恨まれる存在だもの」

 これを聞いたペファーは溜め息を吐いた。

「マスター……。すべての動物にそうするつもり?」

「それは……」

 ペファーの発言にわたしは出る言葉を詰まらせた。

「仕方のないことなのよ。あたしたちはあのヘビースライムに襲われて、命からがら逃げただけなのよ。だから――」

「お願い。生き残ってるこの子だけは、この子だけは……」

 わたしが殺したといっても過言じゃない。

 この子の親は――。

「マスターッ! あんたが救った命を考えてッ!」

「ペファー……」

「あたしたちのせいで巻き込まれた動物は多いわッ! でも、それを重荷にしちゃダメよッ! なんてたって弱肉強食の世の中なんだからッ!」

「……」

 そうだ。ペファーの言う通りだ。

 そう吹っ切れるにはあまりにも重苦しいもので、清算しきれない部分もある。

 それでも――。

「わたしのことは恨んでもいいよ。ただ、あなたのことは護ってあげるから……」

 ダメだ。ペファーが励ましてくれているのに。事実を言ってくれただけなのに。

 涙が……どうしても……止まらない……。

「……うわあああぁぁぁぁぁッ!」

 わたしは思わずその子に抱き着いて泣き崩してしまった。

 どう頭が回っても、涙をこらえる理由が思いつかない。

 わたしのせいだ。わたしのせいだ。わたしのせいだ。わたしのせいだ。わたしのせいだ。わたしの……――。

「……マスター、泣き止んだら入り口に向けて洞窟に戻りましょ。ダイゴロウが待ってるから」

 わたしが泣いて、どれほど時間が経ったのだろう。

 ペファーはわたしを気遣いながらも、次の道を指し示した。

 わかってるよ。だけど、もう少し、あとちょっとだけ、気持ちの整理をさせて……。


 わたしは子犬を抱え、長い洞窟にまた入り、入り口に戻ることにした。

 幸いにも、帰りの道中にスライムはいなかった。

 ヘビースライムを倒したことと関係あるのか、わかんない。

 だけど、そんなことは今、どうでもいい。

「ダイゴロウ、戻ってきたわよー」

「ただいま、ダイゴロウ……」

 ペファーが明るく挨拶し、わたしは心に重しがついた状態だ。

 ワン。

「「その犬は?」って聞いているわよ?」

 ダイゴロウに両腕で抱いてる子犬を見せた。

「……この子、新しい仲間だから。手を出さないであげて……」

 ワフ?

「……色々あったのよ。マスターがお人好し過ぎるっていうか、なんていうか……」

 おそらくだけど、「なにかあったのか?」と訊いているんだと思う。

 ワン。

「嘘……この子犬、そんな大層な生物なのッ!?」

 ペファーの目が見開かれていた。

 どういうことか、すぐ尋ねた。

「ペファー?」

「マスター、その犬、神獣だって」

「えッ?」

 神獣……。この子が……。

「ほら、帰るわよ。マスター、へとへとじゃない」

「……うん」

 わたしは神獣を抱きながら、ダイゴロウに乗り、家路を走っていった。

 スライム探しの結果は、ブルースライムを十八匹(数え終わった結果)、神獣の子犬を連れ帰った。


 わたしは家に帰ることができた。

 家に帰って早速、水球からブルースライムを解放し、肥溜めへ向かっていった。

 神獣はわたしが離してから早速姿が見えなくなってしまった。大丈夫かな。

 本来なら、ブルースライムがちゃんと畑まで行くのかどうか観察しようと思ったのだが、そんな気持ちになれなかった。

 ペファーに見張るようお願いし、わたしは家の中へ入った。

 ベッドに向かい、寝ることにした。

 だけど、眠気がしない。食欲も湧かないし、なにかをする気分でもない。

 瞼を閉じれば、庇ってくれた白い犬、神獣のことを思い出す。

 寝ようとすればするほど、涙が止まらなかった。あのまま帰ってきてよかったのか。

 長い夜になる。そう覚悟したときに、寝室の窓を叩くペファーにこんなことを言われた。

「ひどい顔ね、マスター」

「……様子を見に来たの?」

「半分はね、もう半分は違うのよ」

「えッ?」

「神獣様があなたをお呼びよ。来るでしょ」

 わたしは少しだけ沈黙し、

「わかった。すぐに来るって伝えて」

 そう言い終えると、玄関には神獣の子犬がいた。

 翻訳係のペファーがいない? どういうこと?

 しばらく探していると、子犬の口が開く。

「ワタシは神獣の犬神と申す者。どうぞよろしくお願いします」

 喋ったッ!? 神獣ってそんなことできるの?

 だからペファーがいないのか、と驚きと冷静な判断をした後に返事をした。

「よ、よろしく……」

 子犬はじっとわたしの目を見つめて話し始める。

「ワタシは母を喪った原因であるあなたを許せません」

「うん、そうだよね……」

 あなたの母親が喪った原因はわたしにあるもの。

「ですが、母が無闇に人間を助けたりしません。おそらくですが、あなたは普通の人間にはないなにかを感じられたのでしょう。ワタシも言葉には表せませんが……あなたがこの世界にとって必要な存在であることは間違いないでしょう」

 淡々と発せられた言葉は、憎悪の語気がなかった。

「でも、あなたはわたしを恨んでるんだよね? 憎んでるんだよね? だったら、どうしてわたしを――」

「殺されて許されるなんて、甘いことを考えないでください」

「ッ!!」

 わたしの心を見透かされた感覚だった。いや、見透かされたのだ。

 わたしが心の奥底であの時、わたしがおとなしくやられていれば、という後悔を、この子は。

「もし、あなたが原因でワタシの母の命を奪ったのなら、母の分まで生きてください。もし、償いたいのなら、目の前になにがあっても、立ち向かってもいい、逃げてもいい、どう進もうとも、あなたは生き続けてください」

 かけられた言葉は𠮟責に似たもので、後悔の念を吹き消そうとするものだった。

「いいの? わたしは……」

「母があなたを生かした理由をワタシに見せてください。ワタシはあなたの傍に仕えます」

 この子をわたしが? そんな権利がわたしにあるのか。

 いや、違う。この子は進んでわたしに仕えると言ってきた。

 きっと、わたしを見張るためのものだろう。無責任に命を投げ出さないための。

「……わかった。あなたがそれを望むなら……」

「あなたは確かに特殊な人間です。ワタシがあなたから喰らった血から得た力をお見せします」

 子犬はくるん十一回転し、煙をポンと発生させた。

 煙が晴れると、女子中学生くらいだろうか。

 東洋の巫女のような装束をした白髪の美少女が現れた。

 その少女に見覚えのある尻尾があることから、わたしは瞬時にこの現象を理解した。

「あなた……人間になれるの?」

「本来であれば、早くて百年以上はかかるものですが、こうしてワタシは人の形を取れるようになりました。尻尾は出ていますが……」

「そう……なんだ……」

 わたしの血の影響、だよね? こんな力があったなんて……。

「お願いです。あなたの名前を教えください」

「ノルン。ノルン=ブルット」

「では、ノルン様。これよりワタシは、あなたの配下になります。母が紡いだあなたの命を、あなたの生き方をワタシに見せてください」

 少女の瞳は先ほどよりももっと強い意志を込めてわたしに言い放った。

「それがあなたの望みなら、わたしは受け入れるよ」

「ありがとうございます」

「ありがとうはこっちの台詞だよ。あなたのお母さんに助けられたんだもの」

「負い目を見せないでください。あなたはあなたらしく、生きて欲しいのです」

 わたしは恐れていたのかもしれない。

 この子に強く憎まれ喰われる可能性を。

 しかし、この子はわたしに叱咤激励し、生きるように強要してきた。

 わたしの気持ちが少し晴れやかになった。

「わかった。気をつける……えっと?」

「なにかありましたか?」

 そういえば……。

「あなた、名前はあるの? 犬神って種類でしょ?」

「そうですね。人間に飼われている犬と同じネーミングでもかまいませんよ」

 なるほど。ポチでもシロでもソフバンでもいいのか。

「でも、ああああ、ってわけにはいかないよね?」

「それは改名を要求します。断固として」

「わかってるよ。冗談だって」

 そりゃやだよね。

 わたしだってそう呼びたくないよ。言いづらいし。

 まともな感性はあるようで助かった。神獣に失礼かもしれないけど。

「でも、希望するなら、人間社会に溶け込める名前が欲しいです」

「街まで一緒に来てくれるの?」

「ええ、もちろん。従者のように寄り添いますから」

 そうだな……。それなら、名前だけじゃなく、姓も決めた方がいいよね。

 よし、これだ。

「決めた。あなたの名前」

「お願いします」

「ブラン=シオ。名前がブラン、姓がシオ」

「ワタシの名はブラン=シオ……。わかりました」

「ちょっと安直だったかな?」

 白き子犬、という意味だったから訊いてみた。

「もう少し、カッコいいものを期待してました」

「それはごめん」

 やっぱり文句を言ってくるんだね。

「いいえ、かまいません。こういう人だって理解しましたので」

「もしかして、減点されてる?」

 どんどん自信なくすんだけどッ!

「そうとも言いますね」

「早速見定められてるッ!?」

「フフフ、冗談です」

 小悪魔めいた言葉を吐くブランの天使のような笑顔を見て、母親の代わりに護ろうと決めた。


 そう決めて十分が過ぎた。

 わたしの寝るダブルベッドが狭くなった。

 なぜなら、

「寝る時も一緒?」

「はい、どうも一人では寝られなくて……」

「意外と甘えん坊なのね」

「しょうがないじゃないですか……」

「……そうだったね」

 一緒に寝ていた母親がいないもんね。

 なんて言ったら、また叱られるだろうな。

「でも、この家にワタシのベッドもあると嬉しいです」

「確かにそうだね……。今度作ってみるね」

 クラフトの使いどころが出たね。

「いいのですか?」

「いいでしょ。あなた、妹みたいで可愛いし」

「あ、ありがとうございます」

 可愛い。素直におねだりするところもだけど、尻尾を振っているのを見て犬っ娘って可愛いなと思う。

「明日、街へ一緒に行きたいけど、大丈夫かな?」

「心配いらないと思います。犬神は人に紛れて暮らすことも多いので」

「人狼とどう違うのかな……」

「あんなのと一緒にしないでください。おかげで犬神の信頼もガタ落ちですから」

 あ、いるんだ。人狼も。

「大変なんだね。犬神も」

「大変なんです。犬神も」

 そう言うブランの微笑む顔には憎悪の感情が感じ取れない。

「そろそろ寝よっか。おやすみ……」

「おやすみなさい。ノルン様……」

 さて、明日は街に行くことになった。

 だけど、いいのかな。

 ブラン、尻尾出ているんだよなぁ。

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