『俺』から受け継いだもの
戦闘を始めて五分、打開策が思いつかないまま、ハーピィの風の翼に叩かれ続けている、
エアキックを使う暇さえ一時も与えてくれない。
ハーピィがわたしの移動手段を完全に熟知している。
だが、辛うじて、
「えいッ!」
「ちッ!」
解体用のナイフで攻撃を防いでいる。
無重力状態になったわたしが取れる唯一取れる行動だ。
銃や魔法で対処しようとしても、上空を素早く飛んでいるハーピィに当てることは難しい。
仮にオートエイムのチートがあったとしても当てることはできないだろう。
それだけ素早い。この身体なら鷹や鷲の動きは目で追える。だが、今相手しているのは目で追うだけで精一杯なのだ。肝心の反撃が出ない。
もっと最悪なことに、エアウィングの効果時間が永続している。
ハーピィ自身も得意としているのか疲労が見られない。
わたしが倒れるまで、いや、キッジやダイゴロウたちまで倒すまで続くのだろう。
意識が飛びそうだ。何度血反吐を吐いた? 何度翼に叩かれた? あと何回……。
……思い出してしまうな。『俺』だった頃を。
理不尽に殴られ、言われ、先生も見て見ぬしていた学生時代を。
前世の頃は、俺を不快に思った連中が始めたいじめだ。
それが卒業をしても続いた。
それを思い出すと、『わたし』はフッと笑ってしまった。
前世の『俺』がいじめられているのを客観視して楽しんでいるクズに陥ったわけではない。
『俺』に対しての感謝しかない。
『俺』が耐え忍んできたからこそ、『わたし』はこの五分を耐え凌ぐことができたのだと。
そして、もう一つ。
それを思い出したからこそある発想が、たった今思いついた。
正確には、思い出せた、というべきだろう。
現実逃避して、妄想に耽っていたころを。
「しぶといッ!」
ハーピィの声が聞こえる。
『俺』に対して大した褒めることはできなかったけど、『わたし』から言える。
あなたの妄想を試させてもらうよ。だから、
「ありがとう、『俺』ッ! エンジェルウィングッ!」
わたしが魔法を唱えると、光の翼が大胆に露出している背中から生えてきた。
「できたッ!」
生えた光の翼を数秒、感覚で動かして慣らしてみる。
どうやら動かせるみたいだけど――、
「あんた、何なのよッ!」
ハーピィが猛追してくる。
今、動かせたばかりの翼で飛行はまだできないッ! だからッ!
「光翼よ、わたしを護ってッ!」
光の翼で前を覆い、風を纏ったハーピィの翼をはねのけた。
「なにッ!?」
「……よしッ!」
光の翼をぴくぴくとさせると、次の段階へと進ませる。
光の翼による飛行。
かつて『俺』が妄想の中の主人公は光の翼で空へ飛び冒険していた。
だからその主人公のように、わたしも――、
「おねがい」
わたしを覆っていた光の翼を広げ、そして羽ばたく。
羽ばたいた分、大きく空中を移動した。
やった……。成功した。
「あんた、一体……ッ!?」
ハーピィがわたしを睨みつけながら、訊いてきた。
「さてね、何者なんでしょね?」
光の翼から意識を遠ざけ、目の前にハーピィに訊き返してやった。
光の翼は無意識に動かせる。
不利な状況から逆転するには飛行速度が気になるところだが――、
「ブリザードスピアッ!」
ハーピィが氷の魔法を唱えた。
火の魔法で撃ち返してもよかったが、身体が自然と氷の魔法を躱した。
こうやって躱せるのは光の翼のおかげだ。
この様子なら、わたしが移動する分は問題なさそうだ。
「反撃といきましょうかッ!」
耐え凌ぐだけの『俺』からは綴った妄想の物語だけ受け取っておく。
生前に付き纏っていた怒りや恨み、憎しみは『俺』と一緒に死んだ。
だから、ただのわたし、ノルン=ブルットとして生きていく。
そう気持ちを新たにしながら、ハーピィに向けて銃口を構える。
「生意気を、言うなぁッ!」
ハーピィがわたしに突進する。
わたしもハーピィに向けて飛んでいく。
ハーピィよりも速い速度で。
ぶつかるかどうかの瀬戸際で銃口を突き付ける。
「うぐッ!」
銃に翼を殴られたハーピィは大きく仰け反った。
初めてカウンターに成功した。
引き金を引きはしなかったが、銃器は鈍器になったことが証明できた。
ノルンは銃で撃つより、銃で殴っているキャラクターなので、案外間違っていないだろうと思う。
さて、ダメ押しに銃撃を、と考えた瞬間に、ハーピィは体勢を整え直した。
だが、逆転の兆しが見えた。
問題はハーピィが残っている力だ。
風の翼で突進してくることはないだろう。
だったら、残る手段は何か。
一か八か、というほどじゃないけど、一気に勝負を決める。
そう決めると、わたしは翼を羽ばたかせ、ハーピィを追った。
ハーピィは危険を察知したのか、逃げ出した。
「逃がさないッ!」
今更、逃げ出そうだなんて。わたしはハーピィを追っていく。
このタイミングで逃げ出した。この手の手段は大抵、
「フレアマインッ!」
ハーピィが宙返りして炎の機雷を撒いていった。
目の前にハーピィはいない。あるのは炎で作られた機雷だった。
わたしはそれを――。
「やったッ!」
機雷が爆発した。
それと同時に、ハーピィの勝利を確信した声が聞こえる。
しかし、それを聞いたわたしも勝ちを確信した。
口をにんまりと悦ぶだけに済ませて。
わたしは銃口をハーピィに向け直す。
今度こそ、確実に。
銃声が上空を響かせると、ハーピィの右翼が突風に煽られたように弾かれた。
「そんな、なんで……」
ハーピィの風に消されそうな声が聞こえた。
それと同時に、上空に留まることができなくなり、落下していく。
わたしはそれに目掛けて飛んでいき、頭から落ちているハーピィの腹を抱えて、地上にゆっくりと降りていった。
「ノルンッ!」
ワンワン!
キッジとダイゴロウが駆け寄ってきた。
「キッジ、ダイゴロウ、大丈夫だよ」
抱えたハーピィは気を失っているようだ。暴れる様子もない。
「……君は天使か?」
「えッ? ああこれ?」
背中の光の翼に視線をやった。
「天使なんてもんじゃないよ。ただの魔法だよ」
「魔法で飛行している人物なんて……」
「いない? やっぱり?」
「目の前の人間以外に心当たりがないよ」
キッジだけでなく、農家の人々からも好奇な目でジッと見つめられていた。
このままだと変に持ち上げられそうなんで光の翼を消すことにした。
……いや、別に不思議でしょうがないか。
ノルンは元々空を飛ぶようなキャラじゃないからね。
ある力を使えば飛べないこともないけど、オミットされてるからしょうがないね。
それから農家たちが無事と確信したからか、ぞろぞろと現れ始めた。
なんか、バンドライブが開かれそうな人数みたい。
「殺せッ! 俺たちの作物を襲った魔物なんてッ!」
しかし、そんな文化があるはずもなく、ハーピィの処刑ショーが開かれようとしていた。
わたしが抱えていたハーピィは置いた瞬間に農家の人たちに連れていかれ、簡易的に処刑台が作ると、ハーピィの細い首を露わにするように台に乗せていった。
台の前に籠が置いてあったことから間違いなく斬首刑を行おうとしている。
当のハーピィ本人は状況を理解したらしく、諦めがついたように目を閉じて頭を前にした。
「待ってくださいッ! 捕まえたのは僕たちでなく、彼女ですッ!」
キッジが催しを止めに入るものの、農家の怒りは収まらない。
農家たちは捕まえたわたしに向けて視線を寄せた。
「嬢ちゃんッ! その魔物の首を――ッ!」
だけど、こんな方法……。
「農家のみなさん。これはこの子が荒らした作物の代金です。わたしが払います」
わたしは気持ち多めで農家の代表にお金を渡した。
「嬢ちゃん?」
わたしは少し怖気づきながらも、
「この子は、わたしが飼うことに決めました」
「ッ!?」
頭を台に乗せたハーピィの目が丸く見開いた。それは農家の代表も同じだった。
「なんで、嬢ちゃんが……」
「わたしから見れば、この子は人間と同じに見えたので」
それだけじゃない。わたしにとっては彼女が前世の『俺』と同じような孤独を抱えた辛く悲しそうな目をしていた。
彼女に原因はあるけれど、これではまるで……。
農家たちはざわつき始め、キッジから声をかけられる。
「ノルン、それでは僕たちの示しが――」
「わたしはこの子に罰を与えないなんて言ってないよ?」
「えッ?」
ハーピィが小さく呟いた。
「農家さん、ピーマンは多くありますよね?」
ハーピィの顔色が曇った。やっぱり。
「ピーマンをかい? なんでだ?」
「それはこの子に食べさせればわかります」
「食べさせるッ!?」
ハーピィがはっきりとした声で騒いだ。農家たちのざわつきは続いた。
「今日からあなたの餌はこのピーマンだよぉ」
わたしはハーピィの口にピーマンを近づける。
「い、いや……」
「大丈夫だよぉ。毒なんて入ってないからねぇ」
「いやぁぁぁぁぁッ! ピーマン嫌いなのッ!」
涙を流して必死に悶えるハーピィ。わたしは銃口を突き付けて言った。
「食べたらわたしが面倒を見てあげる。でも食べなきゃ――、
死ぬからね。
だから、食べようねぇ」
わたしの言葉は、ハーピィはもちろん、近くにいたキッジや農家たちを黙らせた。
ハーピィはわたしが差し出したピーマンを一かじり、ハーピィの顔がしかめっ面になり、吐きたくても、わたしが銃口突き付けているから、吐き出せない。だから、黙って飲み干すことにした。そして口を大きく開けて食べたと証明してみせた。
「よしよし、えらいねぇ」
「あ~~~~ッ!」
銃口から離してあげると、ハーピィは舌を出し始めた。舌には噛んだピーマンが付いていた。
「……いいかい? ノルン」
「何かな、キッジ」
「彼女にピーマンを食べさせたのは……」
「単に、農民たちの前でお仕置きをしたかっただけ。この子の命を取らずに済むかと」
農家の代表が難しい顔でわたしに近づいた。
「……嬢ちゃん、それで俺たちの気が収まるとでも?」
「なんなら、またピーマン食べさせます?」
何の気なしに言ってみる。
農家の代表が化物に遭ったような顔をした。
わたし、そんな怖い顔してるかなぁ?
「……いや、お前さんがこいつを飼うってんなら、もう文句は言えねえよ……」
「ありがとうございます。でもピーマンはもらいますね」
農家から、ピーマンと色とりどりのパプリカを貰い受ける。
ピーマンを食べ終えたハーピィは舌を突き出して苦味を失くそうとしていた。
わたしはハーピィに水を与え、うがいさせた。わたしに吐いてこないかと心配したけど、自主的に地面に吐いた。
とりあえず、今後のために農家さんたちの前で訊いておこうか。
「ねぇ、あなた以外にハーピィっているの?」
「……あたし以外に飛んでる魔物なんて見かけなかったわよ」
「あなたはどこから来たの?」
「西の海の向こうからよ。ま、一族から見てもあたしは厄介者だけどね」
「ん?」
「赤髪のハーピィなんて、縁起が悪いってね。厄介がられたから、ここまで飛んできたの。だけど、悪運尽きたわね。こんなところで命を奪われるなんてさ」
なるほど、それでちょっと孤独そうな感じがしたんだ。この子には生きる場所がない、と思い込んでいるんだ。
だったら――、
「わたしは、農家さんが育てた害獣を懲らしめに来ただけ。それがあなただっただけ。あなたはちゃんと罰を受けて、わたしの下で罪を償ってもらうよ」
わたしの言っていることに反対する農家はいなかった。
わたしが怖いから、じゃないよね?
「……あんた、わけわからないわね。狼どもを従えて、今度はあたしを従わせようっての?」
「形式上はそのつもりだよ。でも、あなたの命は保証する」
頭に台を乗っけたままのハーピィは諦めがついた様で溜め息を吐いた。
「……わかった。あたしに選択権はないんでしょ?」
「ええ、よろしくね。パプリカ」
「いいわ……待って、パプリカってあたしの名前?」
「そうだよ。命名しといたほうがいいかなって」
「いやよッ! あたしにはペファーという名前が――」
「じゃ、こうしよッ! あなたの名はペファー=パプリカ、異論は認めんッ!」
「そんなぁ……」
そんなハーピィ、パプリカの右翼をヒールで治してあげた。
抵抗するようなら迷わず叩き落すつもりだったけど、不思議とそんな素振りは見せなかった。
そこにいるのは、解放された美しい少女のハーピィだった。
わたし、ノルン=ブルットが飼っている。という変わったハーピィではあるが。
農家たちの反応は様々である。
また作物を荒らされないか不安になる者は少なく、憎しみに駆られ、まともに見なかった魔物の美貌に見惚れていた者が多かった。
そんな彼女の飼い主になったわたしに対してキッジが訊いてくる。
「ノルン、君は一体……?」
「それ、今更訊いちゃうの?」
「……そうだね、野暮だったね」
なんせ、チート級の武器と加護を持っているからね。
……とは、言い出せるわけないしなぁ。
こうして昨日今日で、狼三匹、ハーピィ一人を新たに仲間に加えた。
「あ。帰りはパプリカを簀巻きにして、狼たちに運んでもらうからね」
「噓でしょッ!? あたし逃げないわよッ!」
「いやぁ、ピーマン食べさすだけじゃあれだから……」
「だからって、簀巻きはないでしょッ!?」
そうだ、鳥籠あるかな?
「あたし、そんじゃそこらの飼い鳥じゃないからッ! 鳥籠つくろうかな、なんて考えないでッ! もはや牢屋だから、人型サイズだからッ!」
結局、パプリカを簀巻きにして家まで連れて帰りました。
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