農作物を襲った鳥

 陽が沈み切った頃、わたしはダイゴロウに乗って街へと駆けて行った。

 街道には流石に夜中に進む馬車の姿はなかった。

 ダイゴロウの後をつくように、狼たちも一緒に駆けていた。

 狼たちを連れて、わたしはまた街の門に辿り着いた、

 しかし、門兵は交代したのか、狼たちを見て驚いている。無理はないと思うけど。

「あの、お尋ねしたいことがあるんですが……」

「な、なんだッ!?」

「キッジを、自警団長のいる郊外ってどちらに?」

「き、訊いてどうするんだッ!?」

「どうするって、彼に用があって来たんですが……」

「帰れッ! 怪しい奴を入れるわけには――ッ!」

 わたしは身分証を呈示した。騒ぎにならなきゃいいけど……。

「こ、これはッ!?」

「通してもらえますか?」

「はい、どうぞッ!」

 そんなあっさり。手のひら返すの早ッ!

 だったら遠慮なく通りますけど――。

「あの、魔物は、外にいてくれると助かりますけど……」

「うん?」

「いえ、あなたの後ろをついてきているのですが……」

 門兵の態度が一変したのも気になるけど、それより後ろ。ダイゴロウたちがついてきてくれているのが気になる。

 でも、この子たちはそのつもりで来ているんだし。

「なら、郊外の農作物の畑とかはどこにあるんですか?」

「畑の場所は……ここ、ですかね」

 いや、あなたたちの街でしょ? ま、地元に詳しくない人もいるにはいるだろうけど。

 それより役に立ちそうなのは、ダイゴロウの鼻だった。

 ワンッ! と吠えては真っ先に街へと入っていった。

「ちょちょちょッ! お願いですから、魔物は――ッ!」

 他の子たちもぞろぞろと並んで街へと入っていった。

 こうなったら仕方ない。

「ごめんなさいッ! このままお邪魔させてもらいますッ!」

 わたしは先頭のダイゴロウを追いかける形で中に入っていった。

 ダイゴロウの元まで駆け付けると、頭を下げ、地面を嗅いで前へ進んでいた。

 街中に魔物が入ったことによる弊害はなくはなかった。

 少なくともこちらから手を出していないものの、警戒はされるよね。

 まずったな。このままだと襲われても文句言えないし……。

「そこの者ッ! 待ちなさいッ!」

 ほら、わたしが呼ばれる。青年の声だ。

 だけど、敵意は感じない。襲われることを覚悟しちゃったけど。

 やがて、その者がわたしの前へ駆けつけて腰を下ろした。

「はい?」

「ノルン=ブルットさん、で間違いありませんでしょうか?」

「そうですけど……、あなたたちは?」

「申し遅れました。私は自警団長の部下のデントスです」

「は、はあ……」

 名前と身分はわかった。だけど、わたしに頭を下げる必要があるのだろうか。

「あの、頭を上げてもらえると、助かりますが……」

「あなたに頼みを聞き入れて欲しいのです」

 どうしよう。本格的に退去を頼まれちゃうのかな?

「団長をお助け願えませんか」

「へ?」

 意外な言葉が飛んできた。わたしを受け入れてくれるなんて。

「いいですけど、この子たちも同伴でもいいですか? さっきから団長さんの匂いを辿ってきてるのですが」

「かまいません。私たちの方でも誘導致しますので」

「ありがとうございます」

 わたしが頭を下げると、ダイゴロウたちも頭を下げた。ちょっと可愛らしい。


 自警団の誘導で、郊外の農村まで辿り着いた。無論、18匹の狼も共に。

 そこには、キッジと農家の人々が話し合っていた。

 狼たちを見て驚く農家さんたちを他所にキッジが目を見開いてわたしに近づいた。

「ノルンッ!? 君がなんでここにッ!?」

「気になっちゃってね。わたしも手伝うよ」

「これは僕たちの問題で――」

「恩返しくらいさせてもいいでしょ?」

「それは……」

 キッジが言葉を詰まらせる。最後のウィンクが効いたか。

「自警団長さん、その娘は?」

「すみません。彼女は友人のノルンです。この狼たちは彼女の飼い犬? みたいなものです」

「そ、そうかい……」

 農家たちと狼たちで目を合わせていた。

 互いに目を合わせて十秒は経っただろうか。やがて、農家たちの方から、警戒が切れると狼たちは畑や果樹園を巡り始めた。

 放置していて数分、わたしはしまったと思いつつも、ある状況に気づいた。

「農薬とか害虫対策でもしたんですか?」

「いや? ノーヤクとやらは知らんが、別にこれと言って対策はしとらんぞ?」

「そうですか……」

 農薬はないのか? いや、それよりも、

「どうかしたのかね?」

「いや、わたしこの子たちが作物を食べてしまわないか心配だったんです。それが……」

「俺たちも驚いてんだがな……」

 肉食だからかな?

「農作物分けてくれませんか? 食いかけでもかまいませんから」

「鳥にやられた作物で良ければ……」

「ありがとうございます」

 頂いた農作物を狼たちの前に置いた。

 すると我先にと、農作物を取り合うように食べ合った。

「これは……」

 農家さんたちも驚き、目を見開いている。

 この子たちは自主的に畑の農作物に手を出さないようにしていたのだ。

「あれ? そういや、ピーマンは?」

「ああ、ピーマンとパプリカは無事だったからそのままだよ」

「……そうなんですか」

 ピーマンとパプリカが無事、ね。それに気づくと、単純な考えが頭によぎった。しかし、そんな単純なことを考える頭が鳥獣は持ち合わせてあるのか?


 警備をすることになってから月が空高く昇っていた。

 自警団員と狼たちは交代しながら、農作物の警備をしていた。

「手伝うと言っといてなんだけど、眠くなってきたかな」

「なら、寝ていくかい? 何かあったら報せるから」

 ダイゴロウたちが空に向かって吠え出した。

「……どうやらその必要ないみたい」

 わたしとキッジは空へ見上げた。

 鳥、いや人の姿か、一瞬錯乱したが、目を凝らして姿を捉えた。

 その姿は、前世でやっていたゲームで見知った、ハーピィという種族だ。両腕が翼、両脚に鳥の爪なのだから間違いないだろう。

 カミホを召喚し、カミホのカメラにハーピィを収める。


ウィッチハーピィ

『ハーピィ種の中でも極めて稀な変異種。不老長寿でとても賢く大きな魔力を秘めている』


 やっぱりハーピィか。ハーピィが徐々に降下してくる。

 その姿がより鮮明になっていた。美少女ともいえる顔立ち、綺麗な赤い長髪、装飾品は青のチョーカーをと腰巻を付けていた。逆に着けているのがそれだけで、上半身が露わになっている。わたしよりはある胸は長い髪で際どく隠しているが、それでも胸は揺れている。羨ましくはないよ。

 狼たちは吠えるだけで、ハーピィは畑の中に着地しようとする。

 自警団員たちが弓矢を構えて射撃する。

 しかし、矢はハーピィの放った風によって撃ち落とされた。

 逆に風が自警団員たちを襲った。

 わたしは銃口をそこへ向けて撃った。

 銃弾はハーピィの身体をギリギリ通り過ぎただけだった。

 これで退いてくれればいいけど、なんて甘いか。ハーピィがわたしに顔を向けた。同時に殺気が立ったのが伝わった。

「あんた、何者?」

 ハーピィが喋った。容姿通りの少女の声だ。しかし、怒りの籠った声でもあるというのは子供でも分かるだろう。

「そこの畑を荒らさないでくれるかな? 農家さんたちが困っているの」

 そう言うと、ハーピィがやだよ、と舌を突き出した。

「生憎、人間の都合なんか知ったこっちゃないわ」

「だったら、焼き鳥にするけどいいの?」

「やれるものなら、やってみな」

 畑へ着地するはずだったハーピィが強風を纏って空中へと飛んだ。

 わたしはキッジの方へ顔を向ける。

「キッジ、ダイゴロウたちをお願いッ!」

「ノルン、君はッ!?」

「決まってるッ! あのハーピィを倒すッ!」

 わたしはアンチグラビティを使って地面から足を離す。さらに、

「エアキックッ!」

 空気を蹴って上空へと駆けて行く。

 ハーピィの近くをすれ違うと、慌てて逆方向にエアキックをしてブレーキをした。

「へぇ、あんた飛べんだ」

「ここなら畑もキッジたちにも被害は出ないッ!」

「ま、いいわ。あたしも好都合よ。一番の邪魔であるあんたをここで仕留めればあとは雑魚ばかりよッ!」

 あっちも殺る気満々ってことね。でもかまわない。初めての空中戦、勝ってみせるッ!

「ブリザードスピアッ!」

 先手を取ったのはハーピィ、わたしも遅れて詠唱する。

「フレアランサーッ!」

 氷には火で迎え撃つッ! わたしの放った炎の槍がハーピィの放った氷の槍を砕いた。

「ちッ!」

 ハーピィは炎の槍を難なく躱しながらも舌打ちをした。

「あんたも魔法が使えるなんてねッ!」

「それはこっちの台詞だよッ!」

 意外だったのはお互い様。さて、魔法勝負といこうか? 今度はこちらからだッ!

「ボルトレイッ!」

 雷のレーザー魔法を放った。さて、どう出る?

「サンダージャベリンッ!」

 雷の槍を放ってきた。真向からぶつかってきた。

 雷は相殺されて途中で弾けた。地の魔法を使ってこなかった。

 さっきの炎の槍が来た時も、水の魔法を使わなかった。いや、躱した方が賢明だったからか? それなら一理ある。消したところで蒸気によって前が見えなくなってしまう。

 いや、ただ単純に水の魔法が使えないからか?

 だったら、確かめてみる魔法がある。それで判明するはずだ。

「シャドウダガーッ!」

 闇魔法。わたしの予想通りなら――、

「ファイアボムッ!」

 火魔法が迎え撃たれる。やっぱり。ならば、ダメ押しの――、

「ライトランスッ!」

 光魔法で迎え撃つ。光は火に強い。どう出る?

「ブリザードスピアッ!」

 氷魔法を放ってくる。ならば――、

「イグニスルージュッ!」

 広範囲の火魔法を放つ。さっきより強い炎だ。躱せないはず。

「エアウォールッ!」

 なにッ!? 風の壁を造って炎から逃れたッ!?

 恐らく何重もの風の壁が炎を防いだんだッ!

 単純な属性相性で勝敗が決まらないわけだ。水だって凍らされるし、地面に籠もれば炎からは逃れられる。例外、というのは多分こういうことだろう。

 しかし、あのハーピィと戦ってわかったことが二つある。

 一つは、使える魔法が火と氷と風と雷だけだということ。

 もう一つは、同じ魔法を連続して使えないこと。そういうクールタイムがあるのかは知らないけど、わたしの場合は連続して使える。MPで例えると、まだ90%以上は残っている。

 さて、魔法の手は全て見せてもらった。一気に――ッ!

「エアウィングッ!」

 魔法を詠唱したハーピィの翼に風を纏わせて猛突進してきた。

 わたしはそれを避けようとしたが、エアキックを発動させることが出来ずにジタバタしてしまった。そこへハーピィの体当たりが腹に喰らってしまう。思わず血反吐を吐いてしまった。

「これは効くようね」

 ハーピィがニヤリと呟いた。

 思わぬ誤算だ。わたしのエアキックが発動しない。いや、エアキックは空気を固形かさせてそれを蹴って移動する風魔法だ。

「さあ、さあ、さあッ! あんたを嬲り殺しにしてあげるッ!」

 風を纏った翼をわたしに目掛けて吹かしてくる。間違いないエアキックの構造を把握して発動を阻止しているッ!

 これじゃ、ワンサイドゲームだ。どうする、わたしッ!?

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