街へ行こう

 早朝、わたしは家の周囲に結界魔法を唱えていた。

「イージスエリアッ!」

 これで留守中に狼が狙われることはないはずだ。

 狼たちにも伝えておこう。しばらくいなくなるからね。まぁ、今日中に帰ってくるつもりだけどね。

「みんな、わたしは街に行くよ。今日中に帰ってくるけど、くれぐれも家の周辺から離れないようにしててね」

 ワォーン!

 狼たちの雄叫びが森林中に響いた。どうやら了承してくれたようだ。

 ところが、一匹、体躯の大きいのがわたしに寄り添ってきた。そのまま、脚にすりすりしてきた。甘えているのかな。それとも……。

「乗っていいのかな?」

 ワン!

 元気に吠えた。乗っていい、ということだろう。

 わたしは狼の厚意に甘んじて大きな背中に乗ってみることにした。

「よいしょ。おお……」

 すごいな。本当に乗れてしまった。乗り心地は悪くない。狼の体毛が柔らかくて気持ちいい。このまま、進んでいこうかな。

「それじゃ、いってくるねッ! みんなッ!」

 ワォーン!

 留守を任せた狼の雄叫びを背に、家から出発した。

 やはり狼の走行速度は尋常じゃない。生まれ変わって初めてのスピードだ。それが安定して走っているこの狼はすごいと思った。

 そういや、狼たちに名前とか付けてないなぁ。街に着いたら首輪とか買えるかな?

 そんなことを思っていると、あっという間に森林地帯の知らない場所を抜けていき、平原へと出た。それはまさに中世のファンタジーといったのどかな雰囲気で前世のように建物や畑や田んぼがあるわけではない。ただの草が生い茂っているだけだ。街道が見えたのでそこへ向かうことにする。

 街道に沿って進んでいるのだが、この通りで合っているか、カミホの地図機能で確認を取る。うん、このまま進んで間違いないようだ。

 街道を進んで5分経過。向かいから馬車が来た。

「うおッ!? どうしてここに狼がッ!?」

 馬車の御者が驚き、馬が慌てている。

 特にこちらから何も仕掛けてはいないのだが、フォレストウルフという個体が怖いのだろう。

 そこで、狼にスピードを落として素通りするように指示した。

「ごめんなさい」

「お、女の子?」

 御者が目を丸くしてこちらを凝視している。馬も襲わないと思ったらしく落ち着き始めた。

「あの? お嬢さん?」

「はい? なんでしょう?」

 御者がわたしを呼び止めた。無理もないが。

「お嬢さん、もしかしてその狼を手懐けているのかい?」

「ええと、手懐けた、というか、わたしをボスみたいにしているというか……」

 御者が頭を抱えた。

「あの? やっぱり目立ちますかね?」

「目立つに決まっているじゃないか。魔物を手懐けているなんて、初めて見た」

 この人が言うってことはよほど珍しいのかな。

「そうなんですか。わたしも不思議に思っているんですけどね」

 そう言いながら、狼の頭をゆっくり撫でた。

「驚かせてすみません。街まで向かうので、それでは」

「街までッ!?」

 御者がひどく驚いたが、気にせず街まで走らせる。

 さらに五分経過。街門まで着いた。しかし、そこで足止めを喰らった。

 そう、街門に駐在している門兵二人に足止めされた。

「あの……もしかして、この子のことで……?」

「そうじゃなかったら止めるものかッ!」

 仕方なく狼から降りる。

「ご苦労様。ここで少し待っててね」

 狼を撫でて労う。しかし、門兵二人はわたしを足止めする。

「いいわけないだろッ! お前、怪し過ぎるぞッ!」

「というより、フォレストウルフと待つ羽目になる俺たちの身にもなってくれッ!」

「と、仰られても……」

 言いたいことはわかるけどね。

「でも、街に入りたいんです」

「身分証は?」

「……ありません」

 あ、これどの道通してくれない展開だ。

「だったら通すわけにはいかんな。魔族の可能性があるし」

 魔族、さっきの御者も言ってたな。どんな存在だろ?

「入りたかったら、この外壁でも通り越していくんだな」

 あ、言ったね。

「それで、いいんですね?」

「ああ。いいとも」

「おい、馬鹿ッ!」

 わたしは口をニヤリとした。

「じゃ、入りますね」

「えッ!?」

「待てッ! こいつの言ったこと撤回ッ! 撤回させてくれッ!」

 もう遅いよ。入りたければ外壁を通り越せってね。

「じゃ、待っててねッ!」

 狼と一時的に別れを言うと、外壁を軽く飛び越え、街へと入った。

 門兵が追いかけてくる様子はない。わたしたちの後ろには馬車が並んでいたので、荷物検査をしなければならないのだろう。

 わたしを追いたくても、追えないのだ。なので、この隙にわたしは買い物を済ませることにした。あ、そうそう。身分証も発行してくれるところも探さなきゃね。

 街並みはレンガで造られた建物が多く、どことなくファンタジーな世界にありそうな感じだ。

「泥棒ッ!」

 目の前の民家で騒ぎを聞いた。ドアからいけしゃあしゃあと泥棒たちが出てくる……。どこぞの勇者あるあるだよ。あれ?この人たち?

「昨日の一行ッ!?」

「お、お前はッ!? 昨日の森の女ッ!?」

 なんというか、姑息っていうか、自分勝手さがあるパーティだとは思っていたが、そこまで堕ちてしまったとは。これでは勇者(仮)じゃなくて泥棒(確定)だな。

「女ッ! お前のせいで、俺たちは――ッ!」

 泥棒の男が何か言っているので、全員の足に発砲した。

 どんな理由があっても泥棒は泥棒だ。だから、先手は撃たせてもらった。

「自警団が来たぞッ!」

「くッ! またしても俺を邪魔するのかッ!」

「いや、因果応報でしょ」

 この人たちに何かを言われる筋合いはない。

 しばらくして、自警団と呼ばれる人たちが来て、泥棒一行を連行していった。

「覚えてろッ! 狼少女ッ!」

 少年に恨み言と二つ名を付けられた。狼少女。悪くないかもしれない。

 自警団の一人がわたしに向かって駆け出した。日本人かと思われる黒髪の若い青年だ。

「すみませんが、身分証を見せてくれませんか?」

「実は、持ってなくて……」

「どうやって門兵に通してもらったのです?」

「実は、門兵の人に入りたかったら外壁を飛び越えろ、と言われたので……」

 それを聞いた青年は頭を抱えた。

「そうでしたか。ですが、無断で入ったのも事実ですし、泥棒一行を捕まえてもらったのも事実ですし……」

 青年は悩んだ末、

「一度、街門に戻りましょうか」

 結局、買い物ができないと……。

「はい。わかりました」

 仕方ない。変に逆らうわけにいかないし。

 わたしは青年に従う形で、街門まで戻ってきた。すると門兵二人が、男を取り押さえていた。青年が訊ねる。

「一体何が起きた?」

「実は、このフォレストウルフがこの馬車の匂いを嗅ぎまわって吠えていたのです。すると、積荷の奥に爆薬が発見されまして……」

「なんだってッ!?」

 この子、そんなことができるのか。麻薬犬並みの働き。

「そのフォレストウルフの飼い主が、あなたが連れてる少女でして……」

「えッ!? そうなのかッ!?」

 青年がわたしに顔を向けた。

「は、はい。門兵さんたちに止められたのはそのせいでして。迷惑をおかけしてすみません」

 わたしは青年に頭を下げた。一応、帰り支度でもするかな。

「……僕と一緒に自警団本部に来てくれますか?」

「えッ? いいんですか?」

 意外な展開になった。まさか、招待されるとは。

「ええ。あなたには功績がありますし、今後のために身分証も発行した方がよろしいでしょう」

「そんな何から何まで、ありがとうございますッ!」

「いえ、あなたとこの狼には助けられました。礼をせねばなりません」

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