初めての人間

 それから十日経った。


 この十日間、わたしは狼を従えながら、森林での日々を充実していた。

 狼たちはわたしを襲おうとせず、むしろ忠犬のように働いてくれた。

 狩りに出かける時は、狼たち総出でわたしについてきてくれる。

 おかげで鹿や猪を狩るのが楽だ。

 無論、わたしの取り分を解体すると、残ったものを狼たちがしゃぶりつく。わたしも一歩間違えればああなっていたかもしれないと思うとゾッとした。

 食事だけでなく魔法の勉強も行っている。勉強好きではないのだが、ゲームの攻略本を読んでいるみたいで楽しめた。この世界の魔道書がそうなのか、森様がわかりやすくしてくれたのかはわからないけど、わたしは数多くの魔法を覚えることができた。

 使えるのは水、火、氷、風、地、雷、光、闇の八属性、この世界のスピリトゥスでの無以外の属性魔法を全部覚えた。原則となる属性相性も覚えた。水は火に強く、火は氷に強く、氷は風に強く、風は地に強く、地は雷に強く、雷は水に強い、基本的な六すくみになっているが、例外もあるらしい。光と闇に関しては複雑で、光は火と風と雷に強く、氷と水と地に弱い。闇はその反対である。これも例外があるらしいが、今のところそれを頭に入れれば問題ないだろう。なお、無は弱点もなければ強みとなるものもいない。なんで無属性の本は置いてないんだろ? 街に行けば魔導書手に入るかな?

 そういえば、森林地帯は大体把握したけどそこから出たことないや。というよりお金もないし……。それでも、本格的に街を探しに行ってもいいかもしんない。

 そんなことを思っていると、狼たちが外で大きく吠えだしてる。何があったのかな?

「どうしたの? みんな?」

 玄関から身を出してわたしがそう呼びかけると、子狼たちがわたしに近づいてきた。どうやら困っているみたい。

「この狼どもがッ! 生意気なッ!」

 男の声だ。声の方へ顔を向けると、男の他に魔法使いらしい女性、聖職者っぽい少女、そしていかにも勇者って見た目な少年がいた。どうやら狼たちが襲われているみたいだ。

「やれやれ。待っててね」

 子狼たちを家に入れてわたしは勇者(仮)一行に向かって歩き出した。

「あの、何か用でしょうか?」

 それと同時に吠えていた狼たちを下がらせた。

「フォレストウルフを……ッ!? あなたは一体何者ッ!?」

 女性の発言と同時に、一行も武器を構えてわたしを警戒してきた。

「わたしはこの子たちの飼い主です。この子たちが粗相をしたのなら謝罪します。ですが、彼らを討伐しに来たのなら撤回させていただきます」

 わたしも腰のベオウルフに手をかける。この子たちを見殺しにはできない。

「なんだッ!? この狼たちの飼い主だとッ!? ふざけやがってッ!」

「ふざけたつもりはありません。わたしはこの子たちと共に暮らしているんです」

 睨みを利かせたつもりだが、男は聞く耳を持たないようだ。

「だったら、お前を――ッ!」

 男が振りかざした斧に向けて速攻でベオウルフを抜き、斧の柄を撃ち抜いた。斧は見事に折れ、地面に刃が落ちた。

「女ッ! テメェ何をッ!?」

 この反応、どうやら銃は普及してないらしい。

「帰ってください。わたしはそれ以上のことを望みません」

「この女、調子に乗って――ッ!」

 バンッ!

 男の頭すれすれに発砲した。警告の意味を込めた一発だ。

「いい加減にしてくれませんか? それ以上踏み込めば……」

 わたしは銃口を彼らに向け直した。これ以上何かすれば撃つ。

「待ってくださいッ! 狼の飼い主さんッ!」

 勇者らしき少年がわたしの前に出た。

「帰ってください、と言ったはずですよ」

「聞いてますッ! ですが、こっちにものっぴきならない事情があるんですッ!」

 緊迫した状況でわたしに迫ってきた。だけど、わたしは――。

「聞くつもりはありません」

 わたしが反論すると、少年がわたしを抑えにかかった。

「今だッ! 俺が抑え込んでいる間に――ッ!」

「舐めないでッ!」

 ベオウルフを少年の腹部に突き付け、引き金を引く。

 少年を樹まで吹っ飛ばした。少年の腹には風穴があいて出血している。

 随分、姑息な手を使ったものだ。

「おのれ、卑怯者――ッ!」

「あなた方に卑怯と言われる筋合いはありません」

 少年を回復している少女の言葉をすぐに反論した。

「最後の警告です。ここから去りなさい。さもなくば――」

「ウィンドカッターッ!」

 風の刃がわたしを襲う。

 あの魔法使いのものだろう。しかし、わたしは退くことができなかった。

 退けば狼たちに当たってしまう。そんなの許せない。

 だから、わたしが身を挺してガードの魔法陣を発動させた。

 魔法ガードをしたおかげでほぼ無傷で抑えられた。

 今度はこっちの反撃の番だ。ノルンの撃つ場所を思い描けば必中の必殺技だ。

「アラケルバレルッ!」

 魔法使いの杖を砕いてやった。これで魔法能力は半減だろう。

 まだやるのか? 念のため、さらに狼たちを下がらせた。

「まだやりますか? これ以上無駄な抵抗はやめてください。次は命を落としますよ」

「まだだッ! 俺はまだ諦められないッ!」

 諦めてよ、いい加減……。しょうがない。終わらせよ。

「えい」

 二回発砲した。発砲した先は少年の剣と、少女の杖だ。これでもう戦えないはずだ。

 さて、ここからどうするつもりなのかな?

「せめて、一匹だけでもッ! このままじゃクエスト失敗になってしまうッ!」

「減俸はきついよ……」

「この女さえいなければ……」

「どうしよう、武器がこれではもう……」

 やはりか。フォレストウルフ討伐による金儲けね。だったら……。

「そういうことでしたら、他を当たってください。この子たちには指一本触れさせるつもりは毛頭ありませんので」

 本当の最後に笑顔で警告する。目は笑わせずに。自分は快楽殺人者だと思い込むように。

「か、帰るぞッ!」

「あ、待ってッ!」

「お前、先導で逃げやがってッ!」

「ちょっと、わたしを置いてかないでッ!」

 回復した少年が先に逃げ出し、他の者も少年を追いかけるように去っていった。

 なんだか嵐のような出来事だったな。

 狼たちがあとを追っていく。

「あ、待ってッ! あとを追う必要はないよッ!」

 狼たちを止めるが、構わず追っていく。

 だがしばらくして戻ってきた。何か袋を咥えている。ジャラジャラ鳴っている。もしかして……。

「追いはぎしてきた?」

 首を振って否定してきた。

「落としていたから拾ってきたの?」

 ワン!

 元気に吠えた。どうやらあの一行が逃げる際中で落としたらしい。

 中身は予想通り、銀貨や銅貨がずっしり入っていた。

 これで街へ行く理由が出来たけど……。

 狼たちを見ていると、どうしても躊躇ってしまう。

 あの一行以外にも狙ってくる連中がいるかもしれない。そう考えると、足取りが重い。

「どうしようかな……」


『――それであたしに相談したのか』

 困ったので、その夜、森様と通話していた。

「はい、拾ったお金をどうしようかと……」

『心配するな。元は連中が君の仲間に手を出したのが原因だろ? 迷惑料だと思えばいいさ』

「そうですか……」

 森様が言うんだ。ありがたく受け取るとしよう。

『そうだ。狼たちのことだが、心配する必要はないぞ』

「それはどうして、ですか?」

『君、結界の魔法を覚えているだろ?』

「そうですけど……」

『なら、結界を張りなさい。そうすれば、狼たちは護れるだろ?』

「しかし、結界なんて張ったら、狼たちに負担がかかりませんか?」

『あれは味方としている者を護る効果もある。君にとって味方は狼だろ?』

「そうです。でも、効果はあるんですか?」

『大丈夫だ。結界の外で見つかっても、中に入ってしまえば追われなくなるだろう』

 なるほど。なら明日、結界を張っていこう。

『それに、君が不老不死とはいえ、森林ばかりに居られても困るからな。街へ行ってみてほしいんだ』

 見守っている側も退屈ってことか。

「わかりました。明日街へ行ってみますね」

『よろしく頼むぞ。街に行けば、きっと無属性の魔法の書籍も手に入るだろう』

「気になったんですが、無属性魔法って貴重な魔法なんですか?」

 森様が用意してくれた書斎にはなかったので訊いてみた。

『貴重、というより、希少というのが事実かな。実用性でいえば、他属性の魔法の方があるからな』

「なるほど……」

 それで書斎になかったんだ。納得できた。

『街へ行けば売っているはずだ。街まではそれなりに時間が掛かるだろうけど』

「はい、森様、ありがとうございます。おやすみなさい」

『ああ、おやすみ』

 さてと、明日は冒険だな……。

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