狼と出会った

 わたしが転移させられてすぐ周りを見渡すと、樹々が生い茂る森林だ。

「ここからスタートか。森様には文句言えないなぁ」

 転生もののスタートって平原からだったような気がしたんだけどなぁ。

 いや、これはわたしの、スピリトゥスのノルンの人生なんだ。気ままにやっていいよね。

 とりあえずは、森の中に用意してくれたセーフハウスまで歩いていきますか。

 しかし、生前の俺、とは大違いだね。今のわたしは。だって、多くの気配を感知できる。森の小動物の動きまで捉えられる。そして、わたしを狙ってくる者も。

 わたしはすっとベオウルフを腰から抜き、身構える。

 わたしを狙ってきた者、それは三匹の四足歩行の音。

 すごい。ここまでわかるものなのか。その三匹がどこから来るのか、予想できる。

 しかし、運が悪いのか、良いのか。わたしは少し笑っていた。

 わたしの、ノルンの力をここで発揮する場面が訪れるとは。

 ガウガウッ!

 樹の影から狙ってくる者の一匹、草木に似た緑色の狼が襲い掛かってきた。

 そういうのはね――ッ!

「お見通しだよッ!」

 ベオウルフを狼に向かって引き金を引いた。

 バンッ!

 撃たれた狼は倒れ、腹に風穴ができて出血している。

 木陰に潜んでいた狼たちが飛び出してきた。

 しかし、わたしを狙っているわけじゃないっぽい。

 どうやら撃たれた狼を心配してきているようだ。

 なんか罪悪感を抱いてきちゃった。

 二匹の狼はわたしを警戒して吠えてきた。

 わたしは銃口を下ろし、ベオウルフをしまった。

 戦う意思がないならそれでよし。

 わたしはセーフハウスへと足を向けていった。

 ……。

 森様が魔法を使えるようにしたとも言っていたな。

 なら、回復魔法も使えないかな。

 わたしは踵を返して狼たちの元へ戻ってきた。

 一応、襲われた身ではあるけど、責任はあるからね。

 二匹の狼がわたしを警戒してくる。

 それに対して、わたしは一睨みをして二匹の狼をどかせる。

 わたしは二匹の狼に構わず自分が撃った狼の腹に手を翳す。

 魔法が使える、という実験のためだ。

 それだけのためだ。特に他意はない、と思っている。

 しかし、どうやって魔法が使えるのだろう。ゲームの回復魔法でベターなのはやっぱり――。

「ヒールッ!」

 わたしの手から狼の風穴に向けて光を照らした。

 想像通り、狼の傷口が塞がっていく。

 わたしが離れだすと、倒れた狼がよろよろと立ち上がってみせた。

 どうやら成功したみたい。

 狼たちが戯れている。無事に生きていることを喜んでいるんだろう。

 ただ、釘は刺しておかねばならない。

「次はないから」

 自分でも冷酷だと思う言葉を狼たちに突き付けた。

 その言葉を狼は聞き入れたのか、三匹の狼は去っていった。

「行こ」

 そう呟きながら私はセーフハウスへと向かった。

 他に敵がいないか警戒しながらも、セーフハウスがどんなものなのかわくわくしている。

 森林の中だから、木材を中心としたログハウスだろうか。そこで自給自足の生活を送るのかな。楽しみだな――。

 そう思ったのも束の間、明らかに見覚えのある一軒家が建っていた。前世の建物そのものじゃん。森様、森に合った建物にしてくださいよ……。

「ここだよね。絶対」

 そう呟きながら家のドアを開けた。内装は、やはりというべきか、ファンタジー要素のない間取りになっている。リビングに個室に書斎、前世の価値観で述べると、どう考えたって理想のマイホームといったところか。ただ気になったのは水道やガス、電気などはどうなるんだろう? そんなことを思っていたらリビングのテーブルに、スマホと鍵が置かれていたのを確認した。それの着信が鳴った。わたしは慌ててそれに応じた。

「もしもし?」

『もしもし、ノルン。無事に着いたそうだね』

「森様ッ!? 一体どのようなご用件でッ!?」

『なに、君との連絡を試したまでだ』

「女神様がそんな頻繁に接触して大丈夫なんですか?」

 森様、もしかして暇だから掛けてきたのかな。

『仕事の一環だ。それより、その端末なんだが神器だから安心してくれ』

「神器?」

 それって神の道具と呼ばれるものか?

「そうだ。神のスマートフォン、名付けて『カミホ』だ」

「それで、カミホのすごいところは?」

 この際、ネーミングセンスにはツッコまないでおこう。

『ただのスマホだと失くしたり、破損することがあるだろ?』

「ええ。アップデートに対応できなかったり、機種変更する必要がありますからね」

『それが、このカミホは宿主の君に応じて召喚したり、耐久面も天から落としてもひび一つ入らないッ! アップデートは常にしていくから機種変更する必要なしだッ!』

「……結構すごいことはわかりました」

 森様が盛り上がっているけど、大層な物なのは伝わった。

「訊きたいことあるんですがいいでしょうか?」

『反応がそっけないな……。まあいい、なんだい?』

「家の内装見て思ったんですけど、水道とかガスとか電気とかってどうすれば?」

『ああ、水道もガスも電気も通ってないよ。その代わり、君に授けた魔法があればどうにかなるだろ』

「具体的にはどうすれば?」

『詳しくはカミホに載せてあるマニュアルでも読んでくれ』

「確かに、言われるよりかはわかりやすいかも……」

『マニュアルにも記載してあるけど、書斎には魔導書があるからそこから魔法を学んでくれ』

「とりあえずは、電気と水と火は覚えろってことですね」

『そういうことだ。君には妄想力があるからすぐに身に付くはずだ』

 確かに、さっき狼を治した時はイメージでどうにか発動できちゃったけど……。

「そういうことでしたらわかりました。なんとかやってみます」

『そうだな。自信を持てよ。その身には君の知るノルン以上に力はあるんだからな』

「ありがとうございます。森様」

 通話が切れると、カミホで『転生者の君へ』というアプリを開く。どうやらこれがマニュアルらしい。

「えっと、生活に必要な魔導書は書斎の『生活必需術』を閲覧すべし、ね。書斎から取ってくるか」

 書斎へ行き、本を読んでみた。異世界の字で書かれていたが、不思議と普通に読めた。最初に書いてあった。電気と水と火の魔法の使い方。どれどれ……。

「ブレーカーに手を当て、電気を流し込んでください、ね」

 森様が言っていたな。妄想力があるから大丈夫だって。

 電気を家全体に流し込む感じを思い浮かべれば……。

 ビリビリ。

「成功した?」

 試しに電灯を点けてみると――。

「点いたッ! 成功したッ!」

 文明の光が、こんなにも尊いものだったなんてッ! 喜びで舞い上がりそうだ。

 しかし、そんな感情はすぐに消えていった。

 そう、生理現象には敵わない……。

 トイレがわかりやすいとこにあるのはラッキーだった……。

 ……あれ? このまま、トイレに行って大丈夫なの?

 トイレで用を足した後に思った。

 女子として利用するのが初めてなのはもちろんだが、男だった性的な興奮がわたしとして出てこなかった。

 それはよかった。だが、問題は下水処理だ。

 なんとかしないと、早急に本を読み直した。

 だが、問題は下水処理の魔法が難しいことがわかった。

 理由は明確、下水処理なんて想像できないことだ。詳しい構造なんて知らないし、調べてない。

「そうだ。カミホで調べられないかな?」

 カミホを呼び出すと、間取図が載っているのに気づく。どうやら下水管の先には、外の肥溜めに繋がっていることを知った。

「だったら流し込めばいいだけじゃんッ!」

 ……初めての水魔法が下水処理なんて、なんか嫌だな。

 とりあえずの問題は解決した。あとは火の魔法を覚えるだけになった。

 キッチンのコンロに立って、火を起こす。

 まあ、電気と水よりはイメージしやすかったかな。

 とりあえずは生活に必要な術は一通り覚えたかな。でも、これは基礎だし深く読み込まないとね。その前に、食事を摂りたいけど冷蔵庫の中は――。

「空、そうだよね。流石に森様に頼りきりじゃ、だよね」

 しょうがない。狩りに行こうか。治癒術が使えるから大丈夫だよね。

 わたしは玄関のドアを開けてベオウルフを構えて飛び出した。

「って狼ッ!?」

 さっきの三匹の狼が子狼を連れてきたッ! 総勢、15匹ッ!

「さっきの仕返しッ!?」

 狼たちに銃口を向けると距離を遠ざけていった。

 だが、去ろうとも襲おうともする気配がしなかった。

 銃口を下げてみると、近づいてきた。

 なんだろ。この子たち敵意がないような気がする。

「何しに来たの?」

 狼たちに訊ねてみると、狼の三匹ぐらいが猪を咥えて持ってきた。

 もしかして、この子たち……。

「それ、わたしにくれるの?」

 すると、一匹が元気よくワン! と吠えた。

 本当なんだ。

 あ、そうだ。カミホで調べることできるかな?

 カミホで狼たちを撮ってみる。すると、ゲームのモンスター図鑑みたいなものが出た。


フォレストウルフ

『森林に棲息する狼。森林に住む動物にとっては天敵となっている』


 ステータスとかは出てないけど、説明から察するに強そうだ。

 ……もしかして、テイムしているのかな、この子たちを。

 試しに撫でてみようと試みる。

「おいでー。いい子だから……」

 一応、警戒はしてた撫でたけど、大丈夫みたい。気持ちよさそうにしてる。

 一匹を可愛がったら、他の狼たちによる待機列ができてる……。

 狼ってこんなに懐きやすいものだっけ?

 でも、食糧を持って来てくれたのは嬉しい。十五匹分を愛でるくらい、安いよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る