第10話 府中合宿
府中合宿
東府中の改札の外で、あたしはホームから上がってくる人を見つめていた。
時間に間違いないからこの電車で来ているはずだった。
降りの電車を降りただろう人たちが大方改札を抜けて、コンコースに人影がまばらになった頃、慌てるでもなく、山本さんとメイが悠然とエスカレータで登って来た。
あたしは遅いとは思ったけれど、そんなそぶりは微塵も出さず
大きく手を振った。
するとまだエスカレーターの上なのに
メイが両手を上げてピョンピョン飛び跳ねた。
そんなにヤワには出来ていないと思うが、メイ。エスカレータ壊したら、弁償で親が泣くぞと思った。
大学は夏休みに入っていた。
メイは千葉だけれど山本さんは静岡なので、しばらく会えないと言うことで二人が府中の家に泊まりにくることになった。
駅から、家まで10分くらいだ。
あたしたち三人は、駅をですと。東府中の住宅街を歩いた。
二人ともあまりに当たり前の住宅地に感想も出ないようだった。
「二人とも何黙っているのよ、せっかくわざわざ来たんだから、なんか感想はないの」
「莉奈ちゃん、ここギャップはないの、なんか、北米と比べると、ど日本という感じなんだけれど」
「まあど日本だからね」期待を裏切らないメイの感想だった。
「私は、府中というと競馬場と刑務所というイメージだったけど」
「日銀の事務センターと航空自衛隊の基地もあるよ」
「じゃ滑走路とかあるの」
「ないんだよね」
「飛行機ないの」
「うん」
「じゃあ、なにする基地」
「さあ」
「ま女子にはどうでもいいことか」と言ってあたしたちは笑った。
十分歩いて家に着くと、
「年季の入った家だね」とメイがいう。
聞きようによっては嫌味だが、メイにそういう気持ちがないことはわかっている。
「あたしはこういう家は好きだな、なんか落ち着くよね、日本人に生まれてよかったなって」さすが言動が大和撫子の山本さんだ。
アメリカかぶれのメイと、心はカナダ人のあたしには、わからない感覚だ。
ジョウバに一番食いついたのはメイだった。
「あう」「おー」とか聞きようによっては卑猥な呻き声を上げてさっきから飽きもせず乗っている。
「ちょっとメイいい加減にしなさいよ」山本さんが子供を叱るような感じでメイにいう。
「いやこれすごくいいよ、最初はこんなものとおもったけど。これはいい、ウエストが細くなる」
「そんな今やったくらいでお腹がへこんだら苦労はない」と山本さんがバッサリ切り捨てる。
「いやほんとよ・・・・・。ねえ」とメイがあたしに言う。
「いや、腰、振りながらに振られても」
「うまい」
「いや。駄洒落とかそういうつもりはないから」
「えー」といきなり山本さん。
「でも、持ち主でしょう」
「持ち主は死んだバーバだから」
二人ともこの間の公君の事が聞きたいだろうに、なんかあたしに探りを入れているようでおかしかった。
何より一番に遠慮なく聞いて来そうなメイが変に我慢している。
これは山本さんに釘でも刺されたなと思った。
まあ今日は二人とも府中の家に泊まるので、時間はいくらでもある。
夕飯は焼肉だった。
女子だけだと周りの目を気にしなくていいので、こういうものになる。
奮発した肉を次々焼いて、口の放り込んでゆく。
他の目がないと遠慮がない。日本の肉は美味しいな、とつくづく思う、
奮発したのは肉質ではなく、量だけれど、十分美味しい。
「やっぱり日本の肉は美味しいね」とメイがいう。
「やっぱりそうだよね」とあたしが食いつく。あっ、肉にじゃないよ、話にだから。
「私は日本に戻ってきて、結構経つけど、戻った時は何てご飯が美味しいいんだと思ったもん」
「でも肉とか本場でしょう、なんせ北米なんだから」と山本さんが言う。
帰国子女二人に囲まれると、一種独特の疎外感を感じるものだけれど。あたしたちの間にはそういう感情は唸れない。
と思う。
「このレベルの肉を食べようとすると、もっと高いということよね」
「へー」
「うちの近くに、カナダ人がやっているお鮨屋があるけれど、なじゃこれってなもんよ、で、日本人がやつているお鮨屋さんがトロントにあるけれど、そこは普通だけれど、ここもなんじゃこれってくらいの値段だから」
「日本は値段とクオリティーがすごい、牛丼とかね」メイが乗っかる。
「そういえばこの間の人は彼氏」と山本さんが尋ねて来る。来たかとあたしは思った。
「イヤイヤ、そんな」
「彼氏じゃないの」と何かを解禁されたようにメイが尋ねてくる。
「分かりました。初めから話します」
「そう来なくちゃね」とクールなはずの山本さんが嬉しそうに反応する。
私は公平くんを公君と呼んでいた。
「公君は、浜野公平君とは夏の間だけの友達だったの」
「夏。?」
「そう、毎年夏には日本に帰って来ていたの、ここにも、この家にも来たよ、でもほとんど茨城のお爺ちゃん家、そこでちょっとだけ近くの小学校に編入させてもらうのね」
「そんなこと出来るんだ」山本さんの疑問は最もだ。
「休みの期間が違うから」
「ああ、なるほど」
「その時の同級生。とは言っても一週間くらいだから、そんなに深い仲にはなれない」
「好きだったの」
「そう言われるとすごく困るんだけど」あたしはちょっとだけ嘘をついた。
「でも夏になるたびに、また公君に会えると楽しみにしていたから、そんなにネガテブな感情はなかったんだと思う。中学に入って定期的に日本に帰らなくなってからも連絡だけは取り合っていた、そして高校2年の夏に、二週間ばかりカナダに遊びに来たの。うちにホームステイという形で、まあそこで色々あって、しばらく連絡を取り合っていなかったんだけれど、このあいだ ばったりね」
「いやばったりじゃないよね。どちらかというと待ち伏せに近い」とメイは完全にスイッチが入ったように言う。
「人聞きの悪い言い方しないでよ。公君はそんな人じゃないから」
「でも違う大学の校門の前でばったり会うという状態を待ち伏せと言わなければ、ほかに言い換える言葉がないよ」
「まあそうなんだけれど」とあたしは口籠る。
「監視していた」
「こらメイ、もっと言い方がわるいぞ」と山本さんが言う。
「で公君とは何もないの」山本さんにバトンタッチ。
「だってこの間会ったのがカナダ以来だよ、って言うか人の友達気安く呼ばなおいでよ」
「まあまあ、じゃメイ、この恋あたしたちで見届けることにしょう」
「だから恋じゃないって」
「でもこの間話はしたんでしょう」
「うん」
「どんな話をしたの」
「口説かれた」とメイが入ってくる。
「だから、公君、自分の話ばかりしていたよ」
「たとえば」
「やれどこのラーメン屋が美味しくて、莉ちゃんに食べさせてあげたいとか。どこどこに行った。夜景が綺麗だった、その時莉ちゃん見せたいと思ったとか、朝日を見たけど美しくて、莉ちゃんに見せてあげたかったとか」
「それ口説かれているというより告白にちかいよね」と呆れた様に山本さんがいう。
「どこが」
「食べさせてあげたいとか、見せてあげたいというのはね自分が、ではなくて莉奈にって事でしょう、莉奈を口説くというより、愛しているという事でしょう」山本さんがそこまでいうと急にメイが小さくキャーと言った。
「私もそんなふーに愛されたい」
「だから違うって」とあたしは言った。
三人で 川の字に寝てあたしはその日寝付けなかった。
二人にはああは言ったけれど、きっと公君はあたしの事が好きだとおもった。
あたしも実は公君のことが好きだった。
だから高校2年の時。公君が遊びに来たことは、とても嬉しいことだった。
パパはせっかくだからということでナイアガラの滝に連れていったり、とにかく観光地という観光地にあたしと公君を連れて行った。
そしてあたしはあたしの友達を紹介した。
でもだんだん公君は元気が無くなっていった。
それがなぜかわからないまま公君は日本に帰り、それからなんとなく疎遠になってしまった。
でもこの間再会した時は公君は昔のままの公君だった。
公君はなんと駅で三つのところにある大学に入っていた。
久しぶりに会う公君は昔のまま、で嬉しそうにあたしのに話しかけて来た。
「莉ちゃんがお東京の大学に入るなんて、思いもしなかった」
「あたしだってそうだよ公君も元気そうで」
「そう見える」
「見える」
「それは莉ちゃんに会えたからだよ」嬉しい物言いだけれど聞きようによっては確かに口説かれていたということか。
では私は公君のことが好きなのか。
いや確かに私は公君のことは好きだ。
でもどうでしても、その先のことを考えてしまう。
だってあたしは、卒業したらカナダに帰るかもしれない。
そうなれば公君とだって
寝付けないと言っていたわりにそんなことを考えているうちのあたしは眠ってしまった。
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