第2話  新しい生活

新しい生活



羽田から調布まではエアポートバスがある。

これはママと確認済み、本当はモノレールで浜松町まで帰って、山手線で新宿あたりで降りようかなと思っていたんだけれど、さすがは母親というか、しっかり釘を刺された。

新宿なんかに寄ったりしちゃだめよ。

結局バスで帰ることになった。


バスの車窓からは東京の風景が流れて行く、東京がというより日本に全く馴染みがない。

あたしの日本語は何処まで通じるのだろう。

まあ日本の大学に受かったくらいだから、なんとかなるか。

あたしのホームタウンはどこだ、という思いが湧く。

あたしはカナダで生まれた。

あたしが生きてきたのはカナダのトロント郊外、言葉だって、これはパパとママには言えないけれど、日本語より英語の方が楽だ。パパとママはカナダに移住したくせに、頑なに家では日本語しか話さない。

普通に小中高とカナダの学校に通った。小さい頃は補習校にも通っていたけれど、その頃から自分の立ち位置がわからなくなった。補習校の日本人は、たいてい駐在で来ている人の子供なので、何年かすると日本に帰ってしまう。だからあたしの親友はみんなカナダ人だ。初めて好きになった男の子だって、日本人ではない。

ではカナダ人かと言われると、国籍はカナダだけれど、顔はアジア系だったかな。

まあ、あたしだって、アジア系だ。むしろ純粋に白人の友達なんてほとんどいないのではと思う。

テリトリーが違うんだ。

やはり厳然としたヒエラルキーは存在するし、だからこそ平等平等と騒ぐんだものね。初めから平等なら、平等という言葉すら存在しないかもしれない。だから地域で住んでいる人たちが変わる。うちの周りはインド系が多い。先生だって、生徒だって純粋な白人はあまり見ない。


大学は日本の大学というのがパパの希望だった。

それについてはママも賛成で、これは極めて珍しいことなんだけど、ママとパパの意見が一致していた。

ということはそれに贖うすべをあたしは知らない。

かくしてあたしは東京の大学に行くことになった。

当然ママは自分の実家の茨城から通わせようと画策した。

府中に行かせたくないママと、府中のメンテをして欲しいいパパとのせめぎ合いのなかで、府中に落ち着いたのはあたしの一言だった。

「学校に近い方がいい」

まあそう言われたら、さすがのママもそれ以上言えなくなった。

あたしは正直言ってどちらでもよかった。

私には府中も茨城も大差はない、そういう実家的なしがらみはあたしにはない。

ただ距離的な問題だけ。

あと強いて挙げれば、府中には誰もいないから、寂しい事、でも都会に出るには茨城より数倍便利。


あとおばあちゃんか。


東京バーバ


あたしは、パパ方のおばあちゃんのことはそう呼んでいた。

子供の頃は分からなかったけれど、今にして思うとちょっと怖い人だった。流石に生きていたら東京に住むとは言わなかったかもしれない。

でも10年前に亡くなっている。


バスが調布に着いた。

そこから京王線に乗って、府中まで帰る。

駅は府中ではなく一つ手前の東府中。

駅を降りると、駅前はある程度店があるけれど、少しいくと完全な住宅地へと変わる。途中小さな児童公園があり、サダコおばちゃんはここをゾウさん公園と呼んでいた。

「なんで象さんなの」と聞くと。

「昔、象さんの形の滑り台があったの。だから象さん公園」

「へーと」あたしは答えた。

まだ小さい頃だったから、なんだかもの凄く大きな滑り台を想像した。

なんで無くなってしまったんだろうと、とても残念な気持ちになったのを覚えているけれど、今横を通って眺めると、この公園はせいぜい五十メートル四方くらいだから象さんの滑り台と言っても、たかが知れている。


公園を過ぎるとそこは昔商店街だった通りで、ほぼ生活に必要なものは揃っていたらしい。今残っているにはタバコ屋くらいだ。

府中の家は住宅地の中にこじんまりと立っている。

築四十年位経っているらしい。サダコおばちゃんと、パパが小学生の時に引っ越して来た。さらにその時でさえ中古だから本当の築年数は定かではない。

それでも内装は古さを感じさせるけど、まだ全然しっかりしている。

サダコおばちゃんはパパのお姉さんだ。今は旦那さんの転勤でここには住んでいない。バーバが亡くなって10年、その間この家は空き家だった。サダコおばちゃんは一ヶ月に一度メンテナンスに来ていたし、毎年夏には二、三日はこの家に泊まっていた。とはいえ空き家だから、十年でどれくらいガタがきているのかなという感じだ。

玄関横に車一台分の駐車場、今は車は止まっていないけれど、サダコおばちゃんが旦那さんと帰って来るときは、ここに車が止まる。

玄関を入ると居間とダイニングキッチン、その奥がお風呂。

玄関の裏に回るように曲がるとトイレと階段、その先が東京バーバの部屋。

その手前の階段を上がると、二階には三部屋、一つがパパの部屋だった所、隣がサダコおばちゃん、トイレを挟んで向かいが北側の部屋と呼ばれる。

今はほとんど衣装部屋というか、物置のようになっている部屋。

あたしはパパの部屋をあたしの部屋として、そこに荷物を運び込んだ。

ママが言うどうでもいいところというのは、つまりサダコおばちゃんやバーバ、北側の部屋がどうでもいいところ、ということらしい。

たしかにこの家に1人というのはちょっと寂しいか。

あたしはママが置いていった食品で適当にご飯を作り、夕食を食べた。そのあとお風呂に入り、一人の生活を始めた。明日から学校だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る