東京バーバ
帆尊歩
第1話 春 ママの見送りで羽田空港
春
ママの見送りで羽田空港
「じゃあね、何かあったらすぐに茨城のおじいちゃんに電話するのよ。もちろんママにもね」
「うん」
「変なところに行っちゃダメよ」
「うん」
「ちょっと変なところって、どういう所か分かっているの」
「分かってる」
「分かってないでしょ、東京で一人暮らしをするのよ、カナダじゃないんだからね」
「一般的にはトロントより東京の方が安全でしょう」
「そういう問題じゃないの」
ママは心配性だ。
本当はママの実家であるところの茨城のおじいちゃん、おばあちゃんのところにいて欲しんだろうけど、結局東京の家に住むことになった。
別に茨城のおじいちゃんのところでもよかったんだけれど、入った大学が茨城の家からだと二時間で、東京の家からだと、ドアツードアーで三十分かからない。
金銭的にも、体力的にも東京の家だ。
パパはあたしが東京の家に住むことには大賛成で、是非東京の家で暮らせという。今は誰も住んでいない東京の家のメンテナンスをしてもらおうというのが見え見えだった。
ちなみにこの東京の家。
府中という東京でも都下と言われるところだけれど、ここがパパの実家だった。
ママはよほど府中の家のことが嫌いらしく、大学の入学式やその他手続きなどで、これだけ長く東京にいたのに、府中の家には一泊しかしなかった。そうい言えば私が物心ついてから、ママが府中の家に泊まったのを見たのは今回が初めてだった。
ママは府中の家をろくに見もしないで、必要なことだけ確認して、今二人で羽田にいる。
あたしはカナダに帰るママの見送りだ。
トロント行きの飛行機の搭乗まであと30分だった。
「ゴメンね、本当は大学に慣れるまで、しばらくいてあげたいんだけどね、分かるでしょ。そんなに長くいてあげられないのよ」
「うん分かっている。いいよ、近くにおじいちゃんと、おばあちゃんがいるから」
「いやそれが怪しいの、おじいちゃん。最近足が弱っているでしょ、おばあちゃんを置いて府中まで来れないでしょう」
「それならそれで、あたしが行くから」
「そう言ってもらえると、ママも安心できるから。でもパパもパパよね、なんで府中の家なのよ、茨城でいいじゃないね、おじいちゃんとおばあちゃんもいるし」
「でも、あたしとしては、学校が近い方がいいから。茨城だと2時間、府中だと30分だよ」
「だからって、あんな古い家」
そこで搭乗のアナウスが流れた。あたしは助かったと思った。これでママのたわごとを聞かなくて済む。
長かった。
「じゃあちゃんと帰るのよ、寄り道しちゃダメよ。府中の家は必要最低限の所だけ使うのよ、余計なところはどうでもいいんだからね」
「うん、分かってる」
「もうさっきから分かっているしか言わないんだから、本当に分かってる」
「分かってる」ママは一瞬間を置いてあたしの顔を見つめて、ため息をついた。
「まあ、いいわ、じゃママ帰るからね、体にきをつけるのよ。なんかあったらすぐおじいちゃんとおばあちゃんに電話するのよ」
「分かってる。ほらママ飛行機出ちゃうよ」
「じゃあね」と言いながら、ママは名残惜しそうに何度も振り返りながら、搭乗口へ進んで行った。あたしはそんなママに笑顔で手を振った。
ママからすれば府中の家はアカの他人の家だった、パパとママが結婚して府中の家に一年でも二年でも暮していれば多少は違うんだろうけれど、あたしが知る限り、ママが府中に暮らした事はない。
いえ泊まったことだって都合10日くらいだと思う。馴染みがなければ愛着もない、それどころか姑が1人で暮らしている所だから。ママから直接聞いたわけではないけれど、嫌悪の対象だったかのかもしれない。
あたしは何かに解放されたかのように大きく伸びをした。
さて帰るかな、と事呟いた。
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