第11話・海へ…?

 さすがにこれは先生に同情した。

 というのも、だな。


 「…その、お見合い相手サンとはオバさんもいー感じに意気投合して、仕事のこととかも納得してもらったみたいだし、まあオバさんのアレな感じも実はお見合いの時から割と全開で、でもアチラさんも面白がってたくらいでしたから、うちも問題ないだろーなー、とは思ってたんすけどねー…」


 買い物後にフードコートでたむろしてたわたしたちにかかってきた電話が終わったあと、秋埜が静かな憤懣混じりに語ってくれたその後の顛末というのは、相原先生を天敵と目するわたしでも「それはどうなの…?」って沈痛な面持ちになるくらいの話だった。

 だって、ね…その後、お相手さんの元カノってひとがよりを戻したい、って迫ってきて、絆されたのかなんなのか分かんないけど、ろくに先生の方のフォローもせずにそっちに走っちゃって、簡単に「このお話はなかったことに」って断り入れてきた、ってことなんだもの。


 「……別にうちが怒るようなことじゃないすけど、やっぱなんだかなーっていうか……もー、なんでうちがこんなにムシャクシャするんだろ」

 「それは秋埜のお家のこともあるからじゃないかなあ。あ、気にしてたらごめんだけど……」

 「…あー、そういうことか。まあうちの家の事情に何となく重ねてしまう、ってのはありますね、確かに。でもそれをオバさんの話にぶつけるほど理解は無いわけじゃないし……まあ、なんすかね。よくもまーうちの大事な従姉妹を泣かせるよーな真似しやがって、って思うことにします」

 「うん。それでいいと思うよ」


 秋埜は強いなあ。お父さんとお母さんの間にあったことでいっぱい傷ついただろうに、それはそれとしてコトを考えるようになってる。まあそれもお父さんとお母さんが秋埜を大事にして、いろいろと考えてくれたからなんだろうけど。


 「なにゆってんすか。センパイがうちのために行動してくれたのが一番おーきいんですから」

 「わたしのやったことなんて…お母さんと直談判して、秋埜の気持ち伝えて…それくらいしかしてないよ」

 「それがうちには一番大事なことだったんです。だからセンパイ…愛してますよ?」

 「ありがと。わたしも大好きな秋埜のためだったから、一生懸命になったんだからね」

 「ういす。うれしーです」

 「うん」


 そんな感じでその場は…まあその晩、案の定先生に泣き言の電話が来たしおばあちゃんとも情報交換したりしたのだけれど、少なくとも秋埜とわたしの間では話は収まった。


 ……と、思ってたんだけどなー。



   ・・・・・



 「中務さん…どうかお願いします」

 「は、はあ」


 秋埜のお母さんに深々と頭を下げられた。

 悶着があった時に比べると大分元気になって、隣に座っているお父さんとも一度離婚した、なんて話が信じられないくらいにお互いを気遣う様子がうかがえる。

 なのでわたしとしては心配するよーなこともなくって、むしろわたしの隣で膝を並べてる秋埜がフクザツな顔をしている方がよっぽど気になるんだけど。


 「麟子さん。ええと…うちの問題で、楽しみにしていてくださった旅行がこのようなことになるのは申し訳ない。ただ、大葉も今回のことでは大分参ってまして…」

 「あーいえ、先生が心配なのはわたしも一緒ですから。だから気にしないでください」

 「………ありがと、中務」


 鵜方家の居間。

 わたしと秋埜が並んでソファに腰掛け、その向かいにはお父さんとお母さん。

 今日は確かに楽しみにしていた、鵜方家に混ぜてもらって海の別荘に二泊三日の旅行の出発日、ってことなんだけど……相原先生がその二組を斜めに見る位置の一人掛けソファにしょんぼりと座っているのには、理由がある。


 「…大葉もこのままでは落ち着かないでしょうし、少し気晴らしの機会を与えてあげたくて。仲の良い秋埜と麟子さんが一緒なら気分転換にもなるでしょうから」


 ええ。それは別に構わないんです。

 …ただなー。秋埜が複雑な顔してわたしが今ひとつ納得いかないのはだな。


 「……ごめん、中務。篤さんと由津里さんには申し訳ないんだけど、ちょっと賑やかなのは今はキツくて」


 …という先生の方の理由で、わたしと秋埜、それから相原先生の三人で別荘に行く、ということなのだ。

 そりゃまー、先生のことは心配ですよ?でもなー、折角の家族旅行に割り込んでおいてそれは無いんじゃないかなー…先生だってもういい歳した大人なんだから、流石にわがままが過ぎるんじゃないだろうか。

 と、思ったが故の納得いかぬ気分なのだ。わたしにとって。

 そしてそれは秋埜も同じことなんだろう、と思っていたら、秋埜が面を上げて、どよーんとした空気を払拭するように明るい声で言う。


 「まあしゃーない。オバさんの気分転換になるってんならうちは構わないから。センパイ、うち荷物がまだ出来てないんで手伝ってもらえません?部屋行きましょ」

 「あ…う、うん。いいけど」


 この三人置いておいていいのかなー、と思いつつ、先に立って自分の部屋に向かった秋埜の後を追うわたしだった。




 「まー、父さんと母さんが二人きりになる丁度いい機会かな、とも思いまして」


 荷物が出来てない、というのはただの名目で、そーいう話をするためのフリなだけだったらしく、秋埜の部屋に入ると、とっくに準備万端整ったリュックがひとつ、トートバッグがひとつ。部屋の真ん中に鎮座していた。

 それを間にわたしたちは座るなり、秋埜が複雑な表情を解かぬままにそんなことを言った。


 「あ、そういうこと。先生が賑やかなのはキツい、とか言ったのは?」

 「それはまあ事実でしょうけど、いくらなんでも家族団らんの機会をぶち壊しにするほどじゃありませんて。うちが、そういうことにして父さんと母さんを二人にしてあげよ?ってゆったんす」

 「もしかして先生を連れてくことにしたのも?」

 「それは父さんの提案す。まあお盆の間中、死んだよーな顔になってましたからねー…いつもならオバさんを嫁き遅れだのなんだのってイジる親戚のひとらも、今回ばかりは腫れ物に触れるよーな扱いでしたもん」


 そりゃそーだろうなあ。ただ、お父さんやお母さんにしてみれば、せっかく秋埜と旅行する良い機会だと思うんだけど。


 「そっちはこれからいくらでも機会あるでしょ。っていうか、父さんの実家に帰る間にそこそこ話とかはしましたし。まあ、母さんも帰ってきて初めての帰省でしたから、いろいろ気は使いましたけど」

 「そうよね。秋埜、大変だったでしょ?」

 「あはは…まあ一番反発してたうちが納得してたんですから、他のひとらに文句は言わせませんて」


 いい子だなあ、秋埜。お母さんが姿を表した頃、もう憎くて憎くて仕方がない、って様子だったのが嘘みたいだ。ほんと、そのままにしておかないで良かったと思う。


 「ま、そゆことなんで、少し鬱陶しいかもしれませんけど今回はオバさんも大人しいでしょーし。だからセンパイ。思う存分いちゃいちゃしましょ?」

 「保護者同伴でそんな真似出来るわけないでしょ」


 まあ今回は保護者がチェンジになったのだけれど。


 ともかく、そんな感じで旅行は始まった。



   ・・・・・



 「…どうしたの?二人とも」

 「………」

 「………」


 目的地に到着し、後部座席に位置していたわたしたちを運転席から振り返ると、先生は心底不思議そうにそんなことを言った。

 いや、なんで不思議そうな顔になるんですか。こっちは生きた心地がしなかったってのに。

 ここまでは先生の車で来た。なんでも先日退院したばかりという、ご自慢の愛車「あばると」で。

 久しぶりにハンドルを握って少し興奮気味だったのには出発前少し不安を抱いたのだけれど、いくらなんでも傷心旅行の運転に無茶しないだろう……って思ったわたしがアホだった。


 「………うち、目が回ってるのでしばらくこのまま…」

 「………そうね。せんせえ、お願いしますから先に荷物下ろしておいてくださぁい…」


 並んで車の天井を仰いで意識もモーローなわたしたち。目眩が止まらない。何があったのか、というと。

 …途中の峠道。そこは先生の独壇場だった。後に秋埜が語ったところによると「かつてない無茶苦茶っぷり」だそうで、進む、止まる、コーナーを曲がる、の度に右に左に前に後ろにと揺さぶられ、車酔いになる余裕すらなかったのだ。あれだけ緊張してたら酔うわけがない。よく無事でここまで辿りついたなー……。


 「若いくせに元気ないわね。もう黄昏れの年増女がこんなにピンピンしてるってのに」


 これが先日無礼な対応でお見合いを破談にされた女性でなかったらけんかになるところなのだけれど、それに加えていちいちこーいう風にいじけた物言いをするものだから始末が悪い。甘い顔をするのも今回だけにしよう、とココロに決めるわたしだった。うん、多分秋埜も同じ気持ちだろう。いらいらしたように「うー、うー」とか唸って…。


 「……せんぱい、うち…はきそう……」

 「え、ええっ?!ちょっと冗談じゃないわよ秋埜!すぐ降りて!シート汚したらタダじゃおかないわよっ!!」


 ……ほんと、このひとどーしてくれようか。まったく。



   ・・・・・



 結局、わたしと秋埜が元気を取り戻したのは夕方近くにもなってからだった。

 朝に八王子を出て茅ヶ崎に着いたのがもうお昼過ぎだったので、随分時間を無駄にしたことになる。んもー、高速道路を使えばこんな目に遭わなかったっていうのに、山道を走りたい、とかいう自称「傷心の女」の言うことを聞いたお陰でこの有様だ。帰りは電車で帰ろう、って密かに心に決めたわたしなのだけど、それはともかく。


 「もう海水浴って時間でもないし、どします?」

 「うーん…今から海だとひともいないと思うから、一応行ってみない?」

 「夏の茅ヶ崎の海岸なんかナンパ目的の丘サーファーばかりよ。あんた達みたいなのが行ったら簡単にお持ち帰りされるから、やめておきなさい」

 「心配して頂くのはありがたいですけど、そもそも海に来た意味が無くなるよーなこと言わないで下さい」


 あと偏見がひどくないだろうか。


 「うちらがモテるのが面白くないんすよ。さーて、泳ぐのはともかくセンパイの水着はたんのーしたいので、着替えてきましょ?」


 秋埜がたんのーというよりぼんのーまみれなことを言う。まあわたしとしても、折角恥ずかしい思いをして買った水着なのだから、一度も泳がないのは癪に障る。

 別荘の中の探検は一応済ませてもう自分たちの部屋も決めてあるから、あとは夕食の時間まで遊べばいいだけだ。


 「中務。あんた勉強の方はいいの?」

 「旅行に行くの分かってるんですから、あらかじめ進めてますって。足止めしよーって無駄な抵抗はやめて先生は夕食の支度でもしててください」

 「ちっ」


 適当なことを言ったら舌打ちされた。図星だったらしい。

 秋埜は呆れたように何も言わず、とっとと自室に向かう。わたしもその隣のお部屋を使うことにしてる。一緒の部屋にしましょ?とか言われたけれど、先生が般若の形相で止めてきたのでそれはやめておいた。


 別荘は外から見ると普通のお家のように見えて、中に入ってもやっぱり普通のお家だった。

 海岸を一望できる木々の中の静かなところにあって年季は結構入ってるっぽいけど、手入れは行き届いているようで、キレイに使わないといけないなあ、って身が引き締まるほどだ。古いものだからそれほど気をつかわなくてもいい、って秋埜のお母さんには聞いていたけど…うーん、そもそも別荘なんてものに泊まることになるとは思ってなかった身分としては、どうしても、ね。


 「センパイ着替え終わりましたっ?!」

 「とっくに終わってるわよ。…って、早すぎない?」

 「……ちえっ」


 超速で水着に着替えたら、案の定秋埜が飛び込んできた。もちろん鍵は閉めてあったけど、合鍵持ってるのが秋埜なのだからそんなもの信用するわけがないのだ。案の定、ハプニングを装ってわたしの着替えの最中に乱入するつもりだったらしい。残念でした。


 「…まーいいです。そっちはいずれそのうちたっぷり楽しませてもらうので。じゃ、行きましょ?」

 「さらっと怖いこと言わないの。先生はどうする?」

 「知りません。ほら急がないと日が暮れるっすよ」

 「あっ、ちょ、ちょっと待って水着だけで行けるわけないじゃない」


 いきなり手をとって出て行こうとする秋埜。上に羽織るものを着ていかないと、と思ってその手を一度振り解いたのだけれど、それは本当に支度をするためだったのか、それとも素肌がよく見えてしまう姿で手を繋ぐのが恥ずかしかったからか。

 水着のおかげで胸元まで真っ赤になってしまうのが分かる秋埜とわたしの顔からは、それがどちらなのかは分からなかった。



 いくらまだ日暮れまで多少時間があるとはいっても、お盆も過ぎた海でそんなに遅くまで遊べるわけはなく、波打ち際で戯れて少し泳いで、一時間もしないうちにわたしたちは別荘に帰ってきた。

 なお、先生が心配してたナンパ男だけれど、今日のところは他の海水浴客も引き上げたか疲れたのか、不躾な声をかけられることもなく無事に楽しい時間を過ごせたことを記しておく。


 「そーでもないすよ。センパイ気づきませんでした?うちらが騒いでたトコに声かける日焼けしたチャラ男がいましたもん」

 「そうなの?あー、なんか楽しくてそんなの気がつかなかったかも」

 「きっとセンパイが無邪気すぎてそんな下心も消し飛んだんすよ」

 「子供を見て微笑ましい、みたいに言わないでよ、もー……先生、ただいまー」

 「オバさーん、お腹すいたー」


 どっちが子供なのか分からない秋埜と一緒に、玄関前の水場で軽く体を流してから別荘に入る。そしてバスタオルを羽織ってそのままバスルームに直行。

 ただいまー、を言ったのに返事がなかったけれど、一番のりぃ!とか言いながらわたしを追い越していく秋埜に気を取られて様子を見に行く余裕も無かった。


 「あっ、ちょっと、先に入っちゃうの?」

 「一緒に入ればいーじゃないすか」


 脱衣所に入るなり水着に手を掛ける秋埜。……自分の、じゃなくてわたしの水着に、だ。

 なので、首の後ろのトコにある、ブラの紐に手を掛けた秋埜を睨み付ける。もっとも、後頭部に手を回した関係で必然的に顔が近くになり、迫力という点ではいまひとつだったけれど。


 「あーきーのー?」

 「だってこのために脱がしやすい水着買わせたんですしぃ。さささ、センパイ?うちに全て任せるといーです」

 「ばか言ってないの。もー、先に入っていいから早く上がってね。寒くなってきちゃった」

 「………センパイがかわいくて死ねる。やっぱ一緒にあったまりましょーよー」


 実のところそうしたいのはやまやまなのだけれど、なんだか歯止めが利かなくなりそうなので涙を呑んでそれは辞退した。実際、先生がいることに気づかなかったら、息を呑んで「……うん」とか頷いていただろうし。我ながらかわいいことだと思う。いや自分で自分をかわいいとかあほか、わたしは。わたしはかわいい。うん、おーけー。


 「せーんぱーい……」


 秋埜の情けない声に後ろ髪を引かれながら、廊下に落としてしまってたパーカーを着込んでキッチンへ向かった。先生も気になるけど喉が渇いたのだ。

 冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのボトルを取り出す。ペキ、って音をたててキャップを捻じ切ると、ボトルの中の水がとても美味しそうに見えて、わたしは一口で三分の一くらいを飲んでしまう。


 「……んく、っと。あーおいし。で、先生?」


 そしてキッチンからダイニングを覗き込むと、薄手のブランケットを抱くように体にかけて横になった先生がいた。

 こちら側には背中を向けて、穏やかに肩が上下している。寝ているのかな。


 「……きっと疲れてたんだろうな。先生?」


 そっと、忍び足のようになって近付く。やっぱり寝ているみたいだ。

 まあこのひとも気丈に見えて、いろいろあっただろうしなあ。

 顔の正面側にまわると、やっぱり穏やかな寝息をたてていた。普段スーツだとかのきっちりした格好しか見てなかったから、どこにでもいそうなおねーさん、みたいな当たり前の夏の装いのところを見ると、まあ同情する気持ちもわかないでもないのだ。…見ない振りをするつもりだけど、泣いた跡が顔に残っているところなんか見つけてしまうと余計にね。


 ……でも。


 「………はあ。せんせえ。起きて下さい」


 肩を揺すって起こす。いや、これは絶対に起こさないといけない案件だろう。


 「先生。起きてくださいってば。ほら、もー……起きないとすっぴんのとこ撮っておばあちゃんに送りますよ?次のお見合い写真に使ってね、って」

 「…………ぷぐー」


 いびきまでかいていた。辛うじてまだ二十代の女性としてそれはどうなの。

 でもまあ、それはまだいい。可愛いうちに入れても過半数まではいかずとも多少なりとも賛同は得られると思うんだ。

 ……でも、なあ。


 「……先生。せんせー?ほら、起きて。起きろー。………起きなさいこの酔っ払いがぁっ!!」

 「ぶぎぇっ?!」


 とーとー我慢出来なくなって、耳元で怒鳴った。

 流石にこれには目が覚めて飛び起きる先生。跳ねた足が、傍にあったビールの空き缶を蹴飛ばしていた。

 …よーするにだな、このダメ女はわたしと秋埜が青春を謳歌おうかしてる間、お酒をかっくらって寝転けてたわけだ。


 「センパイ、どしたんすか?」


 どうもシャワーだけで済ませたっぽい秋埜が、髪を拭きつつ戻ってきた。ていうかバスタオルを体に巻くだけって。いくら女しかいない場所だからってそれはどーなの。


 「あー、部屋に行こうとしたらセンパイの大声が聞こえたんで。オバさんどうしたんです?」

 「どーしたもこーしたも、お酒呑んで寝てた。傷心がどうのこうのに免じて多少の醜態は見過ごすつもりだったけど、流石にこれはねー…」


 起き上がって、「なに?なにごとっ?!」と慌ててる先生をほっといて、秋埜と交代でシャワーを浴びにいく。


 「秋埜、あとお願い。もー、これから自分たちでご飯作らないといけないみたいだから、先生の介抱しといて。めんどうだったら介錯でもいーから」

 「ういす。あ、先に着替えてきていーすか?」


 お好きにどうぞ、と秋埜の横を抜けてバスルームに向かうとき、秋埜のシャンプーをした香りが鼻孔をくすぐっていた。あ、そういえば同じシャンプーと石鹸を使うことになるのか、って思ったら少し恥ずかしくなった。




 そこで終わっていれば「もー、先生も仕方ないですね。でも今回は大変だったから大目に見てあげますから。もう今日は忘れて楽しみましょう?」……くらいで済ませたことだろう。わたしも秋埜もそれくらいの気遣いは出来る。

 でもねー…。


 「わがるぅ…?ごのどじになるどぼぉ…しごどひどすじだっだおんななんでぇ、だぁれもみむぎもじでくでないのぼよぉ……あ、秋埜?ビールおかわり!」


 泣き上戸も結構。酔って愚痴を吐きたくなることも大人ならあるでしょう。

 でもその両方が一緒になって、矛先が未成年のわたしたちに向かうってのは流石に我慢ならないと思うの。


 「ながづがさぁ…あんだにはせわになっだばねぇ……おねがいだがらみずでないでねぇぇぇぇぇ……」

 「はいはい。お見合いの口ならまたおばあちゃんに頼んでおきますから。そーいう無様は今日を限りにポイしてください」

 「オバさーん。ビールもう無いけどどーするの」

 「あ、持ってきた荷物にブランデー入ってるから。出しといて」


 なんでお酒の注文するときだけろれつが正しくなるんだろ。


 結局わたしと秋埜で手分けして作った料理は、その大半がやけ食いのように先生の胃袋に収まっていったのだった。

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